第313話 死地
ジャピタの傭兵は死を恐れぬ戦闘のエキスパートであり、所属する人数が優に百を超える大規模な傭兵団だ。格闘を交えた接近戦、弓や魔法と分野を問わない遠距離からの火力支援、中には暗殺を得意とする者も所属しており、どのような依頼であろうと金を積まれ、そこに命のやり取りが発生すれば引き受ける事で有名だ。全ては血を沸かせる、崇高な殺し合いを行う為に。そんなバトルマニア達の集う危険な集団が、1つの軍隊として纏まっているのは奇跡的な事と言えるだろう。彼らの頭を務める眼帯の男がよほど優秀なのか、それとも自らの命を何とも思わぬ死にたがりばかりなのか――― 答えがどちらであれ、ジャピタの傭兵は運命の瀬戸際にあった。
暗殺者からの不意打ちを適当に返り討ちにし、矢の雨を鼻歌交じりに躱し続け、全方位から全域を埋め尽くすほどの範囲魔法が放たれようとも、ケロッと無傷のままで闘技場に立っている凄まじき化け物。そんなアレゼルの周囲に積まれた死体の山は、一体何人分の刺客から構成されたものなんだろうか? 客席にてこの惨劇を目にしていた観客達は、もう全員が座ってはおれずに立ち上がっていた。滝のような汗を流しながら、開いた口は一切合切塞がらない様子だ。それはこの闇闘技場の主催者であるサンゴも同様のようで、あまりの発汗の多さに脱水症状が出ないかと心配されるほどだった。
「うおおおっ!」
「今度はでかぶつかいな。人材豊富やね~」
次に挑むは全身を分厚い装甲で覆った大男だ。巨大な金属の塊である大槌を高らかに振り上げ、小柄なアレゼルの体を潰さんと猛り狂っている。そんな大男の姿がツボに入ったのか、アレゼルは口端を吊り上げながら人差し指を内側に曲げて、来いや! と、挑発のサインを出す。
「死ねぇ!」
「とろ過ぎて避ける気も起きんわ、ボケが」
解体されるのは、何も人体や防具に限った話ではない。振り落とされた大槌は容易く分解されてしまい、重心となるハンマーの部分がすっぽ抜けて、障壁の方へと飛んで行ってしまった。大槌の柄のみになってしまった金属の棒が空振り、それでも大きな音と衝撃を起こしつつ地面に叩き付けられる。
「あんさん、力だけならあたしよりも上かもな。それ以外は落第もんやけど」
そんなアレゼルの言葉が言い終わる頃には、大男の幾重にも張り巡らされた装甲は全て外されてしまっていた。いつの間にやら大槌の柄の上に立っていたアレゼルの手には、ドクドクと動く血塗れの心臓が未だ鼓動している。
「貰うばかりじゃ悪いし、こいつの代わりにお土産を入れておいたさかい。ほな、楽しんでなっ!」
「っ!?」
心臓を視認した大男が事の重大さに気付くも、それを持ったアレゼルは大きく背後に跳躍して距離を取ってしまう。こうなればもう全てが手遅れで、鼓動音の代わりに導火線の焼ける音が鳴り響く左胸が、大男のタイムリミットがもうない事を示していた。盗んだ残りの爆弾を全て大男の心臓部に置き、それを置き土産としたアレゼルの所業は正に鬼畜である。
「さて、次は―――」
「―――てぇ!」
外側からの支援もなくなってきたし、いい加減人数も減った頃だろう。と、アレゼルが爆発音を尻目に牢の外に目を向けると、そこには2門の巨大な銃器を携えた傭兵が銃口をこちらに向け、今にも撃ち出さんとする寸前のところだった。
「おいおーい、そんなもんまで持ち出すんかい!」
重厚な発射音を立て続けるは、ガトリング砲の目にも止まらぬ弾丸の嵐だ。それらが十字砲火されて放たれれば、どんな生物だろうと次の瞬間にはミンチなる代物である。製造元は当然、メイドイン・ゼクス。個人への販売はもちろん、国家や組織にも売っていない筈なのだが、ジャピタの傭兵はどこからかこれを入手していたらしい。
「まあ、ガトリング砲も知っとるけどなぁ!」
