第202話 詰めが甘い
その日の夜、鍛錬を終えた悠那達は明日の出発準備をしていた。悠那は収納機能のあるポーチへ、千奈津は肩にかけるタイプのバッグに荷物を入れていく。そこには千奈津のベッドに腰掛けるネルの姿もあり、2人の支度姿を見ながら話をしていた。
「にしても、明日とは随分と急よね。もっと余裕を持っても良いでしょうに」
「場所が場所ですからね。それに、あの広大なタザルニアを横断するんです。早い出発に越した事はないですよ」
「そう? 走れば1日も掛からなくない?」
「それは師匠だけの話です……」
ネルは千奈津達がいなくなるのが不満のようだ。
「ネルさんや師匠は来ないんですか? 魔王退治って事でしたから、てっきり来るものかと思ってましたけど」
「残念、立場上国外には出辛いのよねぇ…… 同盟国を助けたいのは山々だけど、第一に優先すべきはアーデルハイトの防衛だとかで、新しい国王のお許しが出ないのよ。全く、前の王みたいに譲らないし、困ったものだわ」
「一応、進言はしていたんですね……」
王位を譲位され、新たなアーデルハイトの国王となったディアス。彼はネルの『私に焼かせて!』という突貫案を却下し、国を代表する勇者にこの件を一任する事としたのだ。国外で何を爆発させるか分からない核弾頭よりも、今功績を積ませたい勇者達を優先させた形だ。ネルは不満だろうが、至極真っ当、至極妥当な判断だといえる。
「ま、そういう事で、今回は貴女達だけで解決して来なさい。魔王の配下っていっても、魔王以外は雑魚ばかりでしょうし、幹部もいい的でしょうに。これを機に、パーティとしての完成度を高めておく事ね。連携は大切よ、連携は」
「なるほど~。ネルさんも師匠と練習されたんですか?」
「んー、私達の場合は自然とそうなった形かしら? 私が突撃して、デリスが後始末をして――― うん、素晴らしい連携ね!」
単なる後始末とも呼べる。そのような雑談をしていると、扉からコンコンというノック音が鳴った。
「おう、俺だ。入っても大丈夫か?」
「師匠? どうぞ~」
悠那の声の後、ガチャリと扉が開かれる。扉の奥には、何冊もの本を手に積んだデリスの姿があった。この瞬間、悠那の脳裏に電撃が走る。 ……嫌な意味で。
「姿が見えないと思ったら、ネルもここにいたのか。明日からの遠征の話しか?」
「そんなところよ。デリスも?」
「まあな。ハル、どこに行くつもりかな?」
デリスは横を通り過ぎて部屋を出ようとする悠那の首根っこを掴む。器用にも、持っていた本の束は悠那の頭上に置かれていた。
「え、えへへ、ちょっと所用を思い出しまして」
「それなら安心しろ。そんな所用の優先度は、俺の用件よりも数段劣る。詰まり、俺を優先しろ。オーケー?」
「オ、オーケー……」
明らかな勉強道具の山を前に、逃走を図ろうとした悠那。しかし、それは叶わない。生きていく上で、学ぶ事からは絶対に逃れられないのだから。
「という訳で、移動時間中にお前が学ぶべき資料一覧だ。ハルの頭でも理解できるように、俺が全部厳選しておいた。分からない事があったら、ちゃんと千奈津に質問するように。時間は有限、時は金なりって奴だ。折角『演算』スキルも覚えたんだから、これを機に戦闘以外でも頭を動かすように」
「はい……」
ゴブリンでも分かる魔法シリーズから、手書きされた新たに覚える段階別魔法一覧(説明文付き)、これから向かうタザルニアに関する資料、モンスターの図鑑らしきもの、大量のスクロール、テレーゼ用鍛錬スケジュール、お土産所望リスト――― 悠那が覚えるものは、ネタが尽きなかった。本で勉強はしなくて良い? そんな事言ったっけ? デリスは真顔でそう答えるだろう。
「あ、やっぱり私なんですね…… デリスさんも、今回は行かないんですか?」
「ああ、俺はパスする。下手に手を出して、お前らの功績の邪魔になりたくないしな。保護者なしの初めての遠征だ。ま、本格的に連合が動く前の予行練習とでも思っておけ」
「もう、それっぽい事言っちゃって…… 本当のところは?」
「暫く遠出したくない」
「「………」」
この師匠達は、良くも悪くも素直だった。
「いや、そんな顔すんなよ…… 俺だってな、式の準備やらで忙しいんだ。毎回毎回時間を作れるほど、大人は暇じゃないんだよ。そこのところ、勘違いしないように!」
「「………」」
「何その顔!?」
この弟子達は、良くも悪くも素直だった。
「冗談はさて置き、もうすぐ結婚式があるんでしたね。私達も間に合うと良いのですが」
「その辺は大丈夫よ。最終的にはデリスが何とかしてくれるから」
「ええっ…… お前さ、最近昔のノリに戻って来てない?」
「気のせい気のせい。ま、式の事は心配しないで、まずは明日からの事に集中しなさい。ちゃんと待っててあげるから」
「「はーい」」
「………」
調整するのは自分では? そんな顔でネルを見詰めるデリス。しかし歯牙にも掛けられず、大人しく泣き寝入りするしかなかったのであった。
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ハル達の部屋を出て、俺はネルと共に自分達の部屋へと足を向ける。明日からは賑やかな弟子もいないんだ。精々羽を伸ばさせてもらおう。と、そんな話をしながら。
「―――で、本当のところは?」
部屋の手前、屋敷の吹き抜け部分の手すりに背を合わせて、ネルが突然問い掛けて来た。早く言いなさい。俺をそう怪しむように、目を細めている。
「監督義務というか、何というか…… まあ、陰ながら追い掛けようと思う」
「ハァ、そんな事だとは思ったわ。デリス、私が言うのも何だけど、本当に甘くなったわね。あの勇者もどきを助けた時もそうだったけど、昔の貴方なら治療と称して止めを刺して、ゾンビにでもして操るくらいはしていたものだったのに」
「あー、それは少し自覚あるかもなぁ。約束とはいえ、マジで治してやったし。埋め込んだのも発信機だけにしちゃったもんなぁ」
「もう、本当に詰めが甘いんだから」
ネルの言う通り、爆薬だけでも仕込んでおくべきだったかね? ああいう輩は僅かな期間反省したとしても、大方後に碌な事をしないもんだ。甘い汁をすすった経験があるのなら、それは尚更の話。やられた復讐を目論む、結局悪事に手を染める、仕返しを諦め弱者を標的にする。大体はそのどれかに落ち着くだろう。あれだけ盛大な負けっぷりを晒した偽勇者君なら、直接的な復讐は恐らくして来ない。トラウマになるレベルだったもんな。だから、やるとすれば2つ目か3つ目のどれか。生半可に力があるから、絶対やると俺が保証してやろう。ネルの指摘通り、さっさと殺して不良共の後を追わせた方が楽なんだろうが……
「まあ、他にも利用価値はあるだろ」
「……デリス、悪い顔をしているわ。悪巧みは表に出さないでやりなさい」
「あ、はい」
偽勇者はさて置き、俺が今すべきはハル達の後を追跡する事だ。確か、ヨーゼフのじじいが用意した竜車で行くんだったか。ハルは勘が鋭いし、ある程度は距離を空けてと…… ああ、テレーゼの高笑いが良い目印になるな。




