第459話 九重奏
「リーウェイプレス♪」
「もう一つオマケにリーウェイプレス♪」
「ほおむっ!?」
ネルの問い掛けに答えるよりも先に、マリアは光で形成した二つの口で再度魔法を詠唱、いや、歌唱した。先ほど以上にとんでもない重量を含んだ風圧が辺り一帯に負荷され、デリスが反射的にそれに対抗。生まれたての小鹿のように足をガクガクさせているが、何とか持ち堪えている。長引くと腰がいかれてしまいそうだが、何とか持ち堪えている。
「言葉で語り合うより、拳で語った方が良いかな? まあ、妾は口でも存分に歌っちゃうけ、どっ!」
「うひゃあっ!?」
マリアが吹き飛ばされた位置より一息で移動する。迫った先にはアレゼルがおり、「こっちに来おった!?」とでも言いたげな、良い表情ををしていた。マリアとの距離はそれなりにあった為、狙われていると認識する事はできたんだろう。しかし困った事に、その攻撃を躱すにはマリアのスピードは速過ぎだ。アレゼルを以てしても、驚きを表すのが精一杯なのである。そしてその刹那、アレゼルの頭に走馬灯が走り、金に塗れたエルフ生が巡りに巡る。
「さぁせるかあっ!」
「うわ、またぁ?」
自分でも即死すると確信していたアレゼルを助けたのは、ネルの決死の横槍であった。マリアの振るった拳に炎魔剣が突き刺さり、紙一重のところでアレゼルの回避行動が間に合う。
「うおおおおおっ! 助かったネルありがと後は任せたっ! あっ、これ置き土産なっ!」
アレゼルは反転猛ダッシュで二人から離れる間際、奥床しい懐からクワイテット製手投げ焼夷弾を取り出し、ポポイと辺りに放り投げた。爆発音と共に炎が一気に周辺へと燃え広がり、ネルとマリアが火の海に囲まれる。小型な見た目とは裏腹に、その威力と継続時間は破格のものだ。
(うへー! これはあかん、ごっつぅあかん! あたしが周回遅れにされるって、どないな速さやねん! もうマリアはんの戦闘速度に付いて行けるの、ネルしかおらんやんこんなのっ!)
アレゼルが避難する際に案じたそんな思いが伝わったのか、貫いた刃からマリアが逃れる前に、ネルはとある魔法を使っていた。スクロール式紅蓮魔法レベル80『チェーンラーバ』、自身と対象を溶岩の鎖にて繋ぎとめる魔法である。この魔法によって拘束されると、以降に受ける魔法による補助効果が共有される為、転移による離脱も意味を成さない。そしてジャラリと二人の間に垂れ下がった鎖の長さは2メートル分の余裕もなく、常に攻撃の射程圏内に曝される事となる。
「選り好みなんて洒落臭いわね! まずは私を倒して行きなさいなっ!」
「へえ、いつになくしつこいじゃん! ちょうど良いわ、その変な動きの正体を暴いてあげる!」
溶岩の鎖に繋ぎとめられた腕を焼かれ、一方で回復しながら二人の鬼神が殴り斬り合う。十分に距離を置いてから、アレゼルは焼夷弾を投げ続けネルを援護。フィールドは完全にネルとって有利なものと化している。ネルを一撃で仕留め切るであろうマリア渾身の一撃も、ネルの不可解な動きによって先手を取られ、不発となるのがパターン化されていた。
(んん? んんんーっ? 妾、本気出してるよね? なのに、何で?)
ネルの固有スキル『後の先』は、分類するならばカウンターに属する能力だ。相手よりも後に反撃して、それを先に当てる。どこまで行っても単純にシンプルに、ただそれだけのもの。ただそれだけのものだが、それを成す為ならば因果をも捻じ曲げる。
(うわっ、うわっ! 妾が本気で殺そうとしているのに、先手を打たれてる!? あははっ、面白~い! そんな事って現実にあり得るんだっ! 衝撃的な初体験かもっ!)
