第462話 ラストライブ
まさかの展開に唖然とするマリアは、徐々に見開いた目を細めていく。汚いが故に信頼する、稀有な人間の真意を探る為に。
「デリス、一応聞いておくけど…… 本気なのね?」
「ああ、本気も本気だ。見ての通り、俺とアレゼルはもう戦える状態にない。となれば俺達を助けられるのは、もうハルしかいないだろ? 当然の帰結だ」
「クッ、あたしの胃の調子が万全であれば……!」
即興の演技を行うアレゼルは、どこまでも大根な感じであった。心からの笑顔をかましている辺り、悠那の乱入を歓迎している事だけは正しく読み取れる。
「……もう、そんなお芝居はいらないよ。デリス、最初からこうする気だったのね? 十数年前の雪辱戦だとか言って妾やネルを乗せて、戦わせて、消耗させて――― 最終的に、自分の弟子にケリを付けさせるつもりだったのね?」
「いやいや、あくまで保険の保険だったつもりさ。打てる手は全て打ってこそ、万全を期すってもんだろ? まあマリアの試練からすれば、この形が一番良かったのかもしれないな。マリアが試練を課す原因となった当のハルが、直接お前を倒す事になるのだから」
「清々しいまでに白々しい。でも、なるほどね。漸くデリスの考えが理解できた、っと……!」
会話の途中、炭化したマリアの肉体の一部が崩れ落ちる。もう彼女の再生能力は働いていないようで、立っているだけで微量のダメージを受け続けるところにまで来ているらしい。
「ハル」
「はい!」
「マリアはあんな状態だが、それでも今のお前よりは確実に強い。それでも、やれるか?」
「そんな事を聞くなんて、師匠らしくないですよ。私は全力を尽くすだけ、いつも通りです! やらせてください!」
右の拳と左の手の平をパシンと勢いよく当て、自信に満ちた瞳をデリスへと向ける悠那。そんな彼女を見て、デリスは愚問であったなと軽く笑った。
デリスはマリアとの戦いに際し、何十もの展開を予測して、その全てに対し策を用意していた。それら展開がどの経緯を辿ろうとも、最終段階は決まって悠那の加勢に行き着くよう、デリスは綿密に計画を立て調整を重ね、熟考を続けた。本来、悠那がどう逆立ちしても勝てないと断言できる大敵マリアを、師である自分達が手の届く位置にまで戦闘力を削ぎ落とし、最後の最後、一番美味しいところを愛弟子にもっていかせる――― そんな師弟ならではのシナリオへ進める為に、デリスは暗躍し続けたのだ。
「フ、フフッ…… アハハハハハッ! 良い、最高に良いッ! あの計算高くて狡賢いデリスが、弟子にそこまでの信頼を置くなんて! 妾、超ご機嫌! なら、それ相応の格好をしなくちゃね♪」
「相応の格好? おいおい、そんなザマだってのに、まだ変身するつもりなのか? 頑張ってここまで計画を遂行したおじさん、仕舞いには泣いちゃうぞ?」
「そういうのとは違うもーん。って、やっぱりデリスの計画通りだったんじゃん! 妾が勝ったら、諸々ネルにチクってやるもんね! 離婚になっても知らないんだから! その後にリリィちゃんと正式に結婚させてやるんだから!」
「安心しろ。そう言ったらあいつ、俺の爆殺はしても絶対に離婚にはならないから」
デリスが吹っ切れた表情でそう言い切った。爆殺される覚悟を決めた男の表情である。
「なんだかなぁ…… ま、いいや。弟子を倒したら、どっちにしたってデリスも潰すからね? もちろん、アレゼルも」
「え゛?」
「ククッ、勝手にしろ。ネルに爆殺されるより、今のお前に潰された方が遥かにマシってもんだ」
「え゛?」
「ふんっ、精々余裕をかましてなさい! ―――緞帳上がり喝采受けり」
変化は一瞬の事だった。炭化したマリアの体の表面が一気に剥がれ落ち、その中から無傷のマリアが、それも衣服を纏った元の状態で姿を現す。一瞬で完全回復したようにも見えるこの変身に、私刑判決を受けたばかりのアレゼルが酷く驚く。
