第388話 ジェットコースターアタック
いきなり意味不明な言葉を言い出した千奈津に、刀子は大きな大きな疑問符を頭の上に浮かべた。楽しい? 今楽しいとか言った、こいつ? そう何度も頭の中で問答してみる。結論、千奈津が根っからの絶叫狂である事を知らない刀子は、あの千奈津からそんな言葉が出てくる筈がないと、やっぱり自分の気のせいだと思う事にした。今する事ができる、最大限の気遣いのつもりで。
「何よ、よくよく確認してみれば大した事ないじゃない。安全バーさえあれば、私は何だって乗ってやるわよ」
「千奈津ぅ!?」
刀子の気遣いは儚くも粉砕されてしまった。自分が安全バー扱いされている事にもツッコみたかったが、それ以上にいつもの千奈津らしからぬ言動に驚きを隠せない。
「お、おい、マジで大丈夫なのか? さっき、どこかで頭でも打ったか?」
「大丈夫も何も、気分は爽快も爽快よ。日本じゃ今とは比較にならないくらい脆い生身で、それこそこの岩通みたいな防御力で、散々乗り散らかしたのよ? 私がその頃よりも強くなった事を考慮して相対的に考えてみれば、このジェットコースターは何ら大した事ないわ。そもそも、あの頃とは体感するスピードが違うのよ。今なら自分の足であれ以上の速さで走れるものね。ほら、落下したら人生終了しちゃうってスリルも、正直今なら自力で抗えちゃって薄れているじゃない? そう、詰まりは全然スリルが足りないの。私を満足させたいなら、この倍のスピードと回転、創意工夫をしてもらわないとね。刀子もそう思うでしょ!?」
「い、いや、俺は最初っから絶叫系は苦手だし、こんなところでそんな同意を求められても……」
リリィヴィアより気遣いの作法を嫌というほど学んだ刀子であったが、この状況下での最善の回答が何なのか、全く見当がつかない。ただ一つ分かるのは、今の千奈津は凄まじくハイになっている、という事だけだ。
「ところで刀子、さっき私が腕の力を緩めても大丈夫って言っていたわよね? それなら、貴女の体から両手を放しても問題ないわよね? 安全バーってそういうものよね?」
「悠那、大変だ! 千奈津がすげぇ大変なんだ!」
千奈津の変わりように動揺し、遂には悠那に助けを求める刀子。ただ残念な事に、ここは豪風渦巻くリムドの上。刀子の叫びが悠那に届く事はなかった。
「刀子、落ち着いて。昂る気持ちは理解できるけど、その中にも冷静な自分を作っておかないと、真にアミューズメントとして楽しむ事はできないわ」
「本当に何言ってんの、お前!? 絶対変なスイッチ入ってるだろ!」
「良いから」
「ふぐっ」
ぐいっと顔の両側面に手を置かれ、向く方向を強制的に変えられる刀子。その後に千奈津はとある場所を指差し、やたらと落ち着いた声で語り掛けてくるのであった。当然ながら、この時の千奈津は刀子にしがみ付くのを放棄している。デリスから千奈津のフォローを頼まれた刀子であるが、正直この千奈津をフォローできるか不安が募るばかりだ。
「見える? 私達が今いるこの位置、リムドさんの尻尾よ。この暴力的な風と大きな音で危機感を煽って、そこに尻尾のしなりを加える事で更に方向感覚を麻痺させていたの。ね? 冷静にならないと、自分が今置かれている状況も分からないでしょ? それじゃあ乗る意味がないわ」
「お、おう……?」
前半の部分は何となく分かったが、後半部が相変わらずよく分からない。乗る意味とは一体?
