第301話 破天荒な酒盛り
次に俺達が連れて来られたのは、アレゼル行きつけの酒場だった。商売人の頂点に立ち、魔王の中の魔王でもあるアレゼルの行きつけとなれば、さぞ立派な高級店なんだろう。俺は密かにそんな期待を抱いていた訳だが、まあそんな期待にアレゼルが応えてくれる訳もなかった。
案内され行き着いたのは至って普通の、庶民派と称すべき屋台だったのだ。どことなく居酒屋っぽい雰囲気を醸し出しているその店は、こんな昼間っから飲んだくれている奴らが結構いた。さっきのカジノもそうだったけどさ、ちょっとこの街は飲兵衛が多過ぎではなかろうか? まあまあまあ、まあまあまあと、ここまで来る道のりだけでも酒の注ぎ合いを何度も見掛けている。
「デリスのその顔、言わんとしてる事は分かるでぇ~。ダマヤは商人の街、詰まりは接待の街でもあるんや。一見ただのアル中にも見えるけど、あれも実は仕事のうち! 私服なのはまあ、変装みたいなもんやね」
「仕事と趣味を混同しているようにも見えるけどな……」
「中にはそんなのもいるけど、まあ大体は真面目やで?」
「アレゼル、あそこ道に人が倒れてるわよ?」
「大体は! 真面目なんやで!」
酒はこの世界における娯楽の代名詞とも呼べる存在だ。飲めない奴も稀にいはするが、成人すれば大体の人間は嗜むようになる。アレゼルが接待と説明するこの光景、俺としては酒を飲みたい輩の集まりにしか見えない。
仮にあの飲み会の水面下で大切な商売の交渉が進んでいるとすれば、商売人も大変なんだなぁと思う。場を盛り上げながらも酔い過ぎはNG、常に相手方の出方を伺わなければならず、下手な事は言えないと。接待とはなかなかに高度な技術だ。うん、俺にはとてもできそうにない。やるならもっと直接的に弱味をゲフンゲフン! おっと、悔しいからできるだけ綺麗なデリスを目指すんだったっけ。危ない危ない、素が出るところだった。
「おう、おっちゃん。景気ええか~?」
暖簾を潜り、アレゼルが店主らしきおっちゃんに声を掛ける。
「ぼちぼちでんな~。言うても昼やし! お、嬢ちゃん今日は連れと一緒か。珍しいな~」
「うっさいなぁ。あたしだって一人飲み以外もするわ!」
「おお、こわ。ほれ、あっちの指定席空いとるで」
「おーきに~」
アレゼルが一人飲みでよく座るらしい場所に通され、そのまま席につく俺達。俺は驚きの余り、おっちゃんのスキンヘッドを凝視してしまった。少し、というかかなり驚いた。アレゼルと対等に会話してるよ、このおっちゃん。もしや名の知れた手練れ、或いはマジでアレゼルの正体を知らないとか?
「……ないとは思うけどさ、あの店主お前の事を知らないのか?」
「馬鹿やなあ、デリスは。本当に馬鹿やなあ」
2回も言ったなこの野郎。
「ここはそういうスタンスの店なんや。相手が誰だろうと対等に接するってな。あたしみたいに地位が付き纏うもんには、偉い助かる場所なんやで。立場とか全然気にする必要ないかんな」
「あら、それは良い店ね。凄く良い店だわ」
2回も言ったね我が妻よ。
「確かに誰とも隔てなく接してくれるってのは、それだけでありがたい事か。さっきのサンゴみたいな反応を飲みの席でされても、なぁ?」
「いや、あれはあれで気分ええもんやで?」
「お前、やっぱ性格歪んでんなぁ……」
と、俺が改めてアレゼルに呆れていると、店主のおっちゃんがまだ頼んでもいない酒を持って来た。
「待たせたな。ほな、駆け付け一杯!」
「ああ、どうも。 ……この酒は?」
「金酒マルダマヤっつってな、この街じゃ一杯目はこれって決まってんねん。飲めば金運上昇健康も良くなり嫁はんにも恵まれるっちゅう、それはそれはありがたーいお酒やで」
「効力を盛るにしても、ちょっと盛り過ぎじゃない?」
「何ゆーてんねん。ネル、ある意味でこれのお蔭で、今のお前があるんやぞ」
「は?」
ネルは何の事なのか、全然理解していない様子だ。そうか、あの時の酒はこれだったのか。 ……気を付けて飲むとしよう。
