第196話 案の定
両チームは待機席へ一端戻り、指定された用紙に試合をする順番と使用する武器を書く事となった。どちらも既に順番は決めているので、さほど時間は掛からず、スラスラと書いてこれを提出。ネルとヨーゼフは2枚の用紙を確認し合い、先陣を切る先鋒の名を読み上げるのであった。
「ハルナ・カツラギ、前へ!」
「アキラ・トウエ、前へ!」
先鋒に選ばれたのは、悠那と晃だった。晃は少し当てが外れたような表情で、悠那はいつもの調子で模擬戦場の中央へと進む。
「へえ、まさか桂城が先鋒になるなんてね。てっきり、大将になってるかと思ったよ」
「そうかな? 私、剣道でも先鋒だったし、そこまでおかしくはないと思うけど?」
相変わらず悠那は笑顔だ。とてもこれから戦いを始める者の顔には見えないと、晃はやれやれと分かりやすく肩を竦める。やはりというべきか、その皮肉が通じている様子はない。
「桂城、獅子は兎を狩るにも全力を尽くすって言葉、知ってるかい?」
「知ってるよ。私が一番好きな言葉!」
「そ、そうか…… なら、その一番好きな言葉の意味、これから分からせてあげるよ。この1ヶ月でそれなりに鍛えてきたんだろうけど、俺に言わせて貰えば井の中の蛙みたいなものさ。正直、女の子をいたぶるのは趣味じゃないんだけど…… それでも、俺にはプライドがあるからね。今更謝ったってもう遅い。恨むなら、君の師匠とやらを恨むんだね」
「……? うん、楽しみにしているね!」
「……ああ」
どう足掻いても嫌味が通じないので、晃はそれで会話を中断した。悠那にそういった皮肉を伝えたいのなら直球を、それも剛速球で言葉を投じなければ意味がない事に、どうやら気が付いていないようだ。
「一応、ルールを確認しておくわね。スキルだろうと魔法だろうと、特にそれらは禁止にしない。むしろ、存分に使いなさい。模擬戦の舞台はここを中心として、外側の四方に引いた線の内側まで。そこから出たら場外負け、ってのが元々予定していた敗北条件の1つだったんだけどねー…… ギブアップが禁止なら、これもなしかしら? うちの騎士が障壁を張って出られないようにするから、壊さないように気を付けなさい。壊しても負けにはならないけど、その代わりに私が怒るから肝に銘じておくように」
「は、はいっ!」
「………?」
悠那の威勢の良い返事に、晃が少し驚く。さっきまでの緊張感の欠片もない様子は何だったのか。悠那がこんなにも気を引き締めている。晃はその理由を考えた。
(……ああ、なるほど。漸く事の重大さを理解し始めたのか。馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけど、やっぱり馬鹿だったんだな)
たぶん、それは違う。
「後は特に細かい縛りもないかしらね。取り決めの通り、勝てないからってギブアップするのは禁止。私とヨーゼフ魔導宰相が審判をやるから、ストップをかけるその時まで、死に物狂いで戦いなさい。最後まで諦めず、希望を見失わないように。以上だけど、何か質問は?」
「確認だけど、殺さなければ本当に何をしても良いんだね?」
「当然じゃない。これでも命が保障されているだけ、大分温いルールよ? 戦場では何でもありだし、敵が温情をかけてくる事なんてないしね」
「ふっ、それを聞いて安心した」
「そ」
ネルはそっけなく横を向き、回収した用紙にもう一度目を通す。
「ええと、2人の得物はアキラが剣で、ハルナが…… あら、素手で良いの?」
「はい。師匠からの指示で、杖は使うなという事で。問題ないですか?」
「ええ、ハルナが大丈夫なら問題ないわ」
「ふん……」
