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第463話 王座奪還

 クロッカス城王座の間には、掃除を終えた千奈津に刀子、城内の人質の安全確保を担当するテレーゼ、ウィーレルのアーデルハイト組、そしてクロッカスの女王たるクラリウスが集っていた。他の部屋から拝借してきた椅子(クラリウス用特別サイズも含む)に座りながら、デリス達が帰還するのを待っているのだ。


(オダ様……)


 城に慣れ親しんだクラリウスにとって、巨大な王座が消えたこの室内は、いつもより広く感じられた。小さくて不器用でおっちょこちょい、それでもいざとなれば頼りになる、大好きな想い人の姿もないとなれば、尚更そんな風に思えてしまうのかもしれない。


(悠那、絶対に生きて帰ってきてよ……!)

(旦那なら大丈夫、きっと大丈夫、俺が認めた男なんだ大丈夫大丈夫―――)


 一方の千奈津と刀子にとっては、今はこの部屋が狭く感じられた。最強と謳われる大八魔の一角、マリアを倒しに向かったデリス達を心配する心が、無意識のうちに圧迫感を覚えているのだろう。


(牢屋の方は…… 大丈夫でしょうか……?)


 ウィーレルは現実的に、捕らえた吸血鬼姉妹の様子を不安視しているようだ。現在彼女らは拘束状態にあり、フンドとジョルジア、リリィヴィア、そしてマリアの分身体である燦燦たる妾が左腕バンダースナッチとの戦闘を終えたゼクスとゼータが監視に当たっている。大八魔の三人が加わっているとはいえ、相手はその大八魔級とも呼べる敵幹部達だ。ウィーレルが心を配るのも仕方のない事だろう。


(ですわ!)


 テレーゼはテレーゼだった。


「……ハルナ様、ご無事でしょうか? 光と共に戦場へ行かれたとの事ですが、そちらにはあのマリア・イリーガルもいるのですよね?」

「悠那なら大丈夫、と言いたいところですが、今回ばかりは何とも言えません。私達には向こう側の様子を見る事ができませんし、あれからネル師匠やデリスさん達からの連絡もありませんから」

「仮に、ここでネル騎士団長達が負けて…… 大八魔マリアが、姿を現したら…… 直ぐに白旗を上げるようにと、そう言われています……」

「どのような展開になろうと、クラリウス様の身の安全は私が身を挺してでも護りますの! どうか安心してくださいませ! 尤も、あのハルナさん達が負けるとは、私には到底思えませんけどね! オーホッホッホ!」

「そうだぜそうだぜ! 悠那は俺以外にぜってぇ負けねぇし、デリスの旦那だってネルの姉さん以外には負けねぇんだ!」

「そ、そうですね。私も信じて待ちたいと思います。クロッカスの未来と、ハルナ様達の勝利を……!」


 それから皆が王座を見守る事、数分。亜空間からの帰還を告げる眩い光が、再びこの場所に作り出される。但し、誰が戻って来るのかはまだ分からない。


「ッ! クラリウス様、念の為に下がってください。テレーゼさん」

「理解していますわ。杖塞コウアレス、頼りにしていますわよっ!」

「私も魔法で…… シールドを貼ります……」

「旦那の指示だからなぁ。柄じゃねぇけど、気も防御全振りで準備しとくぜ。ほれ、女王さんはこっち!」

「は、はいっ」


 全員がクラリウスの護りを固め終えた頃、転移の光はその対象者を出現させた。そこにいたのは―――


「ただいま!」

「悠那っ!」


 ―――紛れもない悠那の姿であった。千奈津は抜いた刀を鞘に収め、悠那の下へと駆け出す。


「悠那、戻って来たのね! どこか体に痛いところはない? 無事!? って、血塗れじゃないの! 大丈夫なの!?」

「殆どマリアさんの血だから大丈夫だよー」


 到着するや否や、悠那の全身を確認し、回復魔法を念入りに施し始める千奈津。ローブの片腕が丸々血で染まっていた為、事情を知らない千奈津にとってはショッキングな見た目になっていたらしい。


「そ、そうなの? それなら良いのだけれど……」

「待て待て、ちょっと待て! デリスの旦那はどうした!?」

「あちらでのネル騎士団長のご活躍振り、詳しく教えてくださいましっ!」

「クワイテットの…… 社長さんはご無事、なのですか……?」

「え、ええっと、どこから話したら良いのかな…… あっ、でもその前に、まずはこれだった! クラリウス様、王座を持ってきました! どうぞ!」


 質問攻めにされ少し戸惑っていた悠那は、思い出したかのようにポーチから王座を取り出した。以前クロッカスを訪れた際に目にした王座の記憶を頼りに、それが元あった位置にズゥンと置く。あれだけの激戦が繰り広げられたというのに、王座には傷一つ付いていなかった。


「あ、そっか。これに女王さんが座れば、俺達の勝ちになるって約束だもんな」

「そういう事! さ、クラリウス様!」

「分かりました。では、失礼致します」


 巨大なる王座に、巨体なるクラリウスがちょこんとドスンと座る。彼女の為に作られたものだけあって、座った際のサイズはピッタリだった。


 ―――ガシャーン!


「な、何ですの!?」


 クラリウスが王座に座った次の瞬間、ガラスが割れたような音が響き渡った。それも一つ二つの場所からではなく、辺り一面から立て続けにである。


「城の壁が…… いえ、血です…… クロッカスの全てを、赤に染めていた…… 血の結界が、破壊されているんです……」

「つ、詰まり、これが戦争の終了を告げるアナウンス代わり、って事かしら?」

「じゃあ、これで俺達の勝ち? 俺達、あの大八魔に勝てたのか?」

「だね!」


 わあ! と、隣り合った仲間達とハイタッチを交わし、喜びの声を上げる千奈津達。これまで誰も成し遂げられなかったマリア討伐という偉業を、絶望的な状況の中で力を合わせて達成した喜びは、言葉では言い表せない。普段は穏やかな様子のクラリウスも、目に涙を浮かべながら勝利を噛み締めている。無表情を貫くウィーレルも、心なしかポヤポヤしているようだ。どんなに声を上げ騒ごうとも、今ばかりはそれを止めようとする者はいない。むしろ、その輪に入って共に喜びを分かち合おうとするだろう。


「って、そうだけどそうじゃねぇ! 確かにめでてぇけど、だから旦那はどうしたんだっ!?」

「ネル団長はっ!?」

「社長さんに、何かあると…… 後々、責任問題が……」

「あ、うん。順々に説明するね!」


 刀子が一方的な愛の力で一足先に現実へと戻り、皆もそれに続く。勝利が決定的なものとなったので、各々の質問も順々に。これで漸く悠那も、落ち着いて事の顛末を説明できそうだ。


「うおおおぉぉぉーーー! ご主人様の凱旋に間に合えぇーーー! 最初にハグするのは私だから! トーコちゃんじゃないからぁーーー!」


 城内の景色の変化に勘付いて、リリィヴィアもそろそろこの場所へデリスを迎えにやって来るような、そんな叫びが聞こえて来た。弟子が弟子なら、その師匠もまた一方的な愛に命を懸けて生きているのであった。


 ―――修行71日目、終了。

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