第204話 国境砦騒動
時刻は夜、アーデルハイトとタザルニアの国境砦にて。アーデルハイト側の指揮官ジャネットと、タザルニア側の指揮官ライズは同じ部屋で顔を合わせ、とある人物達の到着を待っていた。もちろん、その人物達とは勇者パーティの面々の事である。
「アーデルハイトの勇者、でしたか。いやはや、こんなにも早くにそのような方々が応援に来てくださるとは、貴国にはいくら感謝してもし切れません。ジャネット殿、ありがとうございます」
「いえいえ! 私の力ではありませんし、どうか頭を上げてください。王城のヨーゼフ魔導宰相が素早く動いてくださったお蔭ですよ。それにしても、本日中に到着するとの連絡を受けた時は、私も思わず驚いてしまいましたよ。以前、ネル団長とデリス殿がいらっしゃった遠征でも、片道3日は掛かった筈なのですが……」
「あの時は馬車で御出でになられたんでしたか。ネル団長は馬よりも速く地を駆けると聞きますし、その勇者の方々も駆けて来るのかもしませんな!」
「ハッハッハ、ネル団長なら否定できませんな! しかし実のところ、私もどのような方がいらっしゃるのかまだ把握していないのです」
「連合の結成に合わせての準備でしょうからな。国の端にいる我々に連絡が来るのは大抵後になってから、もしくはこのような機会がない限りありませんから。恥ずかしながら、私もまだ自国の勇者様の顔を拝見した事がありません」
魔王の登場、連合の結成に際して各国が任命する事にした勇者達。ウィーレルが勇者となったように、同時期にタザルニアにも勇者が誕生していた。勇者は魔王軍の侵攻が激しい最前線に派遣されて今も戦っている為、タザルニア国内において海沿いから最も遠いこの場所では、残念ながら顔も知られていないのだ。
「どちらも境遇は似たようなものですね。ただ、ヨーゼフ魔導宰相からは手厚く歓迎するようにと連絡を受けていまして、あのように部下達も落ち着かない様子なんです。この砦で一泊して、食事も我々一般兵士と共にとるとの事で、準備に追われていますよ」
「ああ、通りで。しかし、勇者様とはどういった方なんでしょうな?」
「どうでしょうなぁ。宰相は褒め称えるばかりで、肝心な容姿を言っていませんでしたからなぁ。全く、困ったものです。おっと…… 今の愚痴は聞かなかった事にしておいてください」
その言葉に苦笑する両者。悩みは共通するところが多いようだ。
「私の想像力ではなかなか思い描けませんよ。ただ、あのヨーゼフ魔導宰相が褒めちぎっていましたので、余程できた方なんだと思います。こう、英雄の理想像を体現したような?」
「ハッハッハ、なるほどなるほど。それはお会いするのが楽しみだ。私の理想像だと、屈強な戦士といったところですかな!」
ジャネットとライズはお互いが理想とする英雄を語り、これからやってくる勇者に思いを巡らせる。その間にも廊下では兵士達が忙しなく足音を立てており、それがまた彼らの苦笑を誘うのであった。
……が、どうも様子がおかしい。足音が、少しばかり大き過ぎるのだ。2人が何事かと顔を見合わせたのも束の間、部屋の扉が乱暴に開かれる。
「し、失礼致しますっ! ジャネット指揮官、大変です!」
「何事だ?」
「そ、それが、東より2頭の地竜に引かれた竜車が走って来ているのです! 屋上より単眼鏡で確認したところ、地竜を操っているのはゴブリン! 以前現れた、ゴブリン軍の生き残りかもしれません!」
「「な、何ぃ!?」」
竜を操作するゴブリン、そんなものは見た事も聞いた事もない。だが、それが事実だとすれば大変な事態になる。成竜以上にまで成長した竜はレベルが高く、一般の兵士ではどんなに束になろうと勝てる相手ではない。ジャネット、ライズは事実確認の為に砦の屋上へと駆け出した。指揮官全力疾走、お付きの部下達も全力疾走である。
