第363話 愛と炎の強さは比例する
ネルの誤解を命懸けで解いた俺は、何とか命を永らえさせる事に成功した。今でこそ長時間に及ぶ正座だけで済んでいるが、ここに至るまで一体どれだけ地獄の仕打ちを受けた事か。魔法で回復させた筈なのに、未だに顔の表面が火傷を負ったようにヒリヒリする。
「師匠、大丈夫ですか? 骨は拾いますか?」
「たまにお前、ブラックジョークなのかと思うくらいとんでもない発言するよね。一応、心配してくれているんだよね?」
放たれる言葉は個人的にとても辛辣。尤も、骨を拾うに値する攻撃が今まで放たれていたから、あながち間違いという訳でもない。華やかに彩られていたパーティー会場は、大怪獣ネルゴンによって綺麗に焼き払われてしまったいた。料理と酒だけはハルらが避難させてくれたので、こちらに被害はない。できればそれらと一緒に、俺も避難させてほしかったくらいだ。
「デリス、大体の経緯は理解したけど、まだ聴取は終わってないのよ。さ、きりきりと喋りなさい。尽くを吐き尽しなさい」
これまでの釈明で、俺が刀子をどうするなどの約束はしていない事は伝わっている。リリィヴィアとの少々アレな約束についても、2度3度瀕死になりつつ何とか説明した。全てはハル達が勝利すると確信した上での約束で、リリィとそんな事をする目的でした話ではないのだ、と。
「でも実際、負けそうになってたじゃない? トーコの逆転劇があるまで、デリスも敗北を覚悟してたじゃない?」
「ご尤もです、はい……」
「仮に負けてたらどうしてたの? 本当にその約束を実行するつもりだったの? その辺を詳しく言いなさい。ほら、早く」
「それはその……」
直接的な攻撃はなくなったものの、正座をする今も精神攻撃は続いている。答え辛い、とても答え辛い。
「当たり前じゃないですか~。ご主人様は約束を違えるような方ではありません! 私が勝っていれば、私が勝ってさえいれば! 今頃熱々な夜となっていたでしょうに…… あ、私はいつまでもどんな時でも味方ですよ、ご主人様♪」
「ほ~う?」
敵だ、今のリリィは確実に敵だ。やべ、ネルのアイアンクローが再開されちゃう……!
「な、なあ、その辺にしねぇか? 確かに勢いでリリィ師匠とそんな話もしちまったが、俺はデリスの旦那が傷ついてまでやってほしいとは思ってねぇからよ」
「ええっ!? トーコちゃん、正気!? 今が貴女の勝機なんだよっ!?」
リリィ、上手い事言ったつもりなんだろうが、やっぱりお前は敵認定だ。
「あっ…… てへへっ」
俺が思った事を察したのか、リリィはわざとらしく舌を出して誤魔化している。もうこの際、リリィは置いておこう。これ以上触れると俺が火傷する。
「ネルさん、師匠も悪気があってした訳じゃないんです。それに師匠の想いに応えられなかった私にも、同じくらいの責任があります! ごめんなさい!」
「ネル師匠、刀子もああ言っていますし、これ以上を事を荒立てるのは……」
「ちょ、ちょっと、そう言われると私が悪者みたいじゃない。もう、分かったわよ。でもデリス、次はないからね?」
「ああ、分かってる。もうこんな約束はしないよ……」
「それで、トーコちゃんへのご褒美は一体全体どうされるんです? まさか、あれだけ頑張ったのに何もなし、なんて事はないですよね? よねよね?」
リリィーーー! 折角ハルと千奈津神が頑張ってネルを止めたのに、お前ってやつはぁーーー!
