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第197話 生かさず殺さず

『え、良いんですか?』

『良いんだよ。勇者もどきも、きっとそれを望んでいるさ』


 試合を始める前、デリスは悠那にある指示を出していた。気絶させるなどして速攻で決めずに、沢山の攻撃を色々と与えてあげる事。生かさず殺さず、だけれども意識だけはちゃっかり残るよう加減しながら、ネルが出す試合終了の合図の時まで、容赦なくそれらを続ける事。これらを守って、楽しく節度のある試合をしましょうという注文だ。


『生まれながらにして、優れた肉体を持つ彼の事だ。きっと向上心の塊で、ハルの技を色々と見てみたい、食らって直に体験してみたいと思ってるに違いない。あっちもその気みたいだからさ、こっちもご期待に応えてやろうって寸法だ。あいつ、意識高そうだろ?』

『なるほど! 塔江君、意識高そうですもんね!』

『だろう? どんな怪我をしたって俺が治療してやるから、ハルは力の限りを尽くしてこい。それが世の為人の為奴の為、何よりもハルの鍛錬の為だ』


 そんなノリで了承されてしまった、恐ろしき約束。もちろん、約束をキチンと守る悠那が目指すのは、有言実行あるのみ。試合が開始され、ハルがまず狙ったのは晃が持つ剣だった。中国武術の一種、象形拳の蛇形を用いた悠那の腕は、宛ら鞭の如しである。ハルの技量にスキルによる底上げが成され、これまた合気と同様にファンタジーの領域に片足を突っ込んだ技を繰り出したのだ。


 晃が振るった名剣は嘘みたいに容易に折られ、更には足に刀身をプレゼントされてしまった。足先に突き刺さった刀身がもたらしたのは、痛みとダメージだけではない。むしろそれ以上に厄介なのが、晃の機動力を著しく落とす枷となった事だ。これによって晃はその場を動けなくなり、回避の選択肢が封じられてしまう。他に選ぶ事ができるのが防御になるのだが、これも難しい。


(あれ、剣先がな、いや、近―――)


 視界に映る情報の処理がまるで追い付かず、晃の脳はパンク寸前だ。悠那はもう眼前、かといって晃は未だ剣(今は柄のみ)を振るい切ったところで、要は攻撃が終わった直後の、最も体が無防備となるチャンスタイムに突入したばかり。頭も体も、まるで間に合いそうにない。というか、間にあわない。


 次いで攻撃の対象となったのは、唯一残された名剣の柄を持つ両手だった。上から下に向かう晃の腕に対して、悠那が真下から蹴り上げる。恐ろしく鋭い蹴り上げは晃の手から柄を手放させ、ついでに指をも粉砕。足先を貫いた剣と、ほぼ同時に痛みが走る早業である。だが、苦痛に悲鳴を上げている暇はない。


 悠那の蹴りを受けて、腕ごと浮き上がろうとする晃の体。しかし、文字通り足枷となっている切れ味の非常に良い名剣が、晃の足に猛烈な痛みを与えながら、浮き上がるのを何とか食い止めていた。そんな彼の顎下には悠那の掌底が掛けられていて、晃の頭部は空を見上げる形となった。


「ふっ!」

「~~~!?」


 悲鳴を上げたかった。だけれども、一文字の声も出ない。一体何をされたのか? それは晃に聞こえぬこの場で答えるとしよう。顎に掛けられた掌底で、無理矢理に上斜め後方へと押されたのだ。筋力1000オーバーの怪力を誇る悠那は、剣の楔に足を引き裂かせ、晃の顎を持ったまま飛翔。浮き上がる体に歯止めを利かしてくれていた名剣は血で染まり、その切れ味を存分に発揮させた後に役目を終えて砕け散る。もう何度目の激痛か。それでも顎を押さえられ、口を開く事もできない晃。そのまま地面に背中から叩き付けられ、激しく全身を強打した。


 悠那がその気になって叩き付ければ、その時点で勝負は決している。だが、晃に与えられたダメージは『全身が凄く痛い』に止まった。闇魔法で地面に敷き詰められた泥沼が僅かにクッションとして働いて、晃の体を受け止めてくれたのだ。グチャリという感触が晃に酷い不快感をもたらすも、彼が紙一重で生きているのは、その不快感を生んでいる泥沼のお蔭なのである。まあ尤も、泥沼は全く別の脅威をも生んでいるのだが。


(い、痛いっ……! 痛い痛い痛いイタイいたいっ!?)


