第47話 千奈津の不安
ハルとネルの模擬戦が終わり、それを固唾を呑んで見守っていた騎士、使用人達が徐々に解散していく。俺はバッグからタオルと水の入った水筒を取り出し、ハルに渡してやる。
「ご苦労さん。死ななくて良かったな」
「むう、私としては不完全燃焼です…… でも、自分の実力を測る良い機会だったと思います。ネルさん、重ねてありがとうございました!」
「別にいいのよ。私も半分楽しんでやってたもんだしね」
あの戦いの直後だというのに、2人の会話は非常に和やかなものだ。もう話の方向は別のところにいって、あの店の菓子は美味しいだとかの甘味話になっている。一瞬一瞬に命を燃やしているだけあって、戦闘からの切り替えもすこぶる早いな。俺だったら命があって良かったと神に感謝しているところだ。
「……悠那、本当に強くなったんですね」
千奈津が模擬戦の感想を消え入るような声で呟いた。安心したような、でも少し寂しいような、そんな感傷的な声だ。
「1週間でこれだからな。師匠もこの通り驚愕の一言だよ」
「ふふっ。うん、やっぱり悠那は悠那でした。今回ばかりは私が助けてあげないと、なんて出過ぎた考えをしていたんですけど、どうやら杞憂だったみたいです」
「それでも、まだ千奈津の方が強いんじゃないのか? ああ、俺は立場上君らの事情は知っているんだけどさ、千奈津達の仲間内には職業がレベル5の奴もいるんだろ?」
「残念ながら、私はレベル4の僧侶でした。たぶん、もう悠那には追い付かれちゃったんだろうなぁ……」
いや、あいつまだレベル3だけど。まあ無冠の師弟の恩恵は大いに受けているし、ハル自身の努力によって成長が大きくなっている点は事実だ。助けようとした親友が予想外に強くなっていて、それまで心配していた心の在りようが動揺に回ってしまっているのかもな。
それよりも、まだ千奈津の力を確認していなかった。僧侶だという事は分かったけど、これでは強いか弱いかなんて比べようがない。ネルが推薦したくらいだから、少なくとも弱くはない筈だが、さて―――
「千奈津の努力次第ではまだまだ挽回可能だよ。ハルの奴、運動は筋金入りだけど勉強はかなり危ういんだ。お蔭で魔法の鍛錬は実戦頼りになってる。その辺は親友の千奈津の方がよく知ってるだろ?」
「え、ええ。悠那、勉強にも努力は惜しまないんですけど、どうも昔から苦手でして」
「なら、勉学魔法は千奈津が一歩リードしてるかもな」
「師匠、よく分かりましたね。千奈津ちゃんはうちの学校で学年トップクラスの成績なんです!」
「は、悠那っ!?」
小さくて気が付かなかったのだが、ひょっこりとハルが現れた。その口振りはどこか誇らしげだ。
「あら、それは楽しみね。これは徹底的に色々叩き込まないと」
「ネル師匠っ!?」
そして、その自慢話はネルのハートに火をつけてしまった。こいつもいつの間にか聞き耳を立てていたな。
「ま、細かい事は気にしなくていいと思うぞ。ハルにはハルの得意分野があるし、千奈津には千奈津の得意分野があるんだ。ネルの下で弟子やってれば、嫌でも強くなるだろうしな。 ―――死ななければ」
「すみません。最後に一抹の不安を感じる台詞があったような気がしたんですが……」
違う意味で不安を拭えない千奈津。ハルのように常時死ぬ気で物事に当たる行為は、とてもじゃないが他の奴は真似できない。だが、死ぬ気でやらなければ死ぬ状況を作り出す事は可能だ。というか、ネルがそんな状況を作るだろう。だから、死ぬな。生きていれば君は強くなれる。
「ところでネル、よくあそこで合格宣言したな。俺はもっと時間を掛けるものかと思っていたぞ」
「あー、それ? うーん、あれ以上続けたら、自分を抑えられるか微妙なところだったからね。あそこからの近距離戦だと、無意識に手が出ちゃいそうだったし」
「おお、そこまで考慮していたのか。成長してたんだな、ネル」
「貴方、いつまで私を子供だと思っているのよ……」
年齢的に子供ではない事は分かってる。身体的にも魅力的な大人になったのも知っている。だけど、昔の癖でかな。どうしても先入観が消えないのだ。大暴れしていた頃の記憶が鮮明過ぎて、こびりついて離れないんだもの。
「でも、思った以上にハルナができる子でやる気が出たわ。私、チナツを滅茶苦茶に鍛えるから、デリスもハルナをよろしくね」
「言われなくても分かってるよ」
あと、無茶苦茶に鍛えた千奈津が無茶苦茶にならない事を願ってる。
「……っ!?」
「千奈津ちゃん、震えてるけど風邪でもひいた?」
「う、ううん。突然背筋が寒くなった気がして。風邪ではないと思うんだけど……」
うん、危険を察知する能力はそこそこあるようだ。
「よし、顔合わせと腕試しも済んだ事だし、俺らは帰―――」
「―――そうだわ。今日はハルナとチナツが再会した記念すべき日だし、今日は私の家にお泊りしなさい。歓迎するから!」
ネルが何か言い出した。
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それから俺達はネルの家に連れて行かれ(強制的に連行され)、今日はそのまま泊まる事になってしまった。ハルと千奈津はネルの家に来るのが初めてだったのもあり、まずその広大さに驚いていた。ここは家というよりもお屋敷だからな。場所は城下町ディアーナの一等地も一等地、貴族などが住まう高級住宅区。その中でも一際大きな建造物がネルの住まいなのである。平民の出でありながら魔法騎士団の団長までのし上がり、数々の武功を鼻歌交じりでもぎ取って来るネルは、国の中でも最上級の大物。考えてみれば当たり前の待遇だ。
「「「「「当主様、お帰りなさいませ」」」」」
「ただいま。今日は友人が泊まるから、3人分の部屋と食事を用意して」
「デリス様、ようこそいらっしゃいました」
「ああ、久しぶりだな。急で申し訳ないけど、今日はよろしく頼むよ」
「「………」」
これだけ巨大な屋敷だ、当然ながらネルは使用人も大量に抱えている。そんな使用人達が、当たり前のように整列してのお出迎え。純日本人なハルと千奈津が、慣れない様子で緊張するのも無理もない。
「ち、千奈津ちゃん、テーブルマナーとか、分かる……?」
「……人並み、かな?」
ああ、そっちですか。
「あ、千奈津はこれから私の家に住み込みだから、そのつもりでいてね」
「え゛? あ、あの、もう騎士団本部に引っ越しを済ませているのですが……」
「荷物は少ないらしいじゃない。なら平気よ。まあ、最初はそれで良いと思ったんだけどね。ハルナを見て考えが変わったわ。ハルナを追いかけるなら、本部での騎士達の訓練はチナツには温過ぎるもの。それに弟子たるもの、やっぱり師匠と同じ生活をしないとね。ここなら私用の訓練施設もあるし、多少の無茶もやりたい放題。たぶんだけど、その方が貴女の為になるし、強くもなる。どうかしら?」
「……ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
ネルの隔絶した住まいで住む不安に押しつぶされそうな千奈津。だが、チラリとハルを見て強くなる為の覚悟を決めたのか、そこからはキリリと締まった挨拶をネルにしていた。
「ええ、よろしくね。私もチナツが壊れないように努力するから、お互い頑張りましょ」
「………」
それでも千奈津はちょっとだけ、不安そうで泣きそうだった。