「可動部にある尻尾だからこそ揺れが酷い。けどね、それは逆に尻尾を抜け出して、軸となる胴体の辺りまで登れば、多少はマシになるって事でもあるの。要は立ち止まらず、ガシガシ登れば良いって事よ」
「あー、なるほどな。そう言ってくれれば分かりやすいぜ。だけどよ、どこに行こうとこの馬鹿みてぇな風と音は健在だ。悠那達との連絡手段はどうするよ?」
「私がリフレクトフォートレスで文字を作って、2人に文章を送るわ。後は矢印で誘導するなりして、私が安全なルートに誘導すれば良い」
「なるほどな、文字か! ……いや、待て。この最悪な絶叫マシンに乗ってる間に、文字なんて読めんのか? 俺なら軽く吐く自信があんぞ。あいつら、未だに意味のねぇ叫び合いをしてるし」
「悠那は日常からジェットコースターなサバイバルをしてたから、それくらい全然平気よ。それに悠那の動体視力なら、どんなジェットコースターに乗ったって文字くらい読めるもの。それがどんなに遠くても、ね。これはもう日本で実証済み。フンドさんは読めるか分からないけど、悠那の行動を見て意図を察してくれるでしょ」
「……え、あ、うん。何でそんな実証してんの?」
難解な文章でなければ、長文の読解も可であるらしい。千奈津はリフレクトフォートレスを詠唱し、悠那とフンドの目の前に光の文章を表示させる。
「あっ! フンド君、千奈津ちゃんからの文章がきました! ふむふむ? ああ、なるほどっ! 確かにっ! それでは私は先行しますね!」
「ハルナよ! 何やらチナツからの指示らしきものが現れたぞ! どれ、ほう、ふぅむ……! 承知した! これより我は殿を務めよう!」
先ほどまでの不十分な意思疎通が嘘のようだ。叫びつつも目と目で語り、自らの役目を果たさんと行動を開始する悠那とフンド。既に位置取りは完了しており、尻尾を登る先頭に悠那、全員の背後を護るフンドという布陣が完成。車両が連なるジェットコースターの如く、一列となっていた。
「うわ、読めるのかよ。途端にシャキシャキ行動しているし、あいつら乗り物酔いとかそういう概念ねぇのか?」
「こればっかりは体質ね。ネル師匠は弱い方みたいだし、そんなに落ち込む事もないと思うわよ?」
「いや、あの人はぶっちゃけ乗り物なんて乗る必要ねぇだろうし…… って、そんな話はいいか。悠那が先頭、フンドを殿にしたみてぇだが、何か意味があんのか?」
「大ありよ。気分が盛り上がるでしょ? できれば私が先頭車両に行きたかったのだけれど―――」
「―――おい」
「もちろん冗談よ、半分は」
「………」
半分は。毎度毎度ツッコミに回る大変さを、刀子はこのひと時で痛いほど理解した。理解したから、そろそろいつもの千奈津に戻ってほしかった。
「もう半分の理由は戦術的にこれが理想だから。ほら、悠那を見て」
「悠那を? あ、おい! 分かったから勝手に俺の顔の向きを動かすなっ!」
千奈津に頭を掴ませまいと、自ら前方の悠那を見る刀子。すると悠那は、叫びながら何かをしているようだった。
「ほっ、はっ! 私がっ! 道をっ! 作るっ!」
リムドの竜鱗に拳を打ち付ける、打ち付ける、打ち付ける――― すると悠那の通り道には、一定間隔で指を掛けられる窪みが出来上がっていた。
「実はね、悠那の『一寸無双』はリムドさんと相性がとても良いのよ。リムドさんにしがみ付いて接しているから、一寸の距離なんて関係なし。常にリムドさん以上の力を手にする事ができる。だからああやって、フンドさんが傷を付ける事もできなかった竜鱗を抉れる! いくら刀子が気を粘着性に変えたって、道が登りやすいに越した事はないでしょ? 仮に進行方向から何かが吹っ飛んで来ても、今の悠那なら敵なしよ。私達の先導役として、これ以上の適任はいないわ」
「まあ、そりゃそうだけどよ。どれ……」
粘土を抉るように、悠那は次々と道を開拓していく。作られたばかりの爪痕に、刀子は手を掛けてみる。やはり頗る固い。が、登りやすい。足先を掛けるにもちょうどいいだろう。とてもじゃないが、自分じゃこんな事はできないと再確認させられるのであった。
「お、おお、なるほどな」
腐っても千奈津は千奈津、刀子は少し安堵したようだ。
「せいやっ! はいさっ!」




