第392話 弟子の快進撃、フンドの懸念
悠那が止まらない。止める事ができない。膨大な数の敵細胞が集まり、群がり、ストップを掛けようとしても、小柄な少女の進撃は全てを蹂躙する。
「ふんっ!」
ドッガン杖の一振りで数多を薙ぎ倒し、劇毒をその傷口に塗りだくる。恐るべき毒性は瞬く間に細胞全体へと広がり、その時点で絶対なる死を確約。膨張し爆発してしまった細胞は毒に汚染された体液をその場で撒き散らし、周囲の仲間達へと2次被害をもたらすのだ。あのリムドを上回るパワーで振るわれるドッガン杖を防ぐ手立てはなく、その凶撃は凄まじい風圧をも巻き起こし、爆発した細胞の体液をより遠くにまで蔓延らせる。これらの工程は悠那が歩みを進める毎に繰り返し繰り返し行われ、今やどちらが襲い掛かっているのか分からない状況へと変貌していた。風圧だけでも耐えられず、そのまま宙へと飛んで行ってしまう細胞もいる有り様だ。正直なところ、細胞側は既に詰んでいる。仮に敵集団に感情があったとしたら、最早泣くしかないだろう。悠那を抹殺する為に這い出た先にあったのは、問答無用で送られてしまう処刑台だったのだから。
彼ら(?)の母体であるリムドの強化バージョン、そんな強大な力をその小さな体に宿した今の悠那は、ステータス的には何とデリスやネルともサシで戦える状態にあった。悠那を以ってしても強大過ぎるが故に、未だにこの力を使いこなせているとは決して言えないし、リムド岩山の上に立っている時のみという条件付きでだが、それだけの地力は確かにあるのだ。レベル7やレベル8クラスのモンスターにそれを止めろと言う事自体が無理な話で、この結果は至極当然な事でしかない。千奈津が話していた通り、悠那の『一寸無双』はリムドの試練と相性が良過ぎた。
「なあ千奈津! 今の悠那よおっ! マジで過去最強状態じゃねぇかっ!?」
「確かにねっ! もうリムドさんがどんな軌道で飛行しようと関係なく駆けっ放しだし、ネル師匠に似た恐ろしささえ感じるわ……! それでも敵は無制限に湧き出てるんだから、油断は禁物よっ! 自分をもっと研ぎ澄まして、この絶叫をもっと楽しんで!」
「へいへいっ! 絶叫は兎も角、楽しくはなってきたぜ!」
しゃがんだ千奈津を乗せた刀子組も、悠那の華々しい活躍の影で堅実な歩みを続けていた。四足歩行のまま駆け上がる刀子の足取りは軽快そのもの。悠那が歩んだ傷跡を器用に使い、人とは思えぬ身のこなしで難所を次々と突破していく。野性を引き出しつつも背中の千奈津に気を遣い、彼女が戦いやすい姿勢を心掛けているのも素晴らしい評価点だ。
そんな刀子の上で千奈津は光剣を抜き、迫り来る免疫細胞を尽く斬り伏せる。斬られた細胞はその時点で復活しようとするが、それよりも速く光を纏った岩通での追撃を幾度も放ち、再生をダメージで上書きする事でHPを確実に0にへと突き落す。大群を相手する悠那とは違い、討ち漏らしを各個撃破する千奈津達だからこそできる戦法だろう。
それでも敵味方(特に味方)の毒がメッチャ怖いので、『オペルーム』の詠唱も忘れない。悠那の戦いの邪魔にならないよう、展開範囲は千奈津より背後、フンドの位置までに調整しているようだ。
(……例の毒を排除する魔法であるか。しかし、チナツの魔法展開領域内に入っても、ハルナの毒を消すには浄化作用が追い付いていない様子。余が食らった時とは比較にならんな。流石にこれは食らえん)
最後列から皆を追い掛けるフンドには、皆の奮闘する光景がよく見えていた。いざとなった際のフォロー役、またレスキュー役をも担っている為、実際に戦っている3人よりもより注意深く状況把握に努めていたのだ。だからこそ、今の悠那がどの程度のやばさになっているのか、最も分かっているとも言える。
