第176話 大八魔
ここ暫く朝7時の投稿をしていましたが、
明日から18時の予約投稿にしたいと思います。
ちょっと間を空けちゃうので今日はもう1話投下。
―――修行??日目。
魔の者達が世界の中心と謳う大陸、ユダ。大陸の部類としては最小の大きさで、存在する建造物も1つしかない、ほぼ無人の場所である。ユダは荒れ果てた凄まじい気候の中に存在していて、人間は決して近づこうしない。巨大な船をも呑み込む大波が縦横無尽に交差し、船の墓場と称される悪魔の海が大陸周囲に広がり、天を仰げば日常的に雷が舞い落ちスコールが降り注ぎ、王者たるドラゴンをも撃ち落とすとされる破壊の空がある。とてもではないが、生物が生きていける環境ではないのだ。
しかしこの日、生物として最強の地位にいるであろう者達が集う会合が、正にこの大陸で行われようとしていた。集まるは魔を司る魔王の頂点、大八魔とその従者。世界各地でモンスターを統括し、人間達と争い、時に商い、或いは共存する彼らがここへ集う理由は何か? 魔の者が世界を統一し、人間界を征服する為? それとも崇拝する古の邪神を蘇らせ、闇の世界を復活させる為?
―――その答えを知るには、この会合に出席するしか方法はないだろう。さあ、そろそろ時間だ。大八魔達による狂気の饗宴が今、始まる。
「えーっと、皆集まったかな? それじゃ、第、第…… 何回目だっけ、ヴァカラ老?」
「3桁を超えてからは数えておらん。適当な数字を入れておけば良かろう」
「オッケー! それじゃ、今回から新人君も来ている事だし、改めて数え直そう! これから第1回、大八魔同士争うのは止めよう、でねぇと殺すぞ! 会合を始めます。はい、拍手っ!」
―――パチパチパチ。
疎らに適当な拍手が小さく鳴った。その瞬間に新たなる大八魔、フンド・リンドは軽く眩暈を覚える。
(……これは、何の冗談だ?)
大八魔とはモンスターの主たる魔王の更なる上の存在、別名では大魔王や悪の権化とも呼ばれている。そんな偉大なる者達の一員として選ばれ、今年から新たなる頂点の一角としての自覚を持ちながらこの会合に参加したというのに、始まった瞬間にこの妙に軽い展開。予想外も予想外、出鼻を挫かれるにもほどがあった。
「えーっと、今日の議題はー…… まず、各自の今年度の目標を発表してもらおっかなー。ほら、目的が被ると敵対しちゃうかもだし」
フンドは考える。先ほどから進んで司会進行をしているあの男は、大八魔第一席『摩天楼』のアガリア・ユートピアだろう。大八魔最強にして、唯一仲間を持たず単独で動く謎多き人物。その姿、存在自体が謎とされていて、モンスター界では生ける伝説となっている魔王だ。ならば今回が初参加のフンドが、彼がアガリアだとなぜ分かったのか? ……ご丁寧に、テーブルの上に二つ名と名前が記されたネームプレートが置かれているからである。先ほどチラッと自分のプレートも確認したら、二つ名が『支配欲』になっていた。命名者とその意図は謎だ。
「ワシはいつもと変わらず、適度に人間を間引くとするかのう。最近、でかくなり過ぎた国もある事じゃし」
「ヴァカラ老の所はゾンビや骸骨系の兵士が多いからねー。戦力増加もできて一石二鳥かな?」
アガリアの隣の席で煎餅をバリボリと食べながら話す邪悪なる髑髏は、大八魔第二席『髑老』のヴァカラ・ズィンジガ。現大八魔最古の魔王であり、魔王界の最大派閥を誇る権力者でもある。所有する領土も広大で、それ故に人間と敵対する事も多い。人間界、モンスター界と問わず影響力が強く、誰に聞こうとも魔王として真っ先に名が挙げられるのは、恐らくはこのヴァカラになるだろう。そんな彼が日向でゆったりと余生を過ごす老人のような姿を晒しているのに、フンドは少なからずショックを受けた。
「妾はねー、妾はねー。うーん、どうしよっかな~」
煌びやかな銀髪をなびかせた、無垢なる美少女が人懐っこそうな表情でころころと笑う。彼女は大八魔第三席『吸血姫』のマリア・イリーガル。二つ名からも分かる通り、種族は吸血鬼だ。容姿こそ10歳やそこらにしか見えないが、この者もヴァカラに次ぐ古参の魔王である。束ねる眷属の吸血鬼達はどれも強力な個体であり、配下の数こそはヴァカラに劣るが、質は優るとの噂もある。
