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第375話 和解

 ウィーレルの笑いの沸点の低さに助けられ、何とか誘拐沙汰を許される事なったサテラ。しかしながら結局のところ、彼女がいくら謝罪したところで明日の同時刻まで転移魔法は使えない事に変わりはない。更に言えばそもそもの話、知人とはいえ大八魔に属する者と、これ以上ことを荒立てたくないという考えがウィーレルにはあった。よって追及は終わりとし、ウィーレルは明日のこの時間まで竜神の島に滞在する事となる。


「本当にごめんなさいね、ウィーちゃん」


 尻尾を消したサテラが再び頭を下げる。よほどウィーレルの事を気に行っているのか、嫌われたくないと必死のようだ。


「もう十分に、謝って頂きましたし…… それ以上の謝罪の言葉は…… 不要ですよ……」

「でも、大事な食事会の最中だったんでしょ? それがこんな一般家庭でのただのお夕飯になっちゃって、申し訳なくて申し訳なくて」


 一般の家庭ではない。千奈津、心の中でツッコミ。


「ああ、いえ…… 食事会といっても…… バッテン家とのファミリー的な付き合いのもの、でしたので…… それに…… 食事の質はサテラさんの料理の方が、正直好き、ですよ……」

「ウィ、ウィーちゃん!」


 抱きっ! サテラ、渾身のハグ。悠那以上に小柄なウィーレルは、サテラの母性を大変刺激するらしい。


「あの、思ったんですけど向こうは大丈夫でしょうか? 家族ぐるみの食事会だったとしても、急にウィーがいなくなったら周りの人達が混乱するのでは?」

「あっ、確かにそうだよね。テレーゼさんも心配しているんじゃないかな? ウィーちゃんが許しても、魔導宰相が行方不明になったら絶対に一大事だよ」

「それも大丈夫でしょう…… サテラさんの事ですから、私をここへ転移した代わりに…… メッセージカードを、あちらに置いている筈ですから……」

「メッセージカード、ですか?」

「流石の私も、無断で招待しようとは思わないわよ~。転移で招待する時は、入れ替わりで一日だけお預かりします! っていう、メッセージカードを送っているの」

「……大丈夫ですか、それで?」


 怪盗が犯行現場に置くメッセージカードを思い浮かべる千奈津。イメージとしては間違っていない。


「妙に腰の低い文章と共に、サテラさんの直筆もありますので…… それに、あの場所にはテレーゼさんもいます…… メッセージカードから事情を察して…… 間を取り持ってくれるでしょう…… お爺ちゃんに、知られず…… 明日のこの時間に帰還できれば…… まあ、ギリギリ騒ぎにはならないかと…… 有給が余っていますし、帰ったらそれに当てるよう手配します……」

「なるほど~。確かにテレーゼさんなら何とかしてくれるかも!」

「まあ、そうね…… ウィー、明日帰るついでに、そのお詫びの品を一緒に持っていってくれないかしら?」

「あっ、それならものは私が準備するわね。気合い入れて良いものを用意するから!」

「加減はしてください、ね…… サテラさんが本当に本気になったら…… 洒落にならないアイテムが、出てきますから……」


 ちなみに先ほど千奈津が飲んだ薬も、世間では洒落にならない相場を誇るアイテムの1つ。長寿の象徴とされる水竜から抜け落ちた鱗、生え変わった角などを煎じ、腕利きの術者(人化可能なドラゴン)複数人が三日三晩作業に徹する事で、ごく僅かに生成する事ができる代物なのである。人体のあらゆる害を退ける事はもちろん、寿命まで延びると専らの噂だ。


「ところでウィーちゃん、まだ食べられる? 貴女、小食だったと記憶しているけど?」

「いけます…… あちらの食事には、まだ手を付けたばかりでしたので…… あ…… できれば、ハンバーグが良い、です……」

「オーケー、気合いを入れて作りますっ!」


 ウィー、お夕飯に参加中――― 暫くして食事は一段落。あの山のようだった料理群も、綺麗さっぱり消失していた。サテラは皿を洗いに調理場へ。悠那と千奈津もそれを手伝おうとするが、お客様なんだから寛いでと追い返されてしまった。それから何となしに落ち着いた時間となり、悠那達はお互いの近況について語を交える事に。