「はぁ、はぁ…… あの砂塵が舞っている場所か。どれ、単眼鏡を」
「は、どうぞ!」
久方ぶりのダッシュで息も絶え絶えのジャネットは、深呼吸をしながら単眼鏡を受け取り、激しい足音を駆け鳴らす原因に視線を向ける。最初の印象は『でかい』だった。
「こいつは確実に成竜だな。ライズ殿、あれがどれくらいのレベルか、予想できますか?」
「……竜はモンスターの中でも有名どころですからな。無学な私でも多少は知っていますとも。亜竜とされるレベル1、2を飛び越えて、レベル3が幼竜、レベル4が成竜――― そして、あいつらはあのサイズです。レベル5はあるでしょうな……!」
「レ、レベル、5……!」
彼の部下達が、あまりのレベルの高さに動揺の声を上げ始める。彼らが個々に対応できるのはレベル3のモンスターまで、隊列を組んで策を講じ、集団で1体を倒すにしても精々レベル4が限界。レベル5ともなれば、騎士団の精鋭達の助力が必要となる。ここ最近は悠那達がちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返すので勘違いされがちであるが、レベル5とはそれほどまでに強力なモンスターなのだ。序盤に登場した灰コボルトボスがレベル4と考えれば、その強さが実感できるだろう。
「ど、どうしますか、ジャネット指揮官!? 応援を要請して―――」
「今から要請して、間に合う筈がないだろう。もう3分と掛からずに、この砦にぶつかるんだぞ? まずは門前に、いや、ちょっと待て。あの竜車に描かれているのは…… アーデルハイトの国章か?」
駆ける地竜と赤いゴブリンに視線を奪われてしまいそうになるが、ジャネットは冷静に竜車を注視した。やはりと言うべきか、竜車にはアーデルハイトの国章が描かれている。よくよく見れば竜を操るゴブリンが着ている衣服も、アーデルハイトのものであると確認できる。いやいや、それよりもあのゴブリン、どこかで見た事があるような―――
「―――警戒を解除しろ。私達がするべきは警戒ではなく、その逆の歓迎だ」
「「「……はい?」」」
自分達の部下だけでなく、ライズの部下にまで疑問を呈されるジャネット。しかし、彼は全てを理解していた。勇者が何で来るのかを聞くべきだったと反省するのと同時に、それも伝えろよと心の中でヨーゼフを愚痴る。
「どうやら、あの竜車は我が国の勇者様が乗るものらしい。ライズ殿、覚えていますか? ネル団長とデリス殿がモンスターの大群を討伐し終わった時、お弟子さんが赤いゴブリンを使役していたでしょう。どうやら、あの中には彼女がいるようです」
「……ああ、なるほど! 『黒鉄』のお弟子さんなら、別段驚く事はないですなぁ。よし、我々も歓迎の準備といこう。同盟国の勇者様がいらっしゃるぞ!」
「ど、どういう事ですか、指揮官!?」
ジャネットの言葉にライズは納得したようだが、部下である兵達はまだ理解していないようだった。しかしそんな時、竜車の方向から大きな声が聞こえてくる。
「おーい!」
女の子の声だ。どんな肺活量をしているのか、その声はとても轟くものだったが、紛うことなき可愛らしい女の子の声だった。
「ああいう事だ。ほら、竜車から顔を出して、こちらに手を振っているだろう?」
部下達は単眼鏡を片手に、改めて竜車を覗き込んだ。
「ああっ、あの時のっ!」
「納得したか? なら、準備に取り掛かれ」
「「「ハッ!」」」
砦に満たされていた緊張が解かれ、勇者達を歓迎するムードに一転。まずは砦に迎えれる為の整列を開始し始めるのであった。 ……ただ、少し気になるところもある。赤いゴブリンの隣に立ち出した、ある人物だ。
「オーホッホ! オーホッホッホ!」
「指揮官、あの高笑いしている方もご存じなんで?」
「……いや、あの方はちょっと分からん」