「じゃ、まずは乾杯といこか! パーティ再結成を祝って――― かんぱーい!」
―――カァーン。
アレゼルの音頭で始まった真昼間からの飲み会。パーティの再結成は兎も角として、こうやって3人で飲むのは久しぶりの事だ。となれば積もる話もある訳で、会話のネタが欠くような事はなかった。
「嬢ちゃん、今日はいつもに増して楽しそうやな~。そっちのあんちゃん、もしかして嬢ちゃんのこれか?」
注文した酒を運んで来た店主が、少しばかりお下劣な顔を晒しながらそんな質問をアレゼルにした。ご丁寧に小指まで立てて見せている。分け隔てなく接するにしても、本当に徹底していて感心。同時にネルがピクリと反応して俺動揺。アレゼルよりもそちらに視線がいってしまう。
「あはは、おっちゃん面白い冗談やね。どっちかってぇと、こっちやね」
そう言って、俺に中指を立てて見せるアレゼル。俺は親指を下に向けて見せてやりたい気分だ。
「ガハハ! どっちにしたって仲は良さそうやな! 疑惑、深まる!」
「深入りはご法度やでー。ま、むかーし冒険者稼業しとった時の仲間ってところや。それに、こいつら新婚ほやほやの夫婦やで? あたしが入る隙間はあらへんあらへん」
「まあ、その通りね!」
警戒態勢から唐突に機嫌の良くなるネル。腕を絡ませてくる辺り、それなりに酔っているらしい。
「おっと、お熱いこって。おっちゃんは退散するで~」
「一昨日きやがれ~。でも酒は再注文や! はよ戻って来て~」
些細な会話も、アレゼルと店主にかかればちょっとしたコントである。この店にどんだけ入り浸っているんだ、この大魔王な社長は。
「今更だけどさ、昔お前が俺とネルにしこたま酒を飲ませたの、あれって確信犯だろ?」
「はて、何の話か分からんなぁ」
「嘘付け、取った覚えのない宿まで用意しやがって」
「誰かなりの応援だったんやないの? 知らんけど」
アレゼルは得意の話術で相手を煽て、酒を飲ませて酔わせるプロだ。恐らくは俺達を陥れたその経験を活かして、商人としての接待にも活用しているんだろう。 ……今となっては礼の1つも言いたいものだが、アレゼルの目論見通りに進んでしまい、ちょっと悔しい気持ちもあるのが正直なところだ。
「何の話よ?」
「いやな、あたしの友人が性犯罪者にならんよう、年齢を見越して見越してタイミングを見計らって頑張ったって話や。これでも気ぃ遣っていたんやでぇ? 好意を理解してんのかよく分からん捻くれ者と、肝心なところは突貫しない初心娘。は~、今思い出しても大仕事やったわ~」
「は? 益々分からないんだけど、どういう事?」
「はい、ストップ。この話題はお終いだ。これ以上は危険過ぎる」
「あいあい。おっちゃん、おかわりまだか~?」
「?」
ネルとてアレゼルの後押しがあった事を、今更知るのは本意じゃないだろう。それに酔いの勢いもあるし、ここで変に暴れられては手が付けられない。流石のアレゼルも、自分の本拠地を破壊されたくはないんだろう。冗談とマジの絶妙な境目のところで手を引いてくれた。
「あれ? 師匠達、こんなところで何を――― あ、お酒飲んでる」
「もう、こんな昼間から……」
偶然にも、通りを歩いていたハルら4人娘に発見される。悪いな千奈津神、今日は無礼講なんだ。だからそんな、やべぇ奴らに声を掛けてしまった…… みたいな目をするな。
「おおー、ピッチピチの女の子やん! こっちにおいでぇな~。可愛がってやるでぇゲヘヘ」
これはそこらのおっさん客の台詞ではない。歴としたエルフであるアレゼルの台詞だ。
「お前ら、ここにいると酷い酔っ払いに絡まれるぞ。ほら、さっさと避難しろ」
「ああっ! デリス、ここは綺麗なデリスになる場面やないでぇ!」
「黙れ腹黒エルフ。今日こそはお前に目にもの見せてやるよっ!」
「ちょっとー、私の相手もしなさいよー」
こうして何とかハルらを避難させ、俺達の酒盛りは続いた。




