第282話 スノウテイルの勇者
ゼータに案内されたのは、ギルドからほど近くに位置する石造りの建物だった。よくよく注意して見ないと分からない位置に看板があり、事前情報がなければそんまま素通りしてしまいそうな、そんな佇まいである。所謂隠れ家的カフェとでも呼ぶのだろうかと考えながら、悠那達は辺りを見回しながらゼータの後に続く。
意外な事に店内は、童話に出てくるような温かみのある空間が広がっていた。パチパチと薪がはぜる音を奏でる暖炉をバックに、古風な木製テーブル、椅子が数人分並んでいる。先客は老夫婦が一組だけと、先の喧騒ばかりが目立っていたギルドとは、何とも真逆の雰囲気を感じさせる場所だ。
「ぬくぬくだ~」
「ぬくぬくね」
カウンターにてカップを磨いていた年配の女性が、先に店に入ったゼータの姿に気が付いたようだ。非常にゆっくりとした動作で眼鏡を掛け直し、品のある笑顔を彼女に向ける。
「あらぁ、ゼータちゃんじゃない。いらっしゃい。今日はお友達も一緒なのかい?」
「こんにちは、お婆さん。彼女達は、ええと―――」
ゼータが何と言えばいいのか分からず、少し戸惑った様子で視線を悠那達に向ける。果たして友達と言ってしまって良いものか、迷っているようだ。そんなゼータに逸早く反応したのは悠那だった。何も言わず、問題なんて全然ないとばかりに満面の笑みを返す。
千奈津は悠那のように了承こそはしなかったが、逆に反対もしなかった。今のやり取りを見て、どうやらゼータという少女は嘘のつけない人間なんだと判断して、少しだけ警戒を緩めたのだ。
「……ええ、友達なんです。ついさっき、友達になったんです」
「本当に嘘がつけない性格なのね……」
「え?」
「ううん、こっちの話よ」
「………?」
3人は暖炉近くの席に座り、温かなホットミルクと簡単な芋料理を注文する。注文を受けた老婆は終始ニコニコと笑顔を咲かせ、実に楽し気な様子で3人を見守っているようだった。
「店員のお婆さん、すっごく楽しそうだったね。ゼータさんとは昔からのお知り合いなんですか?」
「いえ、私がこの店に通うようになったのは、どちらかといえば最近の事ですね。騒がしい所よりも、こういった落ち着いた場所の方が好みでして。この街を訪れてからというもの、結構な頻度でお邪魔しています」
「そうなんだ? とっても仲良しだったから、本当のお婆ちゃんなのかなって思っちゃった」
「実際、よくしてもらっています。ありがたい事です」
それからややして、3人分のホットミルクが運ばれて来た。料理の方はもう少しだけ待ってねとだけ言って、老婆はカウンターへと戻って行く。
「……ギルドでの反応もそうでしたけど、貴女はこの国の冒険者ではあっても、この街の出身者ではないみたいですね?」
「そうなります。もっと雪山に近い、スノウテイルの中でも辺境に属する村の生まれです」
「村娘、なんだよね?」
「村娘、ですね」
何とはなしに、固い握手を交わす悠那とゼータ。どうも2人は、このフレーズがすっかり気に入ってしまったようだ。元々は転移時の皮肉として悠那に使われていた言葉だが、悠那のプラス思考にかかれば、そんな事は欠片も気にする必要がないのである。
「コホン。そろそろ本題に入りましょ?」
「そうですね。すみません、少々脱線してしまいました」
ペコリと頭を下げるゼータ。やはり悪い娘には見えない。むしろ、良い子感がその雰囲気から滲み出ている。
「ギルドの冒険者の方が言っていた通り、私は国王よりスノウテイルの勇者の位を賜っています。個人的な理由により、先の勇者連合には参加できませんでしたが……」
「あ、それそれ! その話、私も気になっていたんですよ! スノウテイルの勇者って、冬眠するとかで連合に参加していませんでしたけど、本当に冬眠していたんですか?」
「……えっ?」
ゼータは何の事なのか分かっていないようで、首を傾げている。そんな反応を返されてか、悠那と千奈津もつられて首を傾げてしまった。