「はぁ!? 外見と衣服が元通りになったで!?」
「……いや、気になるのはそこじゃない。おい、マリア。ボロボロだったさっきの姿の時より、かなり弱体化してないか?」
相応の格好となったマリアであるが、デリスはその煌びやかな見た目ではなく、その内側を注視していた。それもその筈、マリアが内包する生命力と魔力が、先ほどよりも劣化していたのだ。これではアレゼルどころか、悠那とも互角レベルのステータスである。
「当然じゃん。これは見た目の修復に全てを注いだ、言わば見栄を張るだけの変身なんだもん。再生したように見えるこの腕なんて中身がスカスカだし、重症は重症のままで放置しちゃってる。そんな風に強がった代償に、戦闘力は落ちちゃう一方なんだよね。これ使ったの、何百年振りかな?」
「……あの、何で戦闘力を落としてまで、そのような事を?」
マリアが自ら力を落としたせいなのか、悠那は少し不満そうにしている。勝利の為に最善を尽くさないマリアの行動が、悠那にとっては理解し難いものであったらしい。あと、格上の力を削ぎ落とすのであれば、悠那は自らの手でやりたい派だから、というのもある。
「ステージのラストは偶像にとって、とっても大切なものだから。そして戦闘力が近くなれば妾に勝てると踏んでるデリスに、凄く恥ずかしい思いをさせる為♪ ……っていうのが表向きだけど、本当のところは貴女と真っ向から、正々堂々と戦う為かな。妾、これでもハルハルに興味津々なんだよ? 刹那の生とはいえ、その全てにおいて例外なく全力を尽くせちゃうハルハルに、あのデリスがこの勝負のラストを賭けた。その事実だけでも、妾が直々に向き合う価値があると思うんだ~。でもさぁ―――」
マリアの瞳がふっとその色を失い、周囲の空気が凍り付いたように冷たくなる。
「―――たとえ同じレベルにまで落ちたからって、それで勝てるとは思ってほしくないかな。幾千の時を生きた妾は、どんな時だって逃げも隠れもしなかった。どんな敵だって、必ずこの手で倒してきた。デリスやハルハルが完全勝利したいように、妾が望むものだって完全勝利。戦力差があったからとか、汚い言い訳をする余地なんて残してあげない。ハルハルと同等の力しかないこの状態で、妾が完全に勝ってあげる。一撃だよ、一撃」
「わあ、そこまで想ってくれるだなんて、とっても光栄です! なら私は、マリアさんのハートを物理的にも精神的にも穿てるように、一生懸命頑張りますね! 私も一撃で抉ります!」
明るくそう言い切った悠那も、途端に瞳から光が消え去った。完全なる狩りモードとなった証拠だ。両者とも一定の距離まで近づくと、その場で各々の構えに移行。荒廃したこの空間に、暫く振りの静寂のひと時が舞い込む。
(おお、我が弟子ながら怖い怖い…… しかしマリアの余力から察するに、本当に一発で決めにくるだろうな。俺がもう気張れない分、存分に気張ってくれよ)
デリスはそれ以上悠那とマリアの方へは視線を向けずに、頭上の空なき空を眺める事にした。これ以上は何もできず、祈ったところで結果が変わる訳でもない。ならば少しでも疲れた頭を休めようという、実にデリスらしい考えによる行動だ。
(肉体への反動に嫁の怒り、後々の事を考えれば切りがない。休まる暇もない。よし、今のうちに寝よう。ハルを信じて寝よう。そう、俺はハルを信じて、寝る、ん、だ……)
よほど疲れていたのか、睡魔が直ぐにやってきた。意識の外で猛烈な衝突音が鳴った気もしたが、疲弊したデリスの頭はそれを受け付けようとしない。そんな平和な夢の世界へレッツゴーしたデリスを尻目に、長きに渡ったマリアとの戦いは終結を迎える。
「……へえ、やるじゃん」
突き出されるは鍛えぬかれた拳。的確に相手の心臓を貫き、拳にマリアの残り少ない血を滴らせたのは、悠那であった。




