第345話 正統派非道サーブ
「フハ! ああ、そうそう。試合開始前に、今ゲームで使用するボールについて説明しておきますぞ」
開始寸前にゼクスが、奇妙な高笑いと共に手を挙げた。ううーむ、この灼熱地獄の中では見ているだけでも暑苦しい、その全身鎧な格好はビーチとは無縁にもほどがある。せめて、もう少し夏らしい見た目にはできなかったんだろうか……
そんなゼクスの格好云々はさて置き、今回使用するボールはメイドイン・ゼクスの技術の粋を集めた、渾身かつ全身全霊の製品らしい。大八魔が来てもビーチバレーが楽しめるように、という謎のキャッチフレーズを掲げるアレゼルの要望通り、途轍もなく頑丈に作られているようなのだ。触った感触は通常のバレーボールと遜色ないのに、大抵の衝撃には耐えられるよう設計されているとの事。おい、一体何の素材を使いやがった?
「但し、ここで注意点が1つございます。本来ビーチバレーは皆で楽しく遊ぶ為のもの、そこに命のやり取りがあってはならないのです。ですから、あまりに強過ぎる衝撃をこのボールに与えてしまいますと、その瞬間にボールが爆発する仕様になっております」
「待て、何か酷い矛盾が発生していないか?」
「フハハ! フンド殿、唐突に面白い事を言い出しますな! 限度を超えた行いを防ぐ為の、当然の措置でしょう!」
「そうです、当然の措置なのです!」
「う、うむ……?」
困惑するフンド君を前に、強引な説得を行うゼクスとゼータ。当然の措置なのは兎も角として、まだ大事なところを説明していないだろうに。
「で、その限度ってのはどの程度になっているんだよ? 大八魔も楽しめるビーチバレーを想定してるのは良いけどさ、加減も分からずに爆発されちゃ、やってる方は普通に困るし怖いぞ……」
「尤もな意見やね。でも安心してぇな、それなりの強度はあるさかい。ええっと――― フンドはん、このボールを思いっ切り殴ってくれへん?」
「余がか? ……いや、爆発するであろう!?」
「大丈夫だいじょ~ぶ。アレゼルちゃんを信じてぇな~」
恐らくはこの世で最も信用できない顔を張り付けながら、アレゼルはボールを持ってフンドへと迫った。渋々、かなり渋々といった様子で、フンド君がボールを受け取る。
「一種の度胸試しといったところか。よかろう、やってやろうではないか! だあぁうあっ!」
一瞬にして強靭に膨れ上がったフンド君の片腕が、ボールを激しく穿つ。以前ハル達と戦った際に見せた一撃にも劣らない、フンド君の全力攻撃だ。ボールはその形状を歪めながらも、ギギギと破壊される事なく彼方へと飛んで行く――― 前に、ネルが跳躍してそれをキャッチした。
「流石はゼクス様のバレーボール、微塵も爆発していません!」
「フゥーハッハッハッハッハ! フゥーーーハッハッハッハッハッハ!」
「なるほど、あの程度なら問題なく耐えられるって事ね」
「せや、もう2・3段階上の次元だと保障できへんけどな。ま、フンドはんの力でこれやから、ハルちゃん達や非力なあたしは、全力出してもオッケーやで」
「了解です! 私達はいつも通り全力で、ですね!」
「悠那、お前全力以外の選択肢がそもそもねぇだろ」
「まあ、私達にとってはありがたいルールね。必然、師匠達は手加減する形になる訳だし」
「………」
「お前ら、フンド君の気持ちを少しは汲んでやれよ……」
全力で殴ってボールが破壊されなかった事、吹っ飛ばしたボールをネルに軽々とキャッチされた、2重のショックを受けて立ち尽くしているぞ……
「……いや、心配するな。大八魔内で余が未熟であるのは、既に知れている事。ならば、余もハルナ達を見習うだけだ」
「そうですよ、フンドさん! 一緒のチームな事ですし、私と一緒に高みに登りましょう!」
「昨日の敵は今日の友、か…… よかろう、粉骨砕身の覚悟でやろうではないか!」
ハルの異常に高い向上心に当てられて、見事な立ち直りを果たすフンド君。まあハルの場合、昨日の友は今日の敵も手早く切り替えられるから、こんな青春に満ちた場面を経た後でも、チームが変わった途端に容赦なく相手を叩きのめせる子なんだけどな。フンド君はその辺の非情さをもう少し身に付けて…… って、フンド君に対してこんな考察をしている場合じゃなかった。さ、試合だ試合だ。
「前に申した通り、ジャッジはセルフでお願いしますぞ。紳士の精神でゲームに臨みましょう! イカサマ、駄目絶対!」
「ボールを介さない攻撃も当然なしやからな~。じゃ、ハルちゃんよろしゅう!」
「はい!」
火血バレー、開始……!
