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第245話 各個撃破

 大八魔フンドとの激戦を終え、クロッカスより帰還したアーデルハイトの勇者。そんな悠那達を待っていたのは城での大層なお出迎え、そして豪華な祝いの席であった。クロッカスの女王クラリウスより、大したおもてなしができず申し訳なかったと連絡を受けたディアスが、密かに準備を進めていたのだ。


 もちろん勇者連合に参加し大活躍の働きをした4人には、この他にも特別報酬が支払われる事となっている。大金も大金なので、これら報酬は情勢が落ち着いてから支払われる事となった。但し、混乱を避ける為に今のうちに支払い先だけは決めておく。テレーゼは実家であるバッテン家の屋敷へ、ウィーレルもヨシュア家に入れてくれと申請。千奈津は本人の希望で騎士団の資金に充てられる事に。そして、最後の悠那は保護者兼師匠であるデリスが受け取る事となった。


「そのお金はうちの屋敷に送って頂戴。私からハルナに渡しておくわ」

「ネル団長のお屋敷にですね? 承知しました」

「お、おい、ハルの分は俺から渡しておくって」

「駄目よ。デリス、余計なお金を持ってるとスクロールに使っちゃうもの」

「流石に弟子の金に手は付けないって……」


 一足先に帰っていたデリスとネルのそういった口論もあったが、結局はネルが勝利して報酬はレミュール家に後日送られる事となったようだ。


 一方ディアス国王に招かれ、城での食事を終えた悠那と千奈津。夜になって久方振りのネル邸へと戻ると、悠那は早々に自身のベッドへと倒れ込むのであった。


「な、何だか一気に疲れたよー…… 右手がフォークで左手がスプーンで、あれ? ナイフが左…… お箸使いたかったよー……」

「ふふっ、悠那はああいった場所での食事は苦手?」


 城での食事は豪勢で、悠那からしても味は流石としか言えないものばかりだった。ただ、悠那にとってテーブルマナーが伴われる食事は魔王以上に鬼門。向かいには卒業祭でボコボコにしたディアス国王が座り、雰囲気が既に格式高い様子を醸し出していたのだ。


 悠那が滝汗を流しながら横に座る仲間達を窺うと、状況は更にピンチとなった。元々領主の娘で貴族のテレーゼ、名家の出身であるウィーレルはテーブルマナーなど障害にもならず、食事を楽しむ方向へとすっかりシフトしてしまっていた。テレーゼなんて小粋なジョークを挟む余裕さえある。


 では同郷の千奈津はというと、全く問題なかった。幼い頃からマナーに厳しい由緒ある家で育った千奈津は、如何にも気品ある様子で並べられた料理を上品に口へと運ぶ。マナーのイロハが分からなくとも、その仕草には悠那も思わず惚れ惚れしてしまった。


 結局、その事態に気付いた向かい側のデリスが、俺の食い方を真似しろとアイコンタクトを送り、悠那がこれを全力で模倣。鬼気迫るものを周囲に感じさせながら、何とか食事会を終える事ができたのだ。


「そういえば、悠那とああいった場所で食事するのは初めてだったもんね。私が気が付いた時には、もうデリスさんしか視界に入ってなかったみたいだったけど」

「あ、やっぱり分かっちゃった?」

「分かっちゃったというより、隠す気が感じられなかったかな。試合をする時の悠那みたいになってたわよ?」

「うー、必死だったから全然思い出せない……」


 デリスは食事中ずっとその目で見ら、実は心中穏やかでなかった。その事を察した隣の席に座っていたネルは、慣れるまで笑い出すのを我慢していたとか。


「やっぱり私は料理を作る方が性に合ってるかなぁ。あ、もちろん食べる方も好きだよ?」

「マナーを気にしなくて良いなら、でしょ。悠那なら少し勉強すれば大丈夫よ。今度教えてあげるから、慣れるまで頑張りましょ?」

「が、頑張りまーす……」


 苦笑いを浮かばせて、悠那は部屋の明かりを消し始めた。本日はアーデルハイトに帰って来たばかり、疲れはまだまだ残っている。鍛錬も軽めで終わらせ、雑談もそこそこに就寝する事に――― したのだが。


 ―――バタン!


 いざ眠ろうとしていた直前(悠那、既にすやすや)、唐突に部屋の扉が開かれる。扉に鍵は掛けていたが、それさえも捩じ切ってドアノブが強制的に回されてしまったのだ。当然千奈津はベッドから飛び上がるし、熟睡していた筈の悠那も臨戦態勢を終えていた。


「2人とも、出発する準備をしなさい! 直ぐに出るわよ!」

「「……ええっ?」」


 扉を破壊して部屋に入って来たのはネルだった。ネルは騎士の鎧を着ており、腰には帯剣までしている。まるでこれから戦いの前線にでも向かうような、そんなマジな時の格好だった。


「おいおい、扉壊しちゃってるじゃないか…… それに、その言い方だと2人はさっぱりだろ?」

「扉はまた直せばいいわ。それよりも、今は時間がないもの。邪魔者は消さないと!」


 益々事の経緯が分からない2人は、顔を合わせて首を傾げるのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 いやはや、参ったねどうも。リリィから聞いた情報をネルと共有しようとしたんだが、これは失敗だったかもしれない。それまで機嫌良さそうにしていたネルの顔が無表情になった時、俺は思わず死を覚悟してしまった。それくらい怖かった。


 共有した情報? 俺達の結婚式に大八魔の連中が押し寄せるって話だよ。当初は昔からの付き合いがあるアレゼル、俺の使い魔枠としてリリィヴィアのみを招待する予定だった。それにはネルも納得していた。しかし、それよりも上位の奴らまで来るとは聞いていなかったようで、式に絶対に参加させてなるものかと、こんな状態になってしまったんだ。


 こんな時に限ってどこかの大魔王は気配を駄々漏れにしちゃう訳で、ついさっき僅かにその気配をネルが感じ取ってしまう。本当にタイミングが悪い。そう、奴らの何人かは既にこのアーデルハイトに到着しているんだ。そそくさと戦準備を整えたネルは、少しでも戦力を揃えようとハル達の部屋を訪れたという流れになる。2人とも、こんな唐突な事に巻き込まれてポカン状態だろう。当然俺もその1人だった。


「ネル、そこまで殺意を篭めなくたって大丈夫だよ。流石のあいつらも、式を打ち壊すような真似はしないって」

「そんなの、当日にならないと分からないじゃない! 全員が集まって結託されると厄介よ。やるなら各個撃破ができる今がチャンスなの!」

「落ち着け、まずは落ち着いてくれ」

「ガルルルル……!」


 ううーん、これは駄目っぽいな…… 式が絡んでいるからか、冷静さを失って昔のネルみたいになってきている。このままでは、とても落ち着きを取り戻してくれそうにない。


「分かった。そこまで言うなら、まずは会って話してみよう。それで駄目なら、俺も奴らを排除する協力を惜しまないからさ!」

「……本当に?」

「本当にだ。だから、それまでは剣を抜くな。抜いたらマジで厄介な事になるから我慢しろよ?」

「……分かったわ。デリスがそこまで言うのなら、今は我慢する」


 それ以降、ネルは両腕を組んでそっぽを向いてしまった。ああ、はい。早く準備しろっていう意思表示ですね。しっかし、相当デリケートになってるなぁ……


「こんな時間で悪いんだが2人とも、急ぎで戦闘服に着替えてくれ。説明は歩きながらするからさ」

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