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第372話 誘拐事件Ⅱ

「―――で、ハルと千奈津が連れ去られたと?」

「うむ……」


 食事を終えて俺が久方ぶりにまったりしていると、血相を変えたフンド君がやって来て、ついさっきに起こった出来事を教えてくれた。リムドの妻を名乗るサテラ・バハという女性が、2人を脇に抱えて飛び去って行ったというのだ。いくら何でも展開が唐突だし、酒が回ってるしで頭が働かない。いくら自分の領土といえど街中で誘拐するか、普通? ……まあ、時と場合によっては俺ならするか。


「リムドならそんな事はしないし、配下の竜もその意向に背かないと思ってたけど、奥さんは俺もノーマークだったよ。そういや、俺達もその竜には会った事がない。あー、ハル達は抵抗しなかったのか?」

「チナツはしようとしていたが、ギッチリと片腕でホールドされて力負けしているようだった。ハルナは、その…… お家にお邪魔してきますと言って、余に笑顔で手を振っていた」


 ハルぅ……! 知らない人に付いて行ったら駄目だって、意外と常識的なお前なら分かる筈だろ……! い、いや、もしかして俺が今日のところはドラゴンに手を出すなと再三注意したから、その約束を守って無抵抗のまま連れて行かれたのか? 詰まるところ、俺の指示ミス?


「……ハ、ハルは兎も角として、千奈津が抜け出せなかったとなると、奥さんも相当の実力者になるな。聞いた話だけじゃ未知数だけど、最低でもレベル8には至っているだろう」

「要は大八魔クラス、という事か。余の知らぬところにも、まだまだそのような力を持つ者がおるのだな」

「とは言え、その殆どが現大八魔の組織に属しているから、別勢力として台頭する事はまずないぞ。今回のご夫人事件は新情報だとして、他はマリアの娘達――― リリィヴィアの姉妹だとか、ヴァカラの幹部連中がそうだ。どいつもこいつも組織の頭に傾倒してるから、下剋上を狙う奴はいない」


 広義的にはリリィヴィア配下の黒や紅も大八魔クラスだが、アレはほら、色々事情があるから例外扱いで。


「しかし助けに行くにしたって、皆こんな状態だしなぁ……」

「くかー……」

「もう、腹いっぱい…… うぷ……」

「……どうしてこうなった?」


 樽のジョッキを掴みながらテーブルに伏し、すやすやと眠るネル。刀子は打倒ハルの食欲を目標にしたが為に、もう米一粒も食せない満腹状態。どちらもこの場から動けず、動かしたら口から色々と出そうな気がする。


「不思議と意気投合してしまったネルは気分良く飲み、己の限界を鑑みずに幻想を追った刀子は食べ続けた。その結果がこれだ。2人がいるのに、妙に静かだと思ったろ?」

「まあ、思わなかったと言えば嘘になるが……」

「お蔭様で2人が誘拐されても、ネルの察知スキルは働かなかったみたいだよ。あ、でもネル自身に攻撃はしない方が良いぞ? 寝ていようが泥酔していようが、身の危険が迫ると普通に反撃してくるから」

「誰もそんな事は考えていないのだが」

「偉いな、フンド君。俺はガキだった時、火消しのお返しに悪戯をしようとしてえらい目に遭ったよ。その時は加減されないから、本気で止した方が良い」

「よく生きておったな……」


 ネル、アレゼルと一緒にパーティを組んだからこそ、俺のしぶとさは形成されたのだ。


「っと、今はそんな事を話している場合じゃないか。酔ってるからかな? どうも余計な事を言っちまう」

「しかし、どうする? あの奥方からはリリィヴィア殿に近い力を感じた。とてもではないが、余だけでは彼女に対抗できないぞ。取り巻きのドラゴンだって無視できない」

「……サテラの奥様は、ハルと千奈津を家に招待するって言ったんだよな?」

「む? まあ、そうだな。2度3度拉致誘拐から言い直しての招待であったが」


 リムドの性格からして、この行動は奥様独断でのものだ。いくらアクティビティな奥様だったとしても、ヴァカラやマリアがハル達に関心を持っている中で、大八魔の試練とは関係なく勝手に危害を加えるとは考え難い。となれば、嘘偽りなくマジで家に招待したかっただけ? いやー、いくら何でも楽観的過ぎるか。ないとは思うが、もし彼女がリムドの妻を自称するストーカードラゴンとかだったら最悪の展開だ。本物の馬鹿は何をしでかすか予想できない。


「あ、そうだ。『鷹目の書』があったか」

「鷹目?」


 確か出掛けた時のハルの格好は、いつもと同じだった筈。それなら靴に仕込んでる栞は有効だ。鷹目の書で覗いてみれば、今のハルの状況が分かるだろう。早速カバンから書を取り出す。


「………」

「おい、なぜ急に本を読み出す? そんな事をしている暇はない筈だぞ」

「んー……」

「おーい、聞こえているか? 何を唸っている?」

「ん? ああ、聞こえてる聞こえてる。ちょっと状況を整理してた。よし、フンド君! 行動方針が決まったぞ!」

「何!? それは真かっ!?」

「明日に備えて、宿に帰って寝よう!」


 ズドーンと、フンド君が古典的な倒れ方でずっこけた。真面目だけど、何だかんだでノリが良いよなフンド君。そんな君が大好きだぞフンド君。


「ま、待て、それは一体どういう事だ!?」

「どうもこうも、2人は無事だよ。むしろ一家団欒中だよ。俺が鷹目の書で確認するのを予想して、メッセージカードを添えてくれるくらいだ」

「全く意味が分からんぞ……」

「明日から迎えに行っても、全然間に合うって事だよ。今日のところはネルと刀子がこんな調子だし、大人しく休むとしよう。フンド君には明日、頑張って島の間を泳いでもらうんだ。疲れを残すなんて以ての外、今日はぐっすり眠るのを先決してくれ。島に渡ろうとする最中にも、ドラゴン達は群がってくるだろうからな」

「う、うむぅ?」


 書を覗いてから俺の態度が目に見えて軽くなったせいか、フンド君は酷く困惑しているようだ。これは詳しく説明しないと、上手く伝わらないだろう。


「宿に向かう道中、分かるように説明するよ。さて、ネルは俺が担ぐとして――― ヘイ、ゴブ男!」

「ゴッブ!」


 刀子を真似て指を鳴らして呼ぶと、どこからともなくゴブ男が現れる。まあ、ずっとテーブルの下にいたんだけど。


「宿まで刀子を頼む。部屋はリリィと同じ部屋だ」

「……ゴブ、ゴブゴブー」

「ん、どした?」

「自分ではなく、デリスが運ぶべきだと言っているぞ」

「えっ、ゴブ語分かるの!?」

「ゴブ語って…… まあ、これでも多くの配下を持つ身だ。何となくニュアンスで分かるものよ」

「ゴブゴブ」


 その通りだとばかりに、ゴブ男がうんうんと頷いている。フンド君がゴブ男の言葉を理解しているのは当然の驚き。だが、ゴブ男が俺の指示を拒否したのも驚きだ。さてはハルめ、余計な気を利かして良い感じの雰囲気になるよう、別れ際にゴブ男に命令していたな!?


「ゴブーゴブー」

「お姫様抱っこだと尚良い、と言っている」

「ゴブ! ゴブゴブゴブ!」

「しかし! こんな時こそ紳士であるべきだとも―――」

「―――分かった。うん、分かったから、もう訳さなくて良いよ」


 こうして俺は、2人を背負って抱えて帰る事になったのである。

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