「いきますよー!」
そんな掛け声を発したハルはコートの背後、それもかなり離れた位置にいた。手慣れた感じでボールをトス。前方向に高々と上げられたボールを追い掛けるように、ハルが助走を開始する。やがてボールが落下して、勢いよく跳躍したハルとのタイミングが合致。小さな体が弓なりに反らされ、実際よりも長い長い滞空時間を思わせる。そして、振るわれたハルの腕がボールを打った。ジャンプサーブというやつだ。
「―――っ!」
放たれたボールは矢となって、一直線に相手コートへ向かって行く。速い、それもコースが絶妙で、側面と奥を示すラインの際どいところを攻めている。躱すだけならば大八魔にとって訳ない速度ではあるが、落下点をこの一瞬で判断するのは至難の業だ。それもネルチームの後衛右側に構えるは、見るからにやる気を失っているリリィヴィア。ハル、マジで勝ちを狙う全力投球である。
「リリィ、そっちに行ったわよ! ライン際を見極めて、ってぇ!?」
ネルがそう指示を出すも、その言葉は途中で変な叫びに変わってしまった。リリィが全くボールを見ておらず、視線が正面から全く動いていないのだ。
―――ズドガァン!
阻まれる事なく地面に衝突したハルのサーブは、熱砂に触れた瞬間、周囲に超重力空間を発生させた。イメージとしては、接触型の重力爆弾だろうか。着弾箇所が円形に抉れて砂が押し固められ、更にその底の方には毒沼が形成されていた。
「うわ、あのサーブも投擲扱いなのか……」
今でもすっかり見慣れてしまった非道セット搭載サーブは、きっかりとコートの角ギリギリに収まっている。見事なサービスエースだ。
「やりました!」
「おおっ、先制点だ! すげぇぜ悠那、流石は俺のライバル!」
「わー、綺麗に決まるもんなんやねぇ。コースがえっぐいわ~」
「力任せに打ったところで、ああはならんからな。悔しいが、即興では真似できん業だ」
「速さといいコースといい、文句の付けようがないサーブだったな。ハル、良くやった」
「えへへ~」
皆に褒められ、ハルも満更でもない様子だ。ただ、リリィが少し不審ではある。ハルの放ったボールを全く見ていなかったのは、単にやる気がなかったからか?
「……いやー、怠惰なだけのリリィならまだしも、パーフェクトリリィがそうなる筈がねぇよなぁ」
ボールではない、あいつの見ていた視線の先を考えれば、まあ何となくその理由は推測できる。
「フハハ! リリィヴィア殿、ドンマイですぞ! 今のは取るか見送るか、なかなかに困ってしまうサーブでしたからな!」
「そうですね。でも下手に手を出さず、静観で通したのは冷静な判断だったと思います」
「いえ、それよりもリリィ。貴女、ボールを見ていなかったわね? どういうつもり?」
「怖い顔してコートの温度を上げないでよ、ネル。やる気を失った、なんて事はないから安心なさい。ただちょっと、お手本を見させてもらっただけ」
「お手本?」
「私ビーチバレーなんて、そもそも見た事がないもの。知らないものは演技のしようがないでしょ? ま、次のゲームでマスターするけどね」
ほら、厄介な展開になってきた。




