第339話 雑談稀にそれなりに重要な話
深夜、大八魔達による狂宴は今も続いていた。どうやらオールで過ごすという言葉は本当だったようで、床で酔い潰れる冒険者がちらほらと見受けられる中、魔王達は全くペースを落とさずに尚も酒盛りを決行中であった。
「それにしてもさ~、リムドもちゃんと断らないと駄目だよ~。今回は妾が止めに入ったから良いけど、昔からの決まりなんだからさ~」
「むう、そう言われては申し開きができぬ。どうも育ち盛りの我が子と、姿が重なってしまってな」
「もう! リムドったら、いっつもそれじゃない! 少しは妾を見習って、我が子を崖から突き落とすくらいの事はしないとっ!」
「リムド家は子沢山だからね~。マリアもマリアで、それなりに子煩悩だとは思うけどね~」
「違うもん、親馬鹿じゃないもん! リリィちゃんが構ってくれないだけだもん!」
「しかし、子かぁ。考えようによっては、ワシの手で生み出されたアンデッドも子供みたいなもんではないかのう? ほれ、それなりに愛着があるし、この前に生み出した首なしも、ワシの息子みたなもんじゃし?」
「どれだけ大家族になるつもりなんだい、ヴァカラ老? 世界皆家族?」
ドッと爆笑する4人。酔いによる特有のテンションもあるんだろうが、4人は笑いの沸点が低過ぎた。
「しかし、アガリアも難儀なものだな。世界の意思に選ばれ、そのような力を得てしまうとは」
「だよね~。妾だったら、そんな役目放棄しちゃう! だって妾が表舞台に立ちたいもん!」
「いやいや、そんなに捨てたもんでもないよ? こうして大八魔の権限で好き勝手に飲み食いできるし、毎日遊び歩いて楽しいよ?」
「はいはーい、妾発言を撤回しま~す。アガリア全然働いている気配ないで~す。というか、本当に働いてるの? 『案内人』としてさ?」
「重要そうなところには、それなりに裏から接しているつもりだよ。アーデルハイトの彼女らみたいに、隠れて勇者を召喚する輩も少なくないからね。でも、ここ最近ではやっぱり彼女らが別格かな。師が優秀過ぎるってのもあるけど、本人達の才覚もやばいもんだよ。このまま行けばこの世界が始まって以来、初の帰還者になるんじゃないかな?」
「ほう、初になるのか? 我がこの任を担ってからというもの、未だ勇者らしき者からの挑戦を受けた事がないのだが、恐れ自体は凄まじく抱かれている。大昔から大八魔は、余程優秀だったのだな」
「優秀過ぎたんじゃよ。今こそ異世界からの勇者召喚は表向きなくなってしまったが、ワシが尖っていた頃はそれはもう頻繁に起こっていた。しかし、如何に召喚された勇者が毛が生えた程度に強化されていようと、そこからの成長には努力が伴う。人並みに努力した程度では、もうそれ以上に強くなる事は叶わん。寿命のないワシのように永遠の時を使い鍛え上げるか、生きている限り死線を潜るかのどちらかしかないのじゃ。尤も、大体の勇者は現状に満足して慢心のままに死に、進んで死地に赴く勇者は力に手を届かす前に骸になってしまうのじゃがな。ピーク時の案内人は過労で悲鳴を上げておったわい」
「そんな先代の方々と比べれば、今代の僕は実にホワイトな日常を送っているよ。今となっては本業が大八魔、案内人は副業みたいなもんだね!」
「ぷふー! 案内人が大八魔になった時、マリア爆笑するのすっごく我慢してたんだよー。え、むしろ敵側じゃないの? って!」
「腹を抱えるくらい愉快じゃったから、その頃に第一席だったワシが許可しちゃった。てへ♪」
「あの時のアラルカルとかの顔ったら、なかったよね~。え、しかも第一席!? って! あとヴァカラ、その仕草は妾がやってこそだからね。てへ♪」