「……まあ、腹立たしいけれども、確かにリリィの言う事にも一理あるわ。現にこうして、デリスが汚れずに済んだ訳だしね」
「お、おう……?」
「あ、あれ?」
しかし、ネルは意外にも冷静だった。予想外な反応に俺は呆気に取られ、リリィも当てが外れたといった様子だ。
「うーん、どうしようかしら。約束そのままってのは論外として―――」
「―――まあまあ、今直ぐに答えを出すべき事でもないでしょうに! ネル殿、ゆっくりと考えてくだされ! それはそうと、この部屋の掃除に取り掛かっても良いですかな?」
ゼクスがそう声を掛けると、部屋の扉の外で清掃用ゴーレムが待機しているのが見えた。ネルに蹂躙されたところの、修理と清掃をしに来たんだろう。
「あっ、ごめんなさいね。こんなに焦がしたり溶かしてしまって…… ゼクス、修繕費は色を付けて返すから、後で請求して頂戴」
「フゥハハハハハ! 何、某としては面白い催し物でしたので、お代はいりませんよ」
「ゼクスさん、それなら私も掃除をお手伝いします! ここ最近お泊り続きで、家事がしたくてウズウズしていたんです!」
「ほほう、そういう事でしたら是非に! ハルナ殿の掃除技能が、新たな製品の発想に繋がるかもしれませんな! フハハ!」
そんな風に高笑いするゼクスの背中は、結構な割合で溶けて崩れかかっていた。
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予期せぬ形で終わってしまった祝勝会であったが、死者が出なかったのは幸いだったと言えよう。しかし、デリスとネルの2人にとってはあの熾烈なやり取りさえも、ある意味で日常の一コマに過ぎなかったのかもしれない。あれだけ熱くハードなプレイを続けざまに叩き付けられたというのに、デリスは足を痺れさせながらも最後には歩いて帰っていた。ネルが繰り出した超破壊的な炎もそうだが、それらを受けて尚も生きているデリスのタフさ加減にも呆れるしかない。
『あれは何だかんだで長生きするタイプやで~』
「「「ん?」」」
悠那ら弟子3人組が疑問符を浮かべる。ここにいない筈の誰かさんの声が、そう言ったような気がしたのだ。
「何か、今とてもそれらしい事を言われた気が……」
「私も!」
「それよりもよ、さっさと行こうぜ? 料理が冷めちまう」
悠那達はネル激怒時に避難させた料理の残りを持ち寄って祝勝会後の反省会を行う為、密かに悠那と千奈津の部屋に集まっていた。今回のリリィヴィア戦に勝利したとはいえ、それは運が味方してのもの。10回戦えば、残り9回は負けてしまうような内容だったからだ。3人は既に寝間着で若干パジャマパーティー感が出てしまっているが、彼女らが反省会と言ったらそれは反省会なのだ。
「それでは、反省会を始めたいと思います。思った事はドンドンと、忌憚のない意見を言いまくるのが今回のコンセプトです。お料理を食べて脳に栄養を回しつつ、共に有意義な時間としましょう」
先の戦いで結構なストレスと吐き出したせいなのか、千奈津の発声はいつもより明朗快活だ。
「はい! まずは改めて刀子ちゃんに拍手を送りたいです! 刀子ちゃん凄い!」
「そうね、刀子は凄い! はい、皆拍手!」
―――パチパチパチ!
そして深夜テンションなのか、少しばかり調子も良かった。千奈津の号令で、部屋に拍手の音が鳴り響く。
「や、やめろよ。そんな事ねぇって。ちょ、マジでそんな事ねぇから……!」
一方の刀子は、まさかこんなところで褒められるとは思ってもいなかったんだろう。それも、彼女が永遠のライバルと決めた悠那からの称賛だ。恥ずかしさと嬉しさが相まって、酒を呷ったが如く顔を赤面させて焦っている。
「いやいや、本当に素晴らしい働きであった。誇って良いぞ。で、だ――― なぜ余は、この場にいるんだろうか?」
ちなみにであるが、フンド・リンドもお呼ばれ中だった。可憐な少女が集う花園にて、若干居づらそうにしている。
「何を言っているんですか、フンド君! 私達は仲間にして友達、こうして一緒に反省会を行うのは当たり前ですよ! 昨日の敵は今日の友、巡り巡って未来の強敵、です!」
「え? あ、うむ……?」
説得完了。フンドはその場で座り直し、モグモグと料理を咀嚼した。




