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第179話 うわー!

 心なしかトボトボと歩いているような背を見せながら、フンドは会場を去って行った。その一方でリリィヴィアに呼び出されたアレゼルは、誰もいない空き部屋へ。ここは部下達が待つ部屋からは遠く、それなりに声を張らないと、その音も聞こえそうにない。


「何や何や、こんな所に呼び出して? サキュバスだけに、あたしに人に言えんようなえっちぃ事でもする気かいな?」

「フフッ…… だとしたら、どうするのよ?」

「いや、ボケにボケを返されても困るんやけど…… え、マジで?」


 妖艶な色気を出しながら迫るリリィヴィアに、アレゼルは一歩たじろいで見せた。しかし、退路となる扉は黒と紅によって塞がれている。エルフの守銭奴、絶対絶命のピンチ―――


「……この茶番、まだ続けるん? あたし的にはもう少し付き合ってもええけど」

「いや、全然必要ないだろ。何だよ、そのやり取り……」

「お願い、目が腐るからもう止めて」


 ふと冷静に戻ったかのように、身構えていた姿勢を解く一同。同時に黒が漆黒のフードを、紅が紅蓮の兜を外しながら、そんな言葉を口にした。顔を晒した彼らの正体は、何とデリスとネルである。新婚旅行に旅立った筈のデリス達は、なぜかリリィヴィアの部下となって大八魔の会合に同席していたのだ。


「それは聞けない相談ね。サキュバスとは色欲を司る者、その王たる私に止めろと? 面白い冗談ね、紅」


 デリスとネルは正体を現した。ところがリリィヴィアの態度は変わらず、未だ部下として扱っているようである。いつもの怠惰で駄目な様子は微塵もなく、そこにいるのは紛れもない魔王の姿だった。服装も格好だけのメイド服ではなく、ダークパープルを基調とした特注の専用魔王衣装と凝りに凝っている。


「ああ、駄目。私、この状態のリリィは苦手なのよね……」

「スキルの『演技』を使って、大八魔としてのリリィヴィアになり切ってるからな。暫くは完璧な色欲の魔王になってるから、今は何を言っても無駄だぞ」

「つれないわね、黒。私に従ってくれれば、一生養って怠惰な性活を送らせてあげるのに」

「それ、普段と立場が逆になってんじゃねぇか…… おい、生活だろ。字が違うだろ」


 遊び人たるリリィヴィアは、遊びにかけては本気で遊ぶ。一度演技やりだしたら、なかなか止まらないのだ。2人とも、この状態のリリィヴィアは苦手なようで、どうもいつもの調子で話せないようだ。双方とも頭を抱え、どうしたものかと悩んでしまっている。


「くひひっ、うひっ……! いやー、相変わらずのようやなぁ、お二人さん!」

「お前も相変わらず良い商売してるみたいだな、アレゼル。お前の会社の魔具店、もう少しスクロールの販売を強化してくんない? 最近使い道が増えちゃってさ」

「ほうほう。最近、仰山こうとるみたいやもんな。まいどおおきに、今度オーナーに話を通しておくさかい。暫くしたら、また覗いてみ? ほんま、デリスは金払いが良くて好きやで~」

「ま、昔の冒険者仲間のよしみでもあるからな。どうせなるなら、お前のところで良い客になってやるさ」


 大八魔第六席、『畏怖』のアレゼル・クワイテット。彼女は大八魔の魔王であり、総合商社クワイテットの社長であり――― そしてデリスとネルの、かつての冒険者仲間でもあった。


