第311話 カチコミ・セカンドシーズン
その日の夜、アレゼルはサンゴが商うカジノを再び訪れていた。出迎えるはカジノの店員などではなく、明らかに異質な気配を放つ屈強な男達。一応はカジノの制服を身に纏っている為、店員の形はとっているようだ。
「お待ちしておりました、アレゼル様」
「おう、今回の出迎えは及第点やね。サンゴはんおる?」
「もちろんでございます。ご案内致しますので、こちらへ」
眼帯の男を先頭に、そして男達に囲まれるようにしてアレゼルは歩を進める。ニコニコと笑顔を浮かべながら周囲を見回せば、そこらかしこでギャンブルが行われ賑わっていた。夜であろうとカジノは営業を続けている。というよりも、これからが本当の稼ぎ時なんだろう。先日の昼に訪れた時よりも、客の数は多いくらいだった。
「少々意外でした」
「何がや?」
「アレゼル様が御一人で来られた事が、です。てっきり私共は、先日のお連れ様もご一緒なのだと思っていましたので」
「ああ、この前の護衛か。急な仕事が入ってなぁ。ちょっち残念だったんやけど、あたし1人で来る事にしたんや。これでも忙しい身やさかい。こんなちぃさい仕事はちゃちゃっと終わらして、さっさと帰りたいんや」
「………」
ケラケラと笑うアレゼルに対して、男はそれ以上その会話を続けなかった。
「こちらです」
「おや、前と道が違うようやけど?」
「ええ、今回ご案内する先は事務所ではございません。ですが、サンゴ様はそちらにいらっしゃいます。 ……まだここは正規のカジノの中。引き返す事もできますが、如何しますか?」
「ほ~ん、あたしに鎌をかけるつもりか? その度胸は大したもんやけど、下っ端としては最悪の質問やね。自らドツボにはまってるわ。まあええ、あたしは気にしないから、このまま案内してぇな」
「かしこまりました。それでは、こちらへ……」
案内された先は手洗い場の死角、前回の視察でここが怪しいのでは? と、3人で言い当てていた場所だ。言葉こそは発しないが、やっぱりな、ふーん! と、アレゼルの鼻息が荒くなる。
―――コンコン、コンコン。
眼帯の男が壁に向かって何度かノックをすると、ガチャリと隠し扉が開かれた。来た道は周囲を囲っていた男達が塞いでおり、前に進むしかないぞと暗に言っているようであった。
「へー、地下があったんやねー。知らんかったわー」
台詞が急に抑揚のない感じになったのは、果たしてわざとだろうか? アレゼルは不自然にもほどがある棒読みを披露してみせ、ついでに鼻歌も歌い始める。今いる者達の中で知る者はアレゼルしかいないだろうが、このメロディーはクワイテット総合商社の社歌だ。
「……お待たせ致しました。到着です」
「ふーん? 到着といってもなぁ、あたしの目には暗闇が広がってるようにしか見えんけど?」
地下を下る事数分。更に扉を幾つか潜り、行き着いた先は一面闇の空間だった。部屋の形は円形状、天井が高いのか、上を見上げてもそれらしきものは見えない。正面にはアレゼルが通って来た通路と似たようなものが延びていたが、鉄格子で塞がれていた。
「中に入れば、サンゴ様が御出でになりますよ」
「ぷふっ! いやー、あからさまな罠も、ここまでくると逆に清々しいものやなぁ。これ、あんさんの指示やないやろ? 大方、サンゴはんが余計な知恵を回したとか、そんなところか」
「私からは、これ以上は何も……」
「あんさんも大変やなぁ。ま、ええわ。面白そうやし、行ってみよ」
眼帯の男を後ろに残して、アレゼルは闇が広がる部屋へと足を踏み入れる。男達からすれば背中ががら空きな状況、かつ油断し切った表情のアレゼルなのだが、不思議と隙は一切見当たらなかった。
「おーい、サンゴはーん! 約束通り監査に来たでー! はよ出てこーい!」
「そんな叫ばんでも聞こえまっせ。よう来ましたな、アレゼル会長。いや、アレゼルっ!」
