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第455話 ゴールドラッシュ

「お触り禁止っ!」

「あっぶなっ!? ほな、さいならっ!」


 突如として背後に現れたアレゼルに対し、マリアが裏拳をお見舞い。予め反撃が来る事を予測していたアレゼルは、全力で回避&逃げに徹した。彼女の逃げ足の速さは、ギリギリのところでマリアの攻撃を躱す事に成功。そして、そのままネルとデリスのいる方へと爆走。あっという間に遥か向こうの方へと身を隠してしまう。


(いっけない、ネルに夢中でアレゼルの存在を一瞬忘れちゃってた!? ……ううん、如何にスピードがあったって、この妾が素の状態で見逃す筈がないよね。気配と音を消す障壁でも張っていたのかな? そういえばネルが自爆した後に、算盤の音が聞こえなくなってた。遅れて効果が現れるように、デリス辺りが細工したとか。うん、あり得るあり得る。汚いデリスならやりそう)


 マリアの考えはど真ん中に当たっていた。大よそその通りで、デリスはアレゼルに隠密用の時限式結界を施していたのだ。しかし、ただ一つマリアにも分からない事があった。


「で、これ何?」


 つい先ほどアレゼルに手渡された、謎の物体である。つい無意識のうちに受け取ってしまったが、これが何なのかは一切不明だ。何やら書物のようだが、さて。


「よぉ聞いてくれはりました! それはあたしが持つ、自慢のお宝の一つなんですわ! 世界に片手の指の数も発売されていない、彼の高名な詩人グレゴールの全詩集肉筆版! あたしが直々に算盤を弾いて鑑定したんですが、その価値は軽く屋敷が立つほどのもんやと判定させてもらいましたわ!」

「ああ、そう…… 妾、ネルの猛攻とデリスの嫌がらせを躱しながら聞いているんだけど、その話まだ続くの? というか、声おっきいなぁ」


 バナナのたたき売りをするが如く口上を述べるアレゼルであるが、当のマリアはあまり関心がなさそうだ。どこの誰とも知らない詩人の詩集を突然渡されたところで、どうしろと? そんな考えがマリアの心の大部分を占めている。


「本日は特別の特別、マリアはんだけの為に! その希少なグレゴール全詩集肉筆版をお売りしたいと思いますねん! いやはや、ラッキーでんなぁマリアはんは! こんな機会、滅多にあらへんで!」

「ううん、普通にいらないから。むしろ、妾の貴重な時間を割いた代金を払ってもらいたいくらい―――」


 言葉の途中で、マリアは手に置かれた詩集に違和感を覚えた。理由はよく分からないが、このままこれを持っていたら不味いような、本能からくる予感めいた感覚だ。こういう時のマリアの勘は、必ずといって良いほどに的中する。だからこそ、決心も早かった。


(ポイしよ)


 行き着く先はポイ捨てである。が、しかし。


「あれ、あれれっ?」


 アレゼルへ向かってぶん投げた筈の詩集が、未だにマリアの手の中にあった。指は放しているのに、まるでマリアの手の平に糊付けされているかのように、まったく外れないのだ。現在のマリアがそうしているように、割と本気目にブンブンと腕を振るっても結果は同じだった。


「ハハッ、意外な趣味ね! マリアったらそんな詩人のファンだったの!? そいつ、確かジバ大陸にいた筈だから、今度紹介してあげましょうか!?」

「ち、違うし! 妾はファンに囲われる側だし!」


 焦熱地獄製造工場と化し、今もマリアを攻め立てていたネルに嗤われる。それはそれで腹立たしい事だったが、今はこの手放せない詩集問題を解決するのが、マリアにとっての最優先事項だ。今でさえ不幸なのに、このまま手に持っていると更におかしな事が起きそうな予感が、さっきからビシビシとしまくっている。


「アレゼル、こんなの要らないから! てか、取れないんだけどっ! 何これ!?」

「残念やけどマリアはん、返品はご容赦願っとりますねん。クワイテット出張店舗に、クーリングオフ制度はないんやで~」

「そもそも買ってないし! お金だって払ってないじゃん!」

「そりゃあ、この出張店舗は完全後払い制なんで。じゃ、ちょちょいと請求しまっせ? ネル、一旦引きぃ」

「オーケー」


 意外な事に、アレゼルの言葉に素直に従うネル。


「ちょっと、何言って―――」


 ―――カッ!