可愛らしいマリアの仕草に、一部の外野より歓声が沸き上がる。マリアはわざわざそちらに笑顔で手を振り返し、注目されていると悦に入っていた。
「彼奴らは旧体制を重んじる、大八魔内でも武闘派の者達であったからな。大八魔は大八魔らしくあるべき、だったか」
「武闘派の割に、3人揃って弱っちかったけどね。ま、フンドちゃんよりは多少マシだったけど」
「弱っちい僕の口からは、それは恐れ多くて言えないかな~」
「安心せい、アガリアよ。下から数えてギリ真ん中に届くかどうか、くらいの実力はあるじゃろう?」
「んー、かなり微妙じゃない? ごめんね、アガリア。妾、自信持って励ます事ができないの……」
「うわーん! 助けてリムド、2人が僕を虐めるのっ!」
がたいの良いリムドにタックルの勢いで泣き付き、顔をぐりぐりさせるアガリア。普通であれば戸惑ってしまう場面であるが、そこは子育て経験豊富なリムドである。力強くも温かくアガリアを迎え入れ、彼を優しく包み込む。
「な、何これぇ……! リムドの胸の中、す、凄く心地良い!」
「流石は女竜泣かせのリムドじゃな、男のアガリアでさえも落としてしまうか」
「不潔、マリアに近づかないで」
「我にそんなつもりはないぞ。ただ受け止めただけだ」
「そんな、この僕が!? いや、しかしでも……!」
「どうでも良いが、そろそろアガリアを放してやれ。本格的に道を外れるぞい。 ……いや、それはそれで面白いか?」
アガリア、精神を振り絞ってリムドから離脱。余程無理をして脱出したのか呼吸は激しく、アガリアは肩で息をしていた。心なしか顔が赤く、汗も流れている。
「あっぶな! あともう少し遅れてたら、僕の人生最大の汚点になるところだったよ!」
「……ちと惜しい事をしたかの?」
「妾にそういう話題を振らないのっ! イメージ問題に関わっちゃうもん!」
「だから我にそんなつもりはないと、何度も言っておるだろうが……」
「そのつもりがなくとも、お主は落としてしまうのだ。このっ、罪作りなド天然たらしめっ! ワシだってな、肉さえあればそこそこいけるんじゃぞ!」
「お、おいっ、何を競っているのだ!?」
「ん~、男のつまらないプライド的な何か? 妾、か弱い女の子だから分からな~い」
「僕にそっちの気はない筈…… だけど、さっきのあの感じは確かに心が……」
ヴァカラがリムドの肩に腕を回して絡み、リムドがそれに対して抵抗。マリアは頬に手を当てぶりっ子を演じ、アガリアがテーブルに沈みながら自分を見直している。しかし、傍から見ればこの状況も違うように見えたようで。
「おっ! あいつら、あんな小さな女の子を奪い合ってるぞ!? 既に1人脱落してやがる!」
「―――っ! や~ん。皆、妾の為に争わないで~」
「「は?」」
逸早く勘違いの意図を察し、流れに乗って演技を行うマリア。その演技っぷりは愛娘のリリィヴィアに比べれば、大根役者にもほどがあった。が、酒の入っている酔っ払い相手には、十分に通用するものだ。
「ははっ、いいぞ! やれやれー! 喧嘩は盛大にってのが掟だっ!」
「……俺も混ざって挑戦してこようかな?」
「何だ、やっぱりお前ロリコンかよ!? まあいいや、行け行けっ! ワンチャンあるぞっ!」
「よ、よーし、行ってくる!」
混沌とした状況は、こんな調子で朝まで続いた。
「うん、やっぱり僕は正常だ! ごめんリムド、君の想いには応えられない!」
「!?」
「うおっ! あのテーブル、思っていたよりも複雑な三角関係だ!」
混沌とした状況は更に混沌とし、勢いを増した調子で朝まで続いた。