 悠那が晃を地面に叩き付けた事で顎下から手が離れ、圧迫された肺に漸く酸素が供給された頃、晃は新たな痛みに襲われていた。地面への激突から彼を救った泥沼が、晃の体を飲み込み、悠那から負わされた傷口より毒を流し始めたのだ。闇黒魔法レベル20『アドヴァール』。地面に毒沼を生成するこの魔法は、当然ながら悠那の差し金である。


(ア、アアアあぁあぅあ!?)


 今の晃には、天を仰いでも太陽の光を見つける事ができないだろう。悠那が展開していたのは、毒沼だけではなかった。晃を含む毒沼の周囲を、ディーゼフィルトの闇が支配していたのだ。卒業祭でも見せた悠那の魔法に、試合舞台の外側から視覚的に観戦する事が禁じられる。


「む、あれはワシが破った闇魔法じゃないか? ワシが! 破った!」

「はいはい、そんなに連呼しなくって聞こえてるってば」


 過度に反応を示すドライを、カルアが落ち着かせる。悠那の魔法を打破した事が、余程嬉しかったらしい。


「ここからじゃ見えなくなっちゃいましたね」

「いやまあ、こんだけの人の目があるからな。過激な描写は規制されるべきだろ? 学生とかもいるし、コンプライアンス的にもな」

「デリスさんの指示ですか…… あと、コンプライアンスはちょっと意味が違うような……」


 千奈津はあえて突っ込まないが、晃も一応は学生である。闇の中から何かが折れる音や潰れる音が漏れ出す。何をされているのかは考えたくもないが、不思議と悲鳴や叫び声は上がらなかった。


「……大丈夫、なんですよね?」

「ハルがか? 敗ける筈がないだろ。リリィが演技なしで有能になるくらいにない」

「そんな心配、元からしてませんよ。私が心配しているのは、相手の方です。死にませんか、これ……」

「俺が死なせないから安心しておけ。それはもう、ここぞとばかりに全力で治療してやる」

「は、はぁ……」

「でも、これじゃ審判にも見えなくない? ギリギリで止めるとか言ってたけど、判断つくん?」


 カルアの疑問は尤もだ。今や悠那と晃は完全なる闇の中にいて、全く中が見えない状況となっている。とても外から見て、いつ止めるべきか、なんて判断ができるとは思えなかった。


「それも要らぬ心配だ。今審判をやってんのは、実質的な国のトップをやってる団長様と宰相様だぞ? 目で見えなくたって、そのくらいの判断は下せるさ」


 デリスが2人を見てみろというので、一同は悠那達からネル達に視線を移した。相変わらず、闇の中からは打撃音が奏でられている。


「………(チラッ)」


 ヨーゼフ、「もう良いんじゃないか?」という様子でネルに視線を送る。


「………(ブンブン)」


 ネル、「まだ試合は始まったばかりじゃない」という様子で首を横に振る。


「………(とんとん)」


 ヨーゼフ、「しかし、このままじゃ死ぬぞ?」という様子で心臓に手をやる。


「………(すっ)」


 ネル、「じゃ、あと1分だけ」という様子で、指を一本立てて見せた。


「あの、大分意見が割れている様子なんですけど……」

「大丈夫だって、大丈夫。万が一に死んでしまっても、俺が新鮮なゾンビにして誤魔化すから」

「……それってゴブゴブ言うんですか?」

「よく分かったな」


 冗談はさて置き、事前の約束通りにHPのギリギリまで晃をボコボコにする悠那。ネルが止めを宣言した時、その瞬間に辺りを支配していた闇が晴れ、無傷のままそこに立つ悠那の姿が現れた。晃の状態は…… 学生もいるので、直接表現するのは避けよう。兎も角、先鋒戦で悠那は勝利したのだ。

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