第304話 ゴッドハンド
「きぃいやぁあああーーーー!?」
広大なドーム全域に響き渡る、刀子の盛大な悲鳴。刀子の装備はショートパンツタイプのもので、決してスカートではないのだが、恐らくは反射的にそうしてしまったんだろう。付け根の辺りを両手で抑え込んで、屈んだまま固まってしまう。
「ハッハッハ、何や何や~。下着だけやのうて、悲鳴まで可愛いやないの。てっきりリリィはんに、骨の髄まで仕込まれてると思うたんやけどなぁ。ま、そんな反応を返す女の方が男は好むもんやし、それを見越したとかそんなもんやろ」
指先に刀子のパンツを引っ掛けて、クルクルと回し始めるアレゼル。それを赤面涙目になって睨む刀子であるが、それ以上そこからは動けず、言葉を発する事もできない状態だ。
「ア、アレゼルさん、一体何をっ!?」
「何をって、別にあたしから鬼を攻撃しちゃいけないってルールやないし、一番隙のあった子からちょーっとばかし、悪戯をしただけや。さっきも言った通り、あたしの職業は盗賊。今の商売を始めてから足を洗ったつもりやったんやけど、君らの指導をするからには、あたしの長所を活かしてやらんと失礼かな~と思ってな」
そう、アレゼルの本職は商人などではなく、悪名高い大盗賊だ。かつて盗賊界のゴッドハンドとまで謳われたアレゼルの技術は、刀子の下着を剥ぎ取って見せたように、人様の装備を盗む事など造作もなくできてしまう。昔の俺があの手癖の後始末に何度泣かされた事か……!
「その、詰まりアレゼルさんの悪戯を掻い潜りつつ、攻撃を当てるのを目指せと?」
「そうなるな~。流石はチナッちゃん、理解が早いわ。ま、余程隙がない限りはしないつもりやで? 接近戦だろうが遠距離からの魔法だろうが、警戒を怠れば…… な? 後は分かるやろ?」
「デ、デリスの旦那が見てるここで、そんな事をやれってんのかよっ!?」
「せやで。ええやん、好きなだけ見せたれば。トーコちゃん、折角良いボデーしとるんやし。デリスは役得やな~。散々な問題児なあたしが何を起こすか分からん以上、見張りを止める訳にもいかないもんなぁ。それでこそ、美しい景色に美少女を連れ込んだ甲斐があったってもんや! こりゃあ奴も堪らんやろ!」
んな役得よりも、社会的な死の方が恐ろしくて堪らないわ! それに、眠ってしまって今は静かなネルが起床した時、一体俺にどんな制裁が降りかかる事か…… 今からでもアレゼルを止めるべきか? しかし、ここまでお膳立てしておいて、今更あいつが考案した鍛錬を取り止めるのも、うーん……
「あー、そんな楽しんでないっぽいかな?」
「アレゼルさん。師匠は目先の幸運より、後の不幸を心配するタイプですよ?」
「む、それもそうか。なら仕方ない、盗むにしても下着だけは勘弁したるわ」
「なら、あたしの返せよっ!」
「はいはい、そう騒がんでも返すさかい。ほれ」
アレゼルがそう言うと、あいつの指先から刀子の下着が消えた。手品のトリックで消したとか、そういう訳ではない。盗むのが可能ならば、その逆もまた然り。刀子のあるべき場所へと、超スピードで戻してしまったのだ。
「―――っっっ!?」
うん、それはそれで辛いものがあるよな。刀子の気持ちが痛いほど分かる。赤面を通り越して、すっかりと顔が茹で上がってしまっていた。
「ぶ、ぶっ殺す……!」
「おーおー。怖い言葉やけど、声が小さくてよく聞こえんなぁ。その気概、いつまで継続できるか見物やん。あたしとしても、デリスとしてもなっ!」
「ううっ……」
おい、勝手に俺を巻き込むな。
「って、デリスまで怖い顔しとんなぁ。じゃ、止められんうちにこの鍛錬の本質について教えとこか」
「はいっ!」
「ほい、ハルちゃん」
「度胸をつける為の鍛錬ですか?」
「うん、それも目的の1つになる。見た感じ、君らはそこそこ修羅場を潜ってるってのが分かる。レベル7に相応しい実力があるし、戦いの中での臨機応変な行動力思考力もピカイチやろ。だけどな、仮にさっきのトーコちゃんみたいに女である事を自覚してしまう場面でも、普段と同じ力を出す事ができるか? 世の中、綺麗な事ばかりでまかり通ってる訳やないんやで?」