尤も、彼らが所持し知っている程度の武装であれば、大八魔間で同盟関係にあるアレゼルが知らない筈もなく、弾丸の嵐は悉くがその場で弾かれていた。彼女の両手にあったのは、戦いの最中で調達した金属片の一欠けら。恐らくは剥ぎ取った鎧の一部分であろうそれで、迫り来る弾丸1つ1つに対して接触させ、軌道を逸らす、逸らす、逸らす―――
結局、ガトリング砲の残弾をあらん限り消費し、その上で銃身が焼き切れるまで撃ち続けても、一発の弾丸もアレゼルに当たる事はなかった。せめて掠るくらいの健闘はしてほしかったものだが、残念ながらアレゼルは無傷である。
「あたしより遅いもん飛ばしといて、当たる方が不思議ってもんやろ。ま、これはゲーム感覚でちょっち面白かったかな?」
「ふ、ふへへ、本物の化け物だ……!」
役目を終えた銃口がキュルキュルと弱々しく回り終わる頃になると、撃ち手であった傭兵が笑みを浮かべながら、そんな呟きをこぼした。
「これでも大八魔の一角やからな、当然あたしもごっつい化け物――― って、こんな可愛らしい化け物がどこにおんねん!」
都合の悪い叫びは聞こえず、面白そうな呟きは拾ってしまうアレゼルイヤーは、やはり絶好調のようである。
「……私がお相手します。その間にサンゴ様及びお客様方の避難を開始なさい」
「あ、あんさん!? それは話がちゃうでっ!? アレゼルを倒す約束やろ!」
「申し訳ありません、サンゴ様。どうも私共の目算が甘かったようでして、現状では不可能に近いものとなってしまいました。契約は達成できそうにありませんので、報酬は頂きません。この期に及んで私共にできる事といえば、貴方方をできるだけ遠くに逃がす事だけです」
「は~ん、そう言って死に場所を探していただけやないの~? ジャピタの傭兵は戦いの中で死ぬ事を誉れとする、ちゅう噂も聞いとるで? 死にたがりが多いこって、サンゴはんも災難やなぁ」
「あばばばばばば……」
最早、檻の中にアレゼル以外の生存者は誰一人としていなかった。百人を超す傭兵の生き残りは半数を割り、彼らは文字取りの半壊状態にある。如何なる武器も、奇襲も、飽和攻撃もアレゼルのスピードには追い付かない。どのような護りで身を固めようとも、耐久力と理屈を無視した窃盗行為が全てを無にしてしまう。それどころか、アレゼルの攻撃・防御手段として使われてしまう始末。おまけに悪知恵が恐ろしいほど働き、精神を追い詰めてくるまでに邪悪。抗う術がもうない事は明白だ。
「それでも、数十秒はもってみせますよ。さあ、避難を―――」
「―――残念だけど、たった今からその選択肢も潰えたわ」
「っ! 貴女は……」
「あばば、あばっ……?」
客席の最後列から聞こえる妖艶な声が、麻薬のように耳へと染み入る。サンゴや観客達は何かに当てられたのか、その場で眠るようにして倒れてしまった。その元凶と思われる銀髪の女が、詰まらない見世物を見せられているかの如く、口をへの字に曲げている。
「ふう、一体いつからそこにいたのやら。地上への出入り口を塞いでいるのは、気配からして昨日の護衛の方々で?」
「何の事だか分からないわね。それに、アレは私の所有物よ。勝手にアレゼルの護衛なんかと、勘違いしないでほしいものだわ。ねえ、黒、紅?」
闘技場の出入り口は、黒いローブに黒いフードを深く被った怪しげな男と、紅色に染められた全身鎧を纏った騎士によって阻まれていた。
「リリィヴィアはん、悪いなぁ。こんな事に付き合わせてしもうて。今度、絶対に埋め合わせをするさかい」
「期待しないで待ってるわよ。ほら、こいつらの代わりに私が眠りたいくらいなんだから、さっさと終わらせなさい」
そんな2人の会話を耳にして、眼帯の男は突如として現れた彼女が何者なのかを理解した。そして静かに得物を取り出し、アレゼルがそうしたのと同じように口端を吊り上げる。
「漸く、私達は死地を手に入れたようです。大八魔が2人もいらっしゃるとは、何という幸運かっ!」
堰を切った頭に従い、生き残りのジャピタの傭兵全てが決意を抱き、駆け出した。
活動報告にてネル、千奈津、刀子のキャラデザを公開してます。




