表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
189/588

第184話 伏魔殿母

「大八魔の、前六席……?」

「色々ツッコミたい。何なのよ、レベル8って……」


 リリィの言葉は悠那達に衝撃を与えるものだった。魔王の頂点である大八魔、前任ではあるが、過去にその一席をあのスライムが担っていたというのだ。さっきまでは3人掛かりではあるものの、ある程度は戦えて、勝負になっていると思っていた。しかしそれは驕りであり、熾烈を極めたと感じたあの戦いは準備運動代わりでしかなかった。それも分身体という、偽者感を覚えさせる単語まで出てきてしまう。


「いや、それよりも今の殺気って、明らかに俺に向けてたよな? 鳥肌が止まらねぇんだけど!」

「その2次被害を受ける私達の身にもなりなさいよ」


 刀子に限っては、違う意味でも戦慄している。


「フェーズ2は一定距離まで近づかないと、あっちからは襲って来ないから、まあ今のところは安心しなさい。 ……そうね、良い機会かしら。貴女達、今のうちにこのスライムについて教えてあげる」


 リリィが踵を返して悠那達の方へと体を向ける。あのスライムを前に、背中を晒して大丈夫なものかと口にしたくなるが、ここは我慢。


「は、はぁ…… そのフェーズというのもよく分かりませんし、よろしくお願いします」


 大分慣れはしたが、やはりこのリリィにはまだまだ違和感を感じてしまう。この上なく頼もしくて、とても複雑な気持ちだ。


「まずは、こんな奴がここにいる理由を話しましょうか。昔の冒険者時代にね、黒…… デリスとネルは大八魔の軍勢と戦った事があるのよ」

「「「―――っ!」」」


 悠那達は大八魔との関係性に1度驚き、リリィがデリスをご主人様としてではなく、呼び捨てにしている事に2度驚いた。そんな彼女らの反応を気にする事無く、リリィはさっさと話しを進めてしまう。


「戦ったのは大八魔の第六席から第八席までの3体で、このアラルカルがそのうちの1体だったって訳」

「さ、3体も倒したんですか?」

「そ、1人頭1体の計算でね。その時は他にも1人仲間がいて3人パーティだったから、これで3体分になるわよね」

「「「………」」」


 どうやら悠那達のように3人掛かりで戦ったのではなく、各々で大八魔を各個撃破していたようだ。パーティを組む意味とは一体。


「ネルはその中でも特に面倒なアラルカルと戦ってね。これは分身体だからまだ良いけど、本体のコアを込みにした彼女は相当に強かった。いえ、厄介だったとも言えるかしら? 兎も角、ネルの力をもってしても、容易に倒せる相手ではなかったの」

「師匠でも……」

「はい、先輩! 先ほどから何度か出ている分身体とは、一体何なんですか?」


 悠那が挙手する。


「このアラルカルの分身体、中に小さなコアがあったでしょ? 今はあの予備のコア1つしかないけど、アレって元々は他にも幾つかあってね。アラルカルの意思を宿す核のコアを中心に、何個も何個も重なり合う様にくっついていたの。イメージしやすいのはブドウかしら?」

「……詰まり、あのスライムが持つコアは予備のもので、メインのコアではないと?」

「そ、だから分身体って呼んだでしょ」


 リリィが言うには、コアとはスライムにとって心臓や脳といった諸々の重要器官を成す存在らしい。普通は1つしか持ち得ないこのコアを、アラルカルは他のスライムとは違って、核のコア以外に幾つも体内に所持していたという。そして、この予備のコアに自身の体の一部を纏わせたものが、今眼前にある分身体としてのアラルカル。アラルカルとしての意思はないが、攻撃をすれば反撃してくるし、何よりもコアを護ろうとする。生物としての本能はあるとの事だ。


「うげ、こんな出鱈目な奴を、何体も何体も分裂させられるのかよ。大八魔やべぇな……」

「それでもコアの数は有限よ。何十体もの分身体のコアを破壊していけば、いずれ真のコアに辿り着ける。現に、ネルはそれをやり遂げた」


 『伏魔殿母』の異名を持つアラルカルは、並外れた再生力、そして彼女単体から成す圧倒的な物量戦術に優れた大八魔だった。コアさえ残っていればスライムの体を無尽蔵に増やす事ができ、喩え切り放されたとしても暫くは独力で行動可能。予備のコアを持たせれば、時間的制限がなくなり再生・変化能力までもが付与される。アラルカルはこの力を使い、次々と分身体という名の兵士を作り上げ、ネルの火力に物量で対抗しようとした。だが、その結果アラルカルは1つのコアだけを残し、他全てを燃やされ敗北した。


「本当であれば、1つもコアを残すつもりはなかったらしいわ。だけどね、何の因果かあの予備コアだけはネルの攻撃を逃れ、生き残った。アラルカルの意思を成すコアはなくなってしまったけど、それでも自壊しないあたり、単独で生きていると見るべきなのかしらね…… 自己防衛をしたりする、生物として最低限の本能はある。一方で、確立された自我は持たない。それが今のアラルカルなのよ」

「………(プスプス)」

「わ、悪いがリリィ師匠、もっと分かりやすく頼む……」


 悠那は演算スキルを必死になって発動させ、刀子は考えるのを放棄した。


「個体としては馬鹿みたいに強いけど、思考レベルはそこら辺のスライムとそう変わらないとでも思っておきなさい。ここにいるのはアラルカルの名残であって、大八魔としての彼女はとっくに死んでいるのよ」

「「へ、へー……」」

「あの、もしかしてですけど…… さっき言ってたフェーズ1やら2とは、もしかして……」


 何かに勘付いたのか、千奈津は腕を組んで考えるような仕草を取った。


「千奈津は鋭いわね。ネルは生き残ったこのコアをここに持ち帰って、鍛錬用モンスターとして教育したの。コアさえ無事ならいくら燃やしても直ぐに再生するし、倒してしまうにはもったいないとか言って。フェーズなんて呼び方をしてるのは、ネルの趣味かしらね?」

「やっぱり……」

「思考レベルが低いからって、自分が上だと無理矢理に分からせるあたりがネルよね。本当に自力で調教しちゃってる訳だし」


 あそこの鉄扉を開けたら鍛錬スタートの合図だと覚えさせて、ネルは自分好みにスライムを調整させていった。フェーズ1は文字通り、準備運動の為の軽い攻撃。コアに触れたらフェーズ2に移行して、かなり攻撃的な形態へ。今のアレがそれに当たるらしい。ちなみにコアは刀子程度の攻撃を数発受けても死にはしないが、壊さない為にも触れる時はソフトタッチが基本になるらしい。


「す、凄いですね」

「まあ、ネルだし。で、更にこの状態からコアに触れたら、次は鍛錬最終段階のフェーズ3。アラルカルの最大攻撃を飛ばして来るから、それを打ち消して鍛錬終了よ。後は自分から壊した修練場を修繕して、勝手に鉄扉の奥へ帰って行くわ」

「凄い! 教育が行き届いてる!」

「悠那、驚くところが後半に傾いてない?」


 話しを終えてパキパキと指を鳴らし始めたリリィは、再びスライムの方へと体を向け直した。先ほどの手順を実践してくれるのだろうか?


「……そう言えば、刀子。イエローカードも重なれば、一発退場になるって言葉、知ってる?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