「へえ、テレーゼさんが率先して海魔四天王の人達を?」

「はい…… 遠慮を知らず、けれども配慮は抜群な方です…… 炊き出しで良好な関係を、築いています…… 最初のうちはモンスターである事を…… 怪しんで、いた地域の方々も…… 今ではすっかり、心を許しているくらいです…… まつりごとに関わる身としても…… テレーゼさんの存在は、やはりありがたいですね…… それよりも驚いたのは、ハルナさんとチナツさん、ですよ…… この短期間に、どれだけの大八魔と遭遇しているんですか……? ましてや、手合わせまでするなんて……」

「やっぱり凄い事なのかな?」

「普通の人間は避けて通る道ですからね……」

「あらあら? そう言うウィーちゃんだって小さい頃、うちの旦那に胸を借りるんだーって、一人旅してたんじゃなかったのかしら?」

「サ、サテラさん…… それは本当に幼い頃の話、ですので……」


 ひょっこりと調理場の入り口から顔を出したサテラが、ウィーレルがあわあわと止めようとするのを躱しながら昔話を開始。何でもアーデルハイト魔法学院に入学するよりも前に、ウィーレルはヨーゼフに内緒でヨシュア家を抜け出して、武者修行の旅に出た事があるのだという。


 まあ幼い子供がする事だから、近所を巡ってすぐに帰って来るだろう。祖父譲りの魔法の腕は確かなもの、悪人だって返り討ちだ。彼女の両親はヨーゼフとは逆に楽観的な性格で、最初のうちはそう考えていたらしい。だがしかし、ウィーレルがヨシュア家に帰って来たのは、それから数カ月先の事となる。これが第一次お爺ちゃん危機、ヨーゼフショックの幕開けだった。


「「ヨーゼフショック……!」」


 両親が予想していなかった第一の点が、ウィーレルが思いの外行動的だった事。そして致命的とされる第二の点が、祖父であるヨーゼフから莫大なお小遣いをもらっていた事だ。少女が持つにしては多過ぎる大金は、旅の資金を調達する手間を簡単にすっ飛ばし、ウィーレルの行動範囲を拡大させてしまった。金と行動力と腕っぷしがあれば、少女だろうとまあ大抵の事は何でもできてしまう。


 ウィーレルは馬車と船を乗り継いで、大好きな海を渡ってジバ大陸からゼン大陸へ移動。時にはモンスターや野盗に襲われてしまう事もあったが、この時既にウィーレルは魔法の才を遺憾なく発揮させていた。特に苦戦する機会もなく、海がとても綺麗であると有名な竜神島を訪れたのである。


「私はその頃、とあるレストランのウェイトレスとしてパートをしていてね。仕事の帰り道で、夜なのにいつまでも海辺で遊んでるウィーちゃんを見つけたのよ。迷子かと思って話し掛けてみたら、どうもそうじゃないみたいでね。何かしらの事情があるんだって、お母さん察したの。だからこそ私は、ウィーちゃんをお持ち帰――― コホン、保護したのよ」

「凄く良い顔で、語っていますが…… それを世間一般では、誘拐と言うんです……」

「た、ただ美味しい食事と温かい寝床を提供したかっただけだから!」


 まあ実際、ウィーレルはサテラに連れ去られたものの、ある程度の期間この島を満喫した後に、転移魔法でアーデルハイトの屋敷へと帰してもらったらしい。はた迷惑な善意ではあるが、善意は善意なのだ。ちなみに転移魔法でウィーレルが家に帰った瞬間、ヨーゼフは色々な感情が爆発して倒れたという。これが第二次ヨーゼフショックである。


「「第二次ヨーゼフショック……!」」

「一向に成長していない…… サテラさんはさて置き…… おふたりがこの群島にいる、という事は…… やはり、大八魔リムドの試練を受けるおつもりで……?」

「あ、うん! 師匠が言うには、明日挑戦させてくれるって」

「なるほど…… また一段と強くなられている、ようですし…… 可能性はある、かもです……」


 ウィーレルはその試練の内容を考えているのか、両目をつむって何度が頷くような仕草をする。


「ウィー、もしかして試練の内容を知ってるの?」

「はい、知ってます…… サテラさんに、招待された翌日…… 私も挑戦しました、から……」

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