「えっと…… 連合に参加できなかった国は2つありまして、その1つであるハンの国は、勇者がモンスターに襲撃された際に負傷、それが祟って不参加となっています。もう一方がスノウテイルの国なのですが、そちらは勇者が冬眠したという理由で不参加になっていたんです。ご存知ないですか?」
「冬眠、ですか? 私、雪国の生まれではありますが、流石に冬眠はした事は……」
「「ないですよねー」」
「はい、残念ながら」
残念なんだと軽く心の中でツッコミを入れ、千奈津は状況を整理する。これまで観察した彼女の性格からして、勇者ではあるけれど、冬眠したという情報は事実と異なっている事と考えられる。
(まあ、最初から冬眠したという眉唾物な話なんて、鵜呑みにしてはいなかったけれど……)
ならば、実際のところは? そんな疑問が頭の中にふと浮かんだ。
「御二人とも、勇者連合についてお詳しいですね。もしかして、関係者の方だったんですか?」
「……? 知ってて声を掛けたんじゃないんですか?」
「す、すみません。その、スノウテイルでは同性の同業者は珍しくて、実力もありそうだったので、つい……」
「え、あ、そう、でしたか……」
「………」
ゼータのその言葉は事実だったようで、雪色の肌がみるみるうちに赤く染まっていく。本当にそこまで深くは考えず、感性に任せて声を掛けてしまったらしい。
「うんうん! そういう事もあるよね! あるあるだよね!」
「そ、そうね、あるあるね。それじゃ、今更だけど自己紹介をしておきましょう」
微妙な空気にフォローを入れた後、改めて自分達がアーデルハイトの勇者である事を明かす悠那達。
「は~、奇遇ですね。まさか、私と同じ勇者がこの街にいただなんて…… 道理で凄まじい強さを、御二人から感じた訳です」
「魔王を退けて連合も解消されたし、もう勇者ではないんですけどね。職業も違いますし」
「それを言ったら、私だって職業は勇者ではありません。むしろ、職業勇者の方が少ない筈ですよ」
「確かに連合に参加した他の勇者達も、生粋の人はあまりいなかったかな?」
「リンドウさんくらいでしょうね。塔江君は悠那に再起不能にされちゃったし」
「えへへ」
「悠那、別に褒めてないからね?」
それから雑談を続けていくうちに、3人は完全に打ち解けていった。当初は警戒を続けていた千奈津も、今となっては白と判断して気を許している。これなら話を聞いても大方は大丈夫だろうと、温かなホットミルクを口に含む千奈津。
「あ、ところでゼータさんって、両足に何か仕込んでます? 足音とレッグガード内で響く音が不自然で、ちょっと気になってしまって。生身というか、中に機械が入っているような―――」
「ブフッ……!」
「わっ、千奈津ちゃん!?」
「チナツさん!?」
あまりにストレートな悠那の質問に、千奈津は口に含んだホットミルクを吹き出しそうになってしまった。寸前のところで非常に危なかったが、何とかセーフラインで堪える。
「千奈津ちゃん、大丈夫? 背中擦ろうか?」
「き、気分が優れないんでしょうか? すみません。私、光魔法の心得はなくって……!」
「ん、んんっ……! 大丈夫、大丈夫よ。でも悠那、いくら何でもゼータさんに対して失礼でしょ。質問が直球過ぎ!」
ハンカチで口元の汚れを綺麗に拭き取った千奈津は、親友として悠那に注意を促す。仲が良くなったとはいえ、自分達はまだまだ初対面。そこまで突っ込んだ質問はするべきではないと、常識の観点からそう思ったからだ。
「そ、そうだね。機械だなんて言って、ごめんなさい……」
「いえいえ! 何だ、私の事を気に掛けてくださったんですね。でも、失礼だなんてとんでもないです。気付いてくれて、却って嬉しいくらいですよ。左腕の義手と両足の義足は、私の誇りですから」
そう言って、ゼータは左腕をスポッと取り外して見せた。悠那と千奈津、突然の告白に固まる。




