第308話 温泉
アレゼルプレゼンツな鬼ごっこを終えたところで、今日のところは鍛錬を終了する事とした。つうよりも、もう弟子達は限界を通り越している為、これ以上は酷だし無理だ。ならば宿に戻って休息かと問われれば、それも少し詰まらなく思う。
「アレゼル、ここら辺に疲弊したこいつらでも行けるような、ちょうど良い感じの休憩施設とかはあるか?」
「あー、それなら温泉にでも浸かろか? この前、ゼクスはんが温泉の素を開発――― ゴホン! 温泉を掘り当ててな! ひろーい浴場に絶景美味い料理を用意した、最新鋭の場所があるんよ!」
お前、温泉の素とか言い掛けたよね? いや、別に源泉でなくても構わないけどさ、それを売り文句にするのはルール違反じゃないのかな?
「温泉っ!? はいはいっ、すっごく入りたいです!」
「凄い食い付きようだな、悠那」
「屋敷にも大きなお風呂はあるけど、温泉はまた違った良さがあるのよね。うん、私も入りたいかも」
「ま、まあ俺もだけどよ!」
俺の疑問を知ってか知らずか、ハル達はすっかりと温泉に思考を持っていかれてる。
「……ゼータ」
「わ、私は何も知りません。その、たぶん……」
「ほら、ゼータはんもこう言ってるやろ! デリスが変な目で見るから、気を利かしてくれたんやで! 謝れ、デリスは謝れ!」
良い子なゼータは嘘をつくのが大変下手であった。まあ、アレゼルの弱味を1つ握ったという事で、手を打っておこう。
「しっかし、カジノに広大な植物園にテーマパーク紛いな迷路ときて、今度は温泉か…… 何か、俺のイメージにあった金の街ダマヤと大分かけ離れた感じになりつつあるな」
「それだけ金を掛けてるから、別に間違いではないやろ。あたしはな、この街を第2のエルフリゾートにするのが夢なんや! 金は金を呼ぶんやでっ!」
「そ、そうか」
まあ、他の商人達もこれを商機と考えて切磋琢磨してんだろうなぁ。その煽りを食らったのが、ある意味でサンゴはんともいえるけれど。
「温泉ねぇ…… ガルデバランを駆逐してた時、偶然見つけて休憩がてらに入った以来かしら?」
「ジバの大陸じゃ、風呂がある家でさえ限られるからな。じゃ、そこに行くとしようか。アレゼル、例の如く案内を頼む」
「ほいきたっ! もー汗ダラダラで気持ち悪くてな~。トーコちゃんみたいに、開放的な気分になりたかったんよ~」
「お、おいっ! 別にアレは、俺が望んでなった訳じゃないだろ!」
温泉に向かう道中、刀子は散々アレゼルに弄られていた。ハルとは違った意味で気に入られたようだ。
「残念やけど、これから向かう先は混浴じゃないんやで、トーコちゃん。ほんまにすまんなぁ」
「うがー!」
仲良いなぁ。
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ダマヤの中心街から離れ、なだらかな山道を進む事数分。温泉場へと無事に到着したデリス達は、タオル類を受け取り男湯、女湯に一旦分かれ、それぞれの浴場へと向かう事に。リリィヴィアがここにいれば男湯を覗く珍事も起こったであろうが、残念ながら彼女は不在。そのようなイベントは起こらず、また同じ大八魔であるアレゼルも同席している為、いたとしてもパーフェクトリリィはそんな事をしない。やはりそんな可能性はなかったのだ。
「じゃ、俺らはこっちだから」
「ゴブ!」
そんなリリィヴィアの代わりなのか、デリスと共に男風呂組に属したのはゴブ男である。頭にタオルを乗っけていて、どことなくヌイグルミ感が漂っている。
「アレゼルさん、ゴブ男君も温泉に入って良いんですか?」
「構わんよー。どうせ今日は貸し切りだし、ハルちゃんのゴブリンは清潔そうやもん」
「あの、私も義手義足なのですが……」
「なぁんの問題もないで~。ゼクスはんの義肢は防水も完璧やし、オイル漏れもしないやろ?」
「それはもう! 流石はアレゼル様、お目が高いっ!」