「ママ、いい歳なんだから言葉遣いを弁えなさい」
「ちょっと、歳の事は言わない約束でしょ! 新人君に変な先入観を持たせないでよっ!」
第七席の魔王にそう突っ込まれ、途端に正体を現すマリア。どうやら、あの子供っぽい仕草は演技であるらしい。
「我は平時と変わらぬ。領土を護り、子らの腹を満たす。悪戯に侵攻する者は撃退するし、礼を弁え立ち去る者は追わぬ」
フンドはここで安堵した。漸く、大八魔らしい装いの大八魔が現れたのだ。絶対の王者たる風格を纏う男は大八魔第四席『竜王』のリムド・バハ。ドラゴンの長である彼は今でこそ人の姿を模しているが、真の姿は山の如く強大であり、翼を羽ばたかせるだけで嵐が巻き起こるとされている。ドシリと構える様は座っているだけでも圧が感じられ、武人として手合わせ願いたいほどだった。
(そう、そうだ。これこそが大八魔の姿よな。今までのはちょっと、何かを間違えただけだろう、うむ)
フンドは改めてリムドの姿を見据えた。ん? ちょっと目が疲れているのかな? 少し目を休めて、もう一度。
「ズズズッ」
リムドが何やら飲み物を飲んでいる。それも、ストローでちゅーちゅーと。ギャップ萌えを狙っているのか、飲んでいるのはオレンジジュース。武人風の中年男性が、夢中でオレンジジュースを飲んでいる。最高に決まらない。思わずフンドはテーブルを叩き割りたくなった。
「どう、それ? 人間界で見つけた、最近ブームになってる飲料なんだけど」
「美味である」
眼光鋭く古風に話して格好をつけても、今更手遅れだ。
「某は新たなる技術開発に勤しみたいと存じます。この身のバージョンアップ、更には技術革新を図り効率的な社会実現を目指したいかと」
一見銀の騎士鎧にしか見えないこの者は、大八魔第五席『機甲帝』のゼクス・イド。本人曰く、ゴーレムの一種である。鎧という名の装甲の下は機械化されており、現代的な兵器を数多く搭載。治める領土は世界で最も文明が進んでいると自負し、魔法科学技術の革新に余念がない。
「いずれは某の力で人間界をも支配し、誰にとっても幸福な社会を実現させて見せましょうぞ! フハハハハ!」
ついでに言えば支配欲も高い方ではあるのだが、それを実現する方向性が従来の魔王と少し異なる気がする。
「あたしもゼクスはんの計画に乗っかってん。でも、暫くは商売の方に注力したいわ。我らが神、ダマヤに誓うで。世の中ラブアンドピースさね」
商人が好んで扱う言葉でそう話すのは、見た目は可憐なエルフの少女。大八魔第六席『畏怖』のアレゼル・クワイテット。長命である事で有名なエルフであるが、彼女は大八魔の中では任期も含めて若手に入る。魔王でもあるのだが、一方で商人としてやり手であり、自身が起こした商社クワイテットは各界に色濃く根を張り、影響を及ぼしているのだ。また、彼女の領土ではあろう事かエルフの森を開拓し、一大観光地へと大変貌。豊かな自然、美男美女が待つ避暑地として人気のスポットとなっている。
(それ、魔王である必要があるのか……?)
フンドは頭を抱え出した。
「私は自由気ままにやらせてもらう。何、他の者達の邪魔はしないわ。けど、その逆も然り。くれぐれも面倒を起こして、私の期待を裏切らないようにして頂戴」
フンドの手前にいた美女がそう言うと、それまでの緩い雰囲気が一瞬にして引き締まった。ハッとしたフンドは顔を上げ、彼女を見る。大八魔第七席『堕鬼』リリィヴィア・イリーガル。凛とした、正に女王といった佇まいのサキュバス。アレゼルと並んで若手に属する彼女であるが、その力強さは古参にも引けを取らない。フードや兜で顔は見えないが、背後に控える黒ローブの魔導士、紅鎧の騎士は彼女の両腕なのだろうか。部下と共に雰囲気、言動、目的――― どれを取っても実に魔王らしく、上に立つ者として見習うべきものだった。
(ふっ、少し安心した……)
自分以外にもまともな大八魔がいた事に、安堵の息を漏らすフンド。そんな中、頂点であるアガリアがフンドに向けて手を向ける。
「それじゃ、次にフンド君。自己紹介も兼ねて話してくれるかな?」