アレゼルの頭上より聞こえてくる、サンゴらしき叫び声。同時に暗闇が支配していたこの場所が、眩い光で照らされ、ガシャンと鉄格子が閉じる音が背後より鳴り響いた。
「ほーん、なかなか立派な闘技場やん?」
照明により照らされた部屋の正体は、高い壁と鉄格子によって囲まれた円形闘技場。壁の上に客席と思われる席が並んでおり、そこには仮面を被った者達がちらほらと見受けられる。その身に纏う衣服から、その誰もが上流階級の者達である事が窺えた。
「で、サンゴはん。この闘技場は何に使こうてたもんなん? 地面の砂利には血が染みてよう臭うとるし、鉄格子が天井にまで伸びとるやん。まるであたしが罪人みたいやけど、何の冗談なんやろな~? 最近不自然に客足が伸びたとは思うとうたけど、まさかな~? あと、今しれっとあたしの事を呼び捨ててた気もしたけど、空耳にしてはハッキリ聞こえたなぁ…… なぁ!?」
「ひぃういっ!」
語尾を強めたアレゼルに、思わず飛び跳ね悲鳴も上げてしまうサンゴ。あと少しで彼の固めた意志が挫かれ、そのまま土下座に移行するところであった。ここで彼が耐えられたのは、偏に背後から凄まじいプレッシャーをサンゴに掛けていた眼帯の男のお蔭だろう。
「あ、あんさん、一体いつからそこに……?」
「ここで貴方に謝罪されては、全てが台無しでしたからね。大急ぎで駆け付けたところです。さあ、勇気を振り絞り、高らかに宣言してください。お客様方も見ていますよ」
「そ、そうやな……!」
よれよれと立ち上がるサンゴ。
「まあまあ~、そう焦らさんな。あたしも寛大やから、今ならまだ許してやらん事もないで? ここにいる観客の皆様も含めて、全員があたしの靴にキスしたら、それぞれ腕1本で許したるわ。どや、破格の条件やろ!」
「う、腕っ!?」
冗談を言うノリでそう言い放ったアレゼルであるが、サンゴは知っている。アレゼルは本気だ。本気でこの状況においても、全員に向けてそう発しているのだと、経験則で察した。
「ここにおる客、あたしの事も知らんお上りさん、或いはサンゴはんと結託したお仲間ってところか? どっちでもええけど、ダマヤのルールには従ってもらわんとなぁ。街ん中でこんな見世物はご法度、見るのも見世物にするのも禁止にしとる。こんなんイメージダウンに繋がる最たる例やで。加えて、こんな場所に呼び出してあたしを消そうとした。まあこれに関してはまだ未遂。弁解の余地は皆無やけど、命の代わりに腕1本なら安いもん―――」
「―――う、うるさいうるさい、うるさいわっ! わいはアレゼルを倒し、再び舞い上がるんや! こんなところで道を閉ざされる訳にはいかんっ! おいっ、開けっ!」
サンゴが命令すると、アレゼルの向かい側にあった鉄格子がゴゴゴと音を立てながら上がっていった。そしてその奥にあった通路の闇の中より、獣臭のような鼻につく臭いがし、身の毛がよだつ唸り声が聞こえてきた。
「ふははっ! アレゼル、アンタを倒す為に特別に用意した、この裏闘技場のエースのご登場や! 罪人や奴隷を食った人数は数知れず、下手をすれば国の軍隊をも食い殺しかねん! そのモンスターの名はっ!」
「あー、知っとる知っとる。これ、ネイパムレオルやろ? 昔、丸焼きにして食った事あるわ。肉が固くて不味かったけどな」
「……え?」
荘厳な鬣を持つモンスターの頭部を片手で持ち、よくよく観察するアレゼル。その首からはボタボタと鮮血が流れて、地面を赤に染め上げていた。
「え、ちょ、はっ? レ、レオルはまだ―――」
「まだもクソもないわ、ボケッ! 出てくんのが遅いから、こっちから迎えに行って首もいで来たわ! サンゴはんなぁ、あたしを誰だと思うてんねん? そこいらの下手打つ軍隊と一緒にせんでほしいなぁ。サ・ン・ゴ・はんっ!」
アレゼルは呆れた様子で、握り締めたモンスターの頭部を思いっ切り投擲した。
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