カウンターの攻撃が必ず先にヒットするという結果が確定している為、相手が喩えマリアのような圧倒的強者が放った最速の一撃であったとしても、お互いの立ち位置や距離がどんなに離れていようと、攻撃の矛先が自分でなく仲間であったとしても、ネルが頭で認識して反撃の手さえ動かしていれば、能力は正常に作動し、どんなカウンターだって必ず決まる。それが『後の先』なのだ。
ネルはこの力を使い、マリアが放つ即死級の攻撃を事前に全て阻止していた。アレゼルを助けた際の超スピードもまた、この力がもたらしたものだ。ネルはこの力を不自然な状況で使う事を嫌っていたのだが、あのままではアレゼルの命がなかった為、今回は特例として仕方なしに使用したようだ。
(それでもギリギリ、いつ落ちても不思議じゃないくらいの綱渡り……! ハハッ、良いわね! それでこそ、それでこそ私の目標だった大魔王じゃないの! 死んでも食らい付いてやるッ!)
普段であれば使う機会自体が稀な(そもそも使うに値する相手がいない)この能力も、マリアと死合うには全力で活用しなくてはならない。尤も、『後の先』に制限が全くない訳ではない。長年能力を鍛え続け、この日の為に精神を研ぎ澄ましてきた絶好調のネルであるが、それでも大よその目安として、1秒に3回程度しか使用できないのだ。
一見あってないような使用制限にも思えてしまうが、力・魔法・速度の全てが上を行くマリアと互角に渡り合うには、それでも心許ないくらいだ。コンマ秒単位で刻々と移り変わる戦況、そんな中での読み合いと駆け引きを通し、致命傷になり得る攻撃のみを厳選、それ以外は炎の回復力頼みの捨て身でぶつかる。その繰り返しを何秒も何秒も繰り返すとなれば、過酷以外の言葉が出る筈もない。ネルは常に死の瀬戸際にいた。
対するマリアも、見た目ほどの余力は既にない状態だった。デリスの猛毒は確実に彼女の体を蝕み、肉体の再生を半ば封じている。そんなコンディションで何度も何度もネルの炎を食らい、斬られ、後の先による反撃を受け続けるのは、いくらマリアと言えども辛いものがある。ジリジリと身を焦がす周囲の炎も、地味にマリアのHP削りに貢献していた。
更にはマリアの全美たる妾が卵は、全身の血をセレスティアルゾアの魔法に投入した必殺形態。ステータスやスキルが爆発的に向上する一方、常に全ての血を『賢者の血』として発動させている為、エネルギーの消耗が激しく、長期戦には不向きとする。毒のない通常の状態であれば、使った傍から即座に血と魔力を作る事も可能なんだろうが、今のマリアにはそれができない。戦いが長引けば長引くほど、マリアが不利になるのは明白だった。
「何でだろ、何でだろっ!? 考えても分っかんないや! アハハハハハッ!」
「ちゃんと! 魂を! 燃やして来なさい!」
両者とも戦闘を楽しみ、嘘偽りのない心からの、純粋で享楽的な笑顔を浮かべている。しかしそれは、本当に奇跡的なバランスの上に成り立っている狂気でしかない。
(うわぁ……)
(ぐわぁぁぁ……!)
これには外から焼夷弾を投入するアレゼルもただただ苦笑い、マリアの魔法に抗うデリスはそろそろ腰がいかれる寸前だ。
「楽しいね! 本当に楽しい! どんな理屈かさっぱりだけど、ネルが本気の妾と渡り合ってる!」
「私とっ! してはっ! 少しガッカリ! かしらねっ!」
「へえ、こんなものじゃ足りないって!? じゃあ次、本気の魔法! もうMPなんて、小さい事を気にしている場合じゃないよね! 妾の九重奏、受け取って! 聴き届けて!」
「ほ、本気の魔法……!?」
デリスが戦慄した瞬間、マリアの体を行き来していた九つの光、その残りの全てが口の形へと形態を変化させた。九重になって聞こえ出した幼き声が、最大最悪の魔法を紡ぎ出す。