勇者らしく特注の長剣を携える晃に対して、悠那は手ぶらで何も持っていない。晃にとってはやはり腹立たしく、舐められていると取ってしまう出来事なのだが、デリスにとっては最後の良心を欠片ほど使ってやった、ドッガン杖は禁止にしておいてやるよ、という情けのつもりなのだ。もちろん、このやり取りで両者が分かり合える筈がない。
「最後に、それぞれのオーダーを読み上げるわね。先鋒ハルナ・カツラギ、中堅テレーゼ・バッテン、副将ノクト・ノーランド、大将ネブル・ファジ」
「こちら側は先鋒トウエ、中堅ムラコシ、副将エナリ、大将オオイズミ。双方とも、間違いはありませんね?」
ヨーゼフが両グループの面々へ交互に視線をやる。晃のチームの後続は、全て取り巻きの男子生徒達で構成されている。全員がレベル4と、一般的には高いレベルだと言えるだろう。そう、一般的には。
「……問題ないようですな」
「じゃ、早速始めましょうか。2人とも、構えなさい」
ネルとヨーゼフが線の外に出て、開始の合図を出そうとしていた。晃は長剣を中段に構え、悠那は自然体のままぴょんぴょんとその場で飛び跳ねている。
(刀子の時は少し油断したからね。同じ間違いは2度と起こさない。それが選ばれし者の務めって奴さ。愚直な君なら、刀子と同様に正面から突っ込んで来るんだろう? なら、俺は横に避けるまでさ)
過去の大敗から失敗を学び(?)、晃は巧妙な策を講じていた。彼の肉体が持ち得る優れた運動能力を活かし、初手を仕損じた悠那にカウンターを食らわせようとしていたのだ。
「「では――― 始めっ!」」
ネルとヨーゼフの模擬戦開始の合図が鳴り、悠那の脚が地上に触れた瞬間、晃の後ろで彼を見守るクラスメイト達の認識から、悠那の姿が消えた。
(やっぱりな!)
一方で合図と共に横へスライドした晃の目には、確かに悠那が姿勢を低くして前進する姿があった。誰よりも近くにいた事、曲がりなりにも他の者達より優秀である事が、ギリギリの範囲で悠那を捉えれたのだろう。 ……しかしそれは、試合開始後の、あの悠那の目を捉える事にも繋がってしまう。
「………」
「っ!?」
悠那の瞳は、顔の向きを変えないまま晃を見ていた。そこに人懐っこい笑顔などは疾うになく、偏に獲物を追うように、狂気的な視線が晃を貫かんとしていたのだ。一気に心臓を鷲掴みにされ、呼吸が止まる思いをしてしまう晃。だが、そんな彼の不幸はまだ始まってもいなかった。
戦法として、突貫してくる相手に対して横から攻める手は悪くはない。現に猛スピードで迫る悠那の軌道から外れる位置に、晃は既に移動していたのだ。あれほどのスピードだ。急に方向を変えて曲がれる筈がない。晃は常識的観点から、そのように判断した。しかし、常識の通じぬ人外を相手にして、そのような考えが何の役に立つというのか?
(お、落ち着け……! あんな目なんて関係ない、裏をかいたのは俺の方なん―――!?)
思考を巡らせている暇なんてなかった。空を蹴った悠那が、ほぼ直角に晃に向かって方向を変えたのだ。あの瞳が、今度は真っ正面からこちらを見ている。半発狂状態となった晃は、奇しくも当初の予定通りに長剣を振るっていた。こんなもの、横から斬るか正面から斬るかの違いでしかない、大した差はないんだ。彼はそう思いたかっただろう。それは正しい。なぜならば悠那にとっては、どんな方向から剣を振り下ろされようとも、大した差はなかったのだから。
―――パキィン。
軽く音が奏でられた。悠那の両手が蛇のようにしなり、振るわれた晃の名剣に巻き付いていく、ように見えた。実際に何をされたのか、どういう原理なのかは理解できなかった。走るスピードとは違い、それを行う瞬発的な速さが尋常でなかったからだ。だが結果的に、晃の名剣は根元から刀身が折れていて、知らぬ間に晃の足先へと移動していた。