あれこれと性能の説明を始めるゼータ。これは長くなると察したデリスは、苦笑いを浮かべながら男湯の方を指差した。
「あー、話の途中で悪いんだが、俺らは先に行ってるからなー。お前らの方が長風呂になるだろうし、適当な所で待ってるから」
「了解よ。それじゃ、また後でね」
「おう、後でな」
ネルとの軽い会話を挟んで、デリスとゴブ男が暖簾を潜って姿を消す。残った悠那、千奈津、刀子、ネルにアレゼル、テンション高めのゼータの6名は女湯だ。
「おー……」
「何よアレゼル、その表情は?」
「いやー、マジであのデリスとネルが夫婦しとるんやなぁと、感慨深いです」
「アンタは私のお母さんか。馬鹿言ってないで、私達も行くわよ」
さっさと女湯の暖簾を潜って進んでしまうネル。
「おっふろ~♪」
「ふー、早く汗を流したいわ」
「なあ、本当に混浴じゃないよな? ドッキリってオチはないよな?」
ネルに続いて悠那達も女湯に入る。ぞろぞろと女子高生組が風呂場へ向かう後ろ姿を注視しつつ、アレゼルが何やらブツブツと呟いていた。
「不動のトップにネル。次点でトーコちゃん、バランスのチナッちゃん、可能性を秘めたあたしに、最後にハルちゃんって感じか…… ま、ビリやないだけマシやな」
「アレゼル様、何のお話ですか?」
「大事な、大っ事な件についてや。あたし、ゼータはんにもすっごい期待してるから!」
「……? えっと、ご期待に添えるよう頑張ります」
よく分からない様子だが、ゼータは折角期待されているのだからとやる気を示した。恐らく、何に期待されているのかは永遠に分からないままだろう。ちなみにであるが、ゼータの最終評価はチナッちゃんと同等の位置にて落ち着いたようだ。
―――かぽーん。
「「「ふ~……」」」
一様に目を細め、気の抜けた声を発する悠那、千奈津、刀子の3人。今日1日溜まりに溜まった疲労に効く極楽湯、そして日本人としての逃れられぬカルマに従い、こうするしかないといった状態だ。
「幸せそうな顔ねぇ」
「世が平和なお蔭さね。ま、金の流れ作るには戦争の1つも起きた方がええんやけど、流石のあたしもその辺は弁えてるでぇ。世界商業連盟にも目ぇ光らして、どんどん世の中を良くしていくのがアレゼルちゃんスタイルや。うわ、ほんま天使、いや女神やな、あたし!」
「つい先日ジバ大陸に戦争吹っ掛けたの、アンタの同僚じゃなかったかしら? その辺はどうなのよ、大八魔の一角さん?」
「フンドはんはほら、若気の至りやん。たぶん、あたしよりも年上だろうけどな~」
あははと笑うアレゼルの声が、浴場に木霊する。んなもん知らんという、責任感に溢れた対応だ。
「あの、思ったんですど…… 大八魔の皆さんって、大魔王なのに良い人そうな方ばかりですよね? 本当に魔王の中の魔王、キングオブ魔王なんですか?」
「ちょ、ちょっと悠那、失礼でしょ」
「でも確かによ、リリィ師匠も悪いサキュバスではないもんな。怒ると超こえーけど」
「ぷはっ! 良い人そうか~。ま、確かにそれも答えやね~」
アレゼルは愉快そうに、もう一度笑い声を木霊させてみせた。
「魔王は魔王に違いないわよ。ただ、使ってる顔を相手に合わせて変えてるだけ。貴女達だって出会い頭の友人を相手に、殺気を剥き出しになんてしないでしょ? それと似たようなもんよ。このケラケラ笑ってる金の亡者だって、本当の敵に対してさっきみたいな接待はしないわ」
「せやで~。聖人君子の顔も3度までや!」
「うーん…… 脱がされはしましたけど、攻撃らしい攻撃はありませんでしたもんね」
「俺にとっては、あれも十分攻撃だったけどな……」
刀子が顔半分を湯につけて、何かを忘れようとするようにブクブクと泡を出し始める。そんな刀子を見て、アレゼルがまた愉快そうに大声で笑い出した。
「……『畏怖』の本気の攻撃は、あんな可愛らしいお遊びじゃないんだけどねぇ」
だからこそ、ボソリと呟かれたネルの言葉は誰にも聞こえていなかった。