「懐かしいなぁ…… ネルが突貫してあたしが搾り取ってデリスが火を消して、ほんま充実した日々やったわ。今ほどではないにしろ、金も荒稼ぎできてた事やし」

「あー、確かにね。あの頃の私は突貫一辺倒で、それでもデリスが後で何とかしてくれていたから、気分良く過ごせたものだわ。後先考えずに暴れられたし!」

「お前ら、城砦は壊すわ要人は誘拐するわでやりたい放題過ぎたんだよ…… 若くして禿げるかと思ったわ、当時の俺……」

「ほら、黒。やっぱり私の下に来た方が幸せよ?」

「そうかもなぁ……」

「ちょっと、あんな駄メイドに簡単に流されないでよっ!」


 彼らが冒険者を生業としていたのは、もう十数年も昔の事だ。異世界からの転移者であるデリスは、ひょんな事から当時10歳ほどだったネルと出会い、更には幸か不幸かアレゼルとパーティを組んでしまった。その時代の魔王界を震撼させた、恐るべきパーティの誕生である。


「ひひっ、ひひひっ……! はぁー、笑った笑った! そんで、用件は何なん? 思い出話に花を咲かせる為じゃ~ないんやろ?」

「あ、ああ、実はな、ちょっとした報告があって、な?」

「ええ、えっと…… 本当に些細な事なんだけど、実は結構大事な話があって、ね?」

「何や、2人して気持ち悪いな。どうしたん?」


 急にしどろもどろになって、曖昧な答えを返し始めるデリスとネル。2人は何度か視線を交わし合い、漸く意を決したのか口を開き出す。


「「……俺達(私達)、結婚する」」

「ほーん」

「「………」」

「……え、マジな話?」


 若干素の喋り方に戻ったアレゼルが聞くと、デリス達は神妙な面持ちの顔をコクリと頷かせた。


「うわ、うわわわ…… い、一体何年越しの恋が実ったんや、ええ? あの頃のネルが10くらいやったから、今が25? いや、26で――― うわー! うわー!」

「うるっさいわね! 結果的に実ったんだから良いでしょうが! 燃え溶かすわよ!?」

「これが騒がずにいられるかいなっ! 世紀の大事件やで!」


 この後、局地的かつ激烈な争いが10分ほど繰り広げられ、満足したのか彼女達は比較的おとなしめになった。部屋の惨状は言うまでもないが、まだ形が残っているだけ加減はされていたようだ。


「まあ、そういう事でこの会合が終わったら新婚旅行に行くんだが…… ちょっとお願いがありまして」

「ヒヒッ、何となく察したわ。新婚旅行先に、うちの避暑地を使いたいんやろ? ええでええで、たっくさん笑わせてもろうたから、特別に格安価格でスイート取ったるわ。昔の冒険者仲間のよしみでもあるしなっ!」

「悪いな、いつも助かる。式の日が決まったら、後で連絡するからな」

「ふん。一応、礼は言っておくわ。式、ちゃんと来なさいよね」

「へいへい、おあついこって」


 アレゼルが所有するエルフの森の避暑地は人気が高く、下手をすれば1年先まで予約が埋まっているほどの盛況振りを誇っている。その中で唯一存在する宿泊施設のスイートルームともなれば、1泊するだけでもそれなりの建造物が建つ程度に高価なもの。順番待ちをすっ飛ばしてその部屋を取る事ができるのは、アレゼルが社長であるが故の恩恵だろう。普通であれな、喩え相手が何処かの国王であってもできるものではないのだ。


「しかし、あのネルがね~…… あたし、ネルがうだうだしているうちに、リリィちゃんがデリスを取っちゃうとばかり思っとったんよ? 一応ライバルみたいなもんやったし。リリィちゃん的には、愛しのデリスに諦めはついたん?」

「ふっ、私は色欲を司る王。嫉妬に駆られず、祝福すべき時は祝福するの。それに、愛の形は何も1つだけじゃない。私は別の形で黒を射止めるわ」


 その結果の愛人枠である。


「あ、ああ、そうかいな…… うん、確かにこれ、ちょっと調子狂うわな……」

「だろ?」

「絶対阻止するわ……!」


 ともあれ、デリス達は旅行先を無事に決定させ、1週間をのびのびと過ごすのであった。一方で、できる女と化しているリリィヴィアは久方ぶりに自らの領土へと帰り、溜まった仕事を片付けるのであった。

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