第368話 快適なクルーズ
冷静さを装っているフンド君であるが、彼が内心キャッキャッしているのは明らかだった。不幸中の幸いというか、他の皆は千奈津を心配したり弟子自慢で忙しいらしく、そんなフンド君の様子にまだ気付いていない。これ、指摘するべきなんだろうか? 一応彼にも、大八魔としてのプライドがあるだろうし…… いや、リリィヴィアがはっちゃけた手前、それも些細な事か? よし、今回は逆にやる気に満ちているフンド君を利用させてもらおう。ちょうどゼクスもいる事だし、たぶんいけるだろう。
「千奈津、ちょっと額に触れるぞ」
「え? あ、はい……」
トラウマで苦しむ千奈津の額に手を当て、リフレッシュを唱えてやる。これで千奈津の症状は安定する筈だ。千奈津も自分で使えるんだけど、思いの外トラウマが根深かったようである。
「どうだ、楽になったか?」
「……いつもありがとうございます。デリスさんと私では、やはり練度が違いますね。凄く楽になりました」
「師匠、私も! 私もお願いします!」
「あ、狡いぞ! 俺も、俺もっ!」
「毎度の事だけど、元から元気なお前らにやっても意味ないって。まあ、やれって言うならやるけどさ……」
むしろ、ここ最近で必要なのはフンド君の方だろう。しかし彼には魔王としての矜持があるし、今は海に夢中になっている最中。依頼されない限り、俺の方から魔法を施すような事はしない。知り合いとはいえ他社の社長の頭に許可なく触れ、その上でカツラを取るようなもんだからな。絵面からして致命的に失礼な図である。
「あぁ、リリィ師匠から受けるストレスが癒されるぅ……」
「とってもスッとします!」
「フゥハハ! 皆様がスッキリ落ち着いたところで、某が竜神の島への移動方法をお教え致しましょう! ここから西に少し進んだところに、島とこの海岸を往復する水竜の定期便がありますぞ! 比較的安価で竜が引く船に乗れるという、それ自体が稀有な交通便! これも観光客に人気ですな!」
ここぞとばかりに、島への移動方法を解説し始めるゼクス。まさか、その為に登場したのか?
「へえ、竜が船を引いてんのか。そりゃ確かに経験した事ねぇや」
「地竜の馬車の海版、ってところなんでしょうね。でも、竜神の島って大八魔の縄張りなんですよね? 何でドラゴンがそんな事を?」
「島の住民達とリムド殿は、様々な誓いを結んでいますからな。あれもその1つで、何でも重荷があった方が未熟な竜が成長しやすいと、以前お伺いした事があります。まあ、鍛錬の一環でもあるのでしょうなぁ」
「大陸間、そして人々との橋渡し役に、更には鍛錬も積んでいると! 良いです、とっても理に適っていますね!」
「そうでしょう、そうでしょう! 信頼のある者であれば、その背に乗せて空を飛んでくれるかもしれません! 夢を壊すようですが、某であれば自力で飛んでしまいますがねっ!」
「いえ、それはそれで夢があると思いますっ!」
「なあなあ、早く水竜見に行こうぜ? お前らは地竜だかを見ているんだろうけど、俺はまだ間近で見た事ねぇんだよ(ワックワク)」
何かすっげぇ盛り上がっちゃってる。こうなってしまうと、少し言い出し辛い。
「あー…… 竜の話で盛り上がっているところ、悪いんだけどさ―――」
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海独特の潮の香りを感じながら、俺達は爽快な船旅を満喫する。速度は水竜船の比ではなく、その上で無駄に揺れない安定した航進をしてくれる、最強最新式のクルーズ。これなら竜の話で持ち切りだった弟子達も、不満を漏らす事はないだろう。
「クハハ、やはり海は良いものであるな! 余の肉体が新鮮な塩水に喜んでおる!」
そう、俺達が乗る船を引くのは水竜などではなく、海の魔王たるフンド君だ。水中の最強形態であるウミヘビの姿となって、猛スピードで島に向かってくれている。やたらとテンションの高いフンド君はご満悦で鍛錬もでき、一方の俺達は無料で目的地へと早くに到着できると、正にいいとこ取りな移動手段なのである。
「んー、確かに快適である意味竜みてぇな見た目だけど…… まあ、旦那が考えてくれた案だし、それはそれで良いけどよ」
「てっきり泳いで渡るものだと思っていたのだけれどね。その為の水着じゃなかったの?」
「竜神の島周辺の海は、許可なく泳いで渡るのを禁止しているんだよ。危険な生物がいるとかで、毎年それなりの人間が死んでるから、ってのが表向きの理由だったかな。ま、これも住民達がリムドと交わした誓いの1つだ。実際は犠牲者の殆どが密漁者らしいし、島を護るドラゴン達の餌にでもなってんだろ」
「なるほど、怪しい者を領土に近付けさせない為の対策になっているんですね。あの、海面からいくつも背びれのようなものが出てますけど、ひょっとして……」
「全部水竜だろうな」
「うわぁ……」
「師匠、フンド君は泳いでも良かったんですか?」
「ああ、さっきゼクス通しで島から許可をもらった。人間でないし、フンド君は元々海の魔王だ。即行で申請が通ったよ」
ちなみに、ゼクスのあのボディは採掘所から離れられない為、さっきの海岸でまた見送られる形となった。またひょっこりとどこかで現れそうな感じがあるので、既に別れの悲しみは微塵もない。
「え、私でもこれくらいのスピードは出せるわよ? 危険な生物ってのも、要は薙ぎ倒せば良いんでしょ?」
「いやいやいや、だから許可が出ないと駄目なんだって。それに倒せるからって倒しても駄目なんだって」
許可が下りたとは言え、千奈津が指摘してくれたあの水竜だって、島に向かって爆走するフンド君の監視くらいはしているだろうに。それ以前にネルの場合、移動に伴う衝撃の余波が凄まじい事になるので、ほぼ間違いなく許可は下りないだろう。それを無視して竜達は倒してしまえば、リムドと敵対してしまう本当に最悪のパターンなんだ。その上で更に性質が悪いのが、リムドと真っ向から戦おうとするネルの姿が容易に思い描ける点である。文字通りこの場所を火の海にされては、火消しのデリスさんも真っ青だ。だからお願い、止めて。
「フンド君、まずは一番近くに見えるあの島に行ってくれ。あそこが島の玄関口って事になってるからさ」
竜神の島は全部で8つ。だが、その殆どは人間の住宅地域や、観光客が訪れる保養地だ。竜達が中心になって住まう島は、実際のところ半分にも満たないと言われている。尤も完全に竜の巣となる島は、8つのうちで大きな島ばかりなのだが。リムドがいるのは、その中でも最大サイズを誇るあの岩山だ。
「了解した! 余が竜などよりも快適なクルーズを約束しよう!」
「そ、そうか? 頼もしいよ、ははは……」
俺がやれせておいてこう言うのも何だけど、ついに自らクルーズとか言い出してしまったぞ、フンド君……!