「それは……」
「……クソッ!」
答えに窮してしまう千奈津と刀子。片や、ハルとゼータは真面目な顔でアレゼルの話に聞き入っていた。
「んー、今の反応でその辺りの覚悟が足りへん面子が把握できたかな。ま、脱がされたくなければ、鬼ごっこをしとる間に少しの油断もせんようにすればいいだけや。これが2つ目の鍛錬、高いレベルでの集中力を長時間維持! って、これもハルちゃんは得意そうやな~」
「えへん!」
いつでも死ぬ気、それがハルの日常である。
「予め言うとくけど、サボるのもあかんよ~。鬼ごっこたるもの、鬼は常に全力を出さんと失礼ってもんや。追い掛けるにしても全力、攻撃するにも全力、働かせる思考も全力、それらを維持してエリア交換時間まで頑張ろう! って話やね」
なるほど、その為にエリア交換を時々に挟むようにしたのか。要はハルになったつもりで、鍛錬時間を過ごせというお達し。それができなきゃ徐々に裸になるぞと、女の子にとっては絶対に避けたい脅し付きだ。理には適ってる、適っているが…… これ、このままだと俺も共犯になるんじゃ?
「デーリースー! お前が見とらんと、全然鍛錬にならんからなっ! しっかり目に焼き付けるつもりで凝視せぇよー!」
やっぱ共犯だこれ。
「はい。それじゃ改めて、よーいスタート」
そして唐突な鬼ごっこの再開。3人が一斉にアレゼルを追い掛けようとする中で、呆気にとられていた刀子が今度は靴の片方を盗まれ、生足を晒していた。
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「ほい、しゅ~りょ~。どうしたどうした、掠る気配もないやないか~」
あれから休憩を挟みながらの、10分間全力鬼ごっこ殺意増し増しバージョンが何度も続けられていた。今のが3セット目の終わりになるのだが、未だハル達はアレゼルにタッチをするどころか、魔法や飛び道具、果ては気の塊をぶつける事も敵わないでいた。少しでも気を抜いたり足を止めれば、その瞬間に衣服を脱がされ肌を晒される。それだけでも防ごうと、4人は必死に足掻き、頭を働かせてアレゼルに攻撃をし続けた。
「良い運動になりますね、これ!」
「ぜぇ、ぜぇ……」
「ううっ……」
「ふぅ、ふぅ…… さ、流石はアレゼル様、凄まじい鍛錬法です……!」
で、その結果がこれだ。普段から全力以外の道を知らない悠那は適度に疲れている様子だが、それ以外の3人は休憩になった途端に地に這いつくばってしまう。
「じゃ、さっきの鬼ごっこで奪った衣服とその他諸々を返すな~。ほれほれ、寝てないでさっさと着る! 次のセットが始まった時に何も着てなければ、今度こそブラやパンツも脱がすかんな~」
「はい……」
「ク、クソッ……」
盗まれた衣服が返還され、よろよろと立ち上がる3人。ちなみにであるが、ここまでの鬼ごっこで良い勝負をしている第1位はハルだ。何とこれまでの3セット、その全てで装備が1つも脱がされていない健闘を見せている。アレゼル視点からも、ハルには隙がないと判断されたのだろう。
2位はゼータ、僅差で3位に千奈津かな。良い線はいってると思うんだが、やはりハル並みの集中力を要求するのは酷だろう。それでも、何とか半脱ぎ状態で収まっていた。逆に卑猥だとかは言わない。 ……で、最下位は刀子。毎回下着のみの格好にされていた。
「おい、これ俺にターゲットが集中してねぇか!?」
「いやいや、あたしはいつでも公正公平なアレゼルちゃんやで~。決して、一番脱がし甲斐があるとか考えてないで~」
「こんのっ……!」
実際公正公平にやっているんだろうが、アレゼルの口振りからは怪しさしか感じられない。ある意味、今回の鍛錬では刀子が一番成長してるかも?




