第177話 宣戦布告
アガリアに声を投げ掛けられたフンドは席から立ち上がり、勇ましく仁王立ちをした。
「余の名はフンド・リンド、新たに大八魔となった魔王である。余の種族は水にて生きる深海の王者、故に海中にて城を構え、海と共に生きている。現在はジバの大陸に住まう人間共の国を征服中だ。第七席のリリィヴィア殿と同様に、余計な手出しはしないでもらいたい! 以上である!」
そうそうたる面子が揃うこの中で、フンドは怯む事なく魔王としての威光を示して見せた。威風堂々と簡潔に意見を述べ、不備なく伝え切ったと自負できたほどに。
「「「「「「「………」」」」」」」
しかし、なぜかその直後に黙る一同。ある者は酷く驚くような表情で、またある者は呆れて、またまたある者は笑いを堪えるように。全員が全員、異なる反応を示したのだ。
「ク、ククッ……! いやはや、フンド君はなかなかに野心家なんだね。流石は『支配欲』。僕がその二つ名を与えただけの事はあるよ」
その中で笑いを堪えていた者、アガリアが楽しげにそう口にする。何がおかしいのか、当然ながらフンドには理解できない。
「アガリア、お主が奴を推薦したんじゃろう? よく知らん奴を推したのか?」
「うーん。長く席を空けるのもアレだったし、戦力重視で見ちゃったからなぁ。ほら、彼は他の魔王と比べて頭一つ抜けていたし、束ねる配下の数もそこそこだったし」
「だとしても、こんな初っ端から協定に背かれるとね~。後々面倒だと妾は思うよ~」
協定に背く――― さっきの自分の台詞の中で何かが該当したのだと勘付いたフンド。だが、果たして何が該当したのか、仮に該当すればどうなるのかは分からない。
「……現状をよく理解できないのだが?」
まずは状況説明を求める。意外にも、この問い掛けに答えたはリリィヴィアだった。どこか艶っぽい溜息の後に、睨み付けるような強い視線を浴びせられる。
「ハァ…… 貴方はね、大八魔同士が争わないようにって取り決めた、絶対不可侵の八カ条に早速違反してしまったのよ。さっき、ジバの大陸に侵攻しているような内容を話していたけど、それがもうアウト。本当の話なら、その項目を作った大八魔に宣戦布告をするようなもの。この意味、分かる?」
「……詰まり、余は図らずもこの中の誰かに、敵対宣言をしてしまったと?」
「ま、そういう事ね。ご愁傷様」
リリィヴィアが吐き捨てるように視線を切る。
「……ふん。丁度良い機会ではないか。余の力が、現大八魔にどの程度通じるのかを確かめたかったところだ。この席順は大八魔としての実力を表しているのであろう? ならば、早速正しき順に変えていくべきだ」
「ほう、今回の新参者も活きが良いのう」
「でしょー?」
「協定的にはどうなんって、あたしは思うけどなぁ。で、その喧嘩をどうするん? リリィちゃん?」
アレゼルがニヤニヤとした、エルフにあるまじき顔をリリィヴィアへと向けた。この瞬間、フンドが宣戦布告した相手が確定する。
「……私が掲げた大八魔八カ条は、如何なる者もジバの大陸を侵さない事。それを破ったからには、それなりの報いを受けてもらうわ」
「なるほど、貴殿が余の相手となると…… よかろう、敵として不足はない。この場で方を付けようではないか!」
フンドがリリィヴィアに威勢良く指先を向けると、彼女の傍らにいた部下達がそれを遮るようにして立ちはだかった。
「「………」」
彼らには完全なる敵意が満ちており、この場は一触即発の状態となる。
「黒、紅、2人とも下がっていなさい。この程度の相手に後れを取る訳がないでしょう」
「それが高慢であると、余が教えてやろう!」
「ああ、ちょっとちょっと! まだ会合中なんだから、そういう事は後でやってよね。魔王と魔王の戦いなんだから、王同士の一騎打ちで「はい、お終い!」って話でもないでしょうが。キチンと大八魔同士の戦争申請を出して、それから争ってください。僕達運営は、君達の公平な戦いを望んでいます」
最も遠くにいた筈のアガリアがいつの間にかテーブルを乗り越え、更に間へと割って入っていた。手に持つは書類のようなもの。見ればこれが戦争申請書のようで、大八魔同士でやるのならばこれにサインをしろと言う。
「これは……?」
「むかーしね、勝手に戦い始めて報復合戦になった事があってさ。大陸レベルで収拾がつかなくなって、他人様に迷惑が掛かっちゃってね。今はこうして他の大八魔が立会人になって、勝負を見届けるようになったんだよ。でねぇと殺すぞ! って意味合いも含めてね」
アガリアは軽薄そうに言っているが、どこか強制力を覚える雰囲気だった。
「あ~、いたね~」
「懐かしいものじゃな。まあ、その時の馬鹿共は揃って死んでしまったのじゃが」
「前六席から八席まで、すっぱり逝ってしまいましたからな! 第五席の某も危なかったのかな? フハハハハ!」
「あたしやリリィちゃんはその後任やったからなぁ。ま、規則は規則、ちゃんと守らんとあかんよ? フンド君がその席に座れんのも、馬鹿な前任者のお蔭やさかい」
エルフのアレゼルが諭すような口調でフンドに語り掛ける。勇猛なのは結構だが、今は座っておけ。暗にそう言われているようだった。
「……了解した」
納得したのか、大人しく席に座るフンド。しかしながら彼が纏う闘気は未だ収まらず、許しが出れば今にも戦い出しそうな臨戦態勢になっている。一方、アガリアも知らぬうちに自らの席へと戻っていた。
「ふいー、危ない危ない。何事も平穏に済ませるのが一番だよね。ラブアンドピース!」
「「「「「「ラブアンドピース」」」」」」
「っ!?」
この会合の合言葉なのか、フンド以外の大八魔全員が口を揃えて妙な事を言い出した。これには流石のフンドも愕然とする。
「ふっ、尤も私と貴方が戦うところまで行くのか、まだ分からないけれどね。聞けばジバの人間の国々が連合を組んで、今度貴方を討伐しに来るらしいじゃない。中には魔王の天敵、勇者もいるそうよ。私と戦う以前に、片付けるべきところは片付けておかないとね」
「……よ、余が話をする以前に、既に状況を把握していたのか。用意周到な事だ」
まだ若干の動揺はあるものの、フンドは必死に冷静さを保とうとする。勇者を有する討伐部隊。しかしそれは名ばかりで、その実はリリィヴィアが用意した駒。言葉の裏を読み、そのようにフンドは理解した。
「ほうほう、勇者か。魔王冥利に尽きるのう」
「いいな~、いいな~。妾のところには最近来ないんだよね~。寂し~」
「確かに、勇者を撃退してこその大八魔であるな。まずは実力を示せといったところか」
「そういう事。この連合を打ち倒せたら、改めて貴方を敵と認め、この書類にサインして倒してあげる。安心なさい。もし負けでもしても、虫のように潰してあげるから」
ひらひらと書類をなびかせるリリィヴィアに、フンドは静かに血を滾らせる。
「話はまとまったかな? それじゃ、次の議題に移るよー。えっと、次はぶっちゃけトークの時間だったっけ?」
「アガリアよ、皆で解決しようお悩み相談コーナーも忘れるでないぞ」
「ああ、そうだったそうだった!」
「………」