空間内の状態異常を徹底排除する千奈津のオペルームは、今も免疫細胞が持つ毒を無効化してその機能が正常に働いている事を示している。が、悠那の生成した毒においては、毒液をジュウジュウと沸騰させるに止まっていた。まるで消えて堪るかと、その毒自体が怒りを表しているかのように。
(毒素を軽減してはいるが、完全には除去し切れていない。展開された領域はチナツを軸として動いているから、そもそも通過するまでの時間では足りないのか…… いや、どれだけ時間を要しようと、これらの毒素は消えないであろうな。それだけ危険であると、余の察知スキルが警報を鳴らしている。ハルナめ、誠に恐ろしい猛毒を作ってしまったものよ。チナツとトーコも素晴らしい。いや、もっと褒め称えるべき動きだろう。だが、それ以上に―――)
フンドは振り返り、これまでに通った道を一瞥する。そこには悠那らが倒した無数の残骸、そして毒に塗れた岩肌が広がっていた。悠那が抉った傷跡も途中までは見られるが、もう大分後ろの方になると、その傷跡は綺麗になくなってしまっている。
(―――それ以上に、これだけの毒をその身に浴びて尚、今も悠々と空を飛び続けるリムド殿が恐ろしい。肉体の規模が違えば、如何に強力な毒もこの程度の量では意味を成さないという事か。我らが足掛かりにしていた竜鱗の傷跡も、古いものから治癒しているところを見るに、リムド殿自身の再生能力は完璧だ。この者を倒す手段が、果たして存在するのだろうか? 保有する戦力もまた異様。竜鱗の裏に飼っている手駒は、実力・数と共に余の海魔四天王を大きく上回る。更にはそんな者達がハルナに一掃されても余裕を崩さないこの胆力、やはり大八魔を長く勤めていただけの事はある。今の余では、そこまで非情になり切れん……)
フンドが分析を行えば行うほどに、そして悠那が強くなるほどに、リムドの底知れぬ戦闘力が垣間見えてしまう。事実、これだけの猛威を振るっている悠那の攻撃と毒も、リムドにとっては薄皮の上で行われている事に過ぎず、治療を施さずとも時間経過で勝手に治ってしまう程度のものだった。確かに悠那の攻撃はリムドにも通じるが、如何せんスケールが違い過ぎる。ステータスを多少なりに上回った程度では、その差を埋めるにはまだ足りなかった。
「ふむ、リムド殿の試練がこの形式で良かったと、今は安心するべきか。だが、ハルナはまだ若い。ないとは思うが、一時の力に酔いしれ気の迷いを起こしてしまう可能性もある、か…… ここは一国を治める王として、彼女に一つ助言を与えてやれねばなるまい。ハルナァーーー! 決して驕るでないぞぉーーー!」
フンド、叫ぶ。
「あん? フンドの奴、何か叫んでね?」
「うお、すっげぇー楽しい! こんな夢の国に連れて来てくれた君に感謝! ……って言ってるわね、きっと。フンドさん、意外とエンジョイしてるみたい」
「嘘付け、口調からして違うじゃねーか。せめてもっと寄せてやれよ」
残念ながらフンドの忠告は風の轟音に掻き消され、千奈津の偏見による吹き替えが成されてしまった。これではただのハッピーなおじさんである。
しかしフンドの心配とは裏腹に、進行は順調そのものだ。4人のリムド登山は疾うに中腹を過ぎ、今や首を渡って目的地である頭部の目前にまで迫っている。これ以上何もなければ、黄金の果実が待つゴールに辿り着くのは確実だろう。そう、何もなければ、だが。
「うおっ! うにょうにょが合体してでかくなりやがった! そんなのアリかっ!?」
「でも、合体した瞬間に悠那に潰されちゃったわ。危険度的には凄いレベルだったのに、タイミングが悪かったわね」
「マジで今の悠那、無敵だよなー。すげぇ数が合体した分、残りの敵も減ったしよ」
……兎も角、ゴールは目前だ。
今年最後の更新です。
それでは皆様、良いお年を!