 マリアが更なるクレームをつけようとしたところ、手にくっ付いたグレゴール全詩集肉筆版が突如として眩い光を発し、次の瞬間に爆発した。その爆破はネルの爆撃にも劣らない規模にまで至り、間近にいたマリアは完膚なきまでに巻き込まれてしまう。


「ゴールドラッシュ、お代は同等のダメージで受けてもらうで」

「結構でかい爆発になったわね。あれ、そんなに価値があったの?」

「価値が出るように、頑張って屁理屈並べて納得したんよ。価値あるもんを安く提供するのが商人の基本やけど、あの手この手で相場以上の値段で買わせるのも、悪徳商人の基本や。表と裏、上手に使わんとなぁ」


 アレゼルの固有スキル『ゴールドラッシュ』は、彼女が持ち運べる範囲内のアイテムに値段を付け、それを対象に手渡す事で爆発が発動する。手渡されたアイテムは如何に対象のステータスが高くとも決して手放す事はできず、アレゼルを捕まえて直接返品してやる以外に回避方法はない。手渡したアイテムの値段が高ければ高いほど、発動時の効果は高まる仕組みになっているのだが、それを決める際の価値判定はアレゼルの独断の偏見により決定される。一見アレゼルの匙加減で、値段をどうにでも動かせらるようにも思えるが、そこに嘘を交えると途端に威力が下がってしまう為、アレゼル自身、どの程度の売値が適正なのか本心から納得する必要がある訳だ。


「ああいう爆発なら、ぱっと見避ける必要もなさそうなんだけどね。私って、炎とかむしろ回復薬じゃない?」

「ネ~ル~、前にも言うたけど止めとき。ゴールドラッシュの爆発は炎やなく、概念的なものや。ネルにも普通に効くで? 爆破が終わった後も、効果は暫くその場所に留まり続ける。この爆破を受けると体力と魔力が防御力に関係なく、値段分のものがごっそり削られ続けるし、何よりも製品を作った想いが心に叩き込まれる事になるんやで?」

「想い?」

「開発者の熱意やら苦労やら、色んな想いや。価値が高いもんを用意するなら、珍しい宝石とか綺麗どころの方が、そりゃあ楽やで? でもな、そっちの分野はマリアはんにとって好物でもある。ネルが炎を受ける時みたいに、下手したら精神的に元気になるで?」

「……じゃあ、あの変な詩集は?」

「グレゴールはんの詩はなぁ、有名どころは無難に作られているんやけど、この詩集のはかな~り恥ずかしいタイプのポエムが多いんや。まだ有名になる前、それも随分と若い頃に作ったもんやからな。マニアには受けるけど、まあ内容はお察しの黒歴史。そんなマリアはんの趣味とは正に真逆のポエムが、強制的に延々と頭ん中に叩き込まれ続ける! こいつは効くでぇ!」

「あ、悪趣味ね……」


 ネルが引くレベルの攻撃であったようだ。


「文字通り、あたし自らの私財を投げ打ってるんやで? それくらいの効果は発揮してもらわんと、こっちが困るわ! ま、それでも所詮は時間稼ぎにしかならへん。初見の攻撃を受ける癖のあるマリアはんも、次は受けてはくれんやろ。その気になれば、自分の腕をぶった切れば済む話やからな。あたしも無駄遣いはしとうないし」

「ねえ、もう攻撃して良いかしら?」

「ネル、お前途中で説明聞くのに飽きたやろ…… それも止めとき。変に攻撃してショックを与えると、残留する想いが吹き飛ぶさかい。デリスの指示通り、今は時間稼ぎの時や。我慢しぃって、まだかいなデリス!? そろそろ効果が切れるで!?」


 アレゼルが叫ぶ。その矛先であるデリスは何やら詠唱をし続け、地面に何十もの魔法陣を描いていた。

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