表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
175/588

第170話 罰ゲーム

 ―――修行23日目。


「……師匠、何をされているんですか?」

「罰ゲ、いや、今度のネルとの、その、な……」


 卒業祭が終わって、ディアーナへと帰って来た翌日。俺は机に向かい、ああでもないこうでもないと頭を悩ませていた。この悩みを生み出す切っ掛けとなったのは、昨日の鬼ごっこだ。1時間遅れて出発するネルとの勝負となるこのデスレース、生還した者は少なかった。


 そもそものところ、逃げる俺と悠那と刀子の3人のうち、誰か1人でも捕まればペナルティは俺に来る事になっていたのだ。その内容は捕まった人数毎に重くなり、より非道なものへとなっていく。だからこそ、1人だって捕まる訳にはいかなかった。表向きは一目散に逃げつつも、ネルの手が届かない安全圏から悠那と刀子をフォローする。そのつもりで作戦を立てていたんだ。


 始めのうちはさ、全員予想以上に良いペースで走れていたんだ。悠那はドッガン杖を魔法で軽くしていたし、刀子は根性と根性と根性で何とかしていた。ネルがスタートを切った後も、何ら問題なく走り続けていた。そう、俺達には何の落ち度もなかったんだ……


 何があったかというと、ネルの奴が当初の予定とは異なり本気の本気で、マジになって追っかけて来やがった。逃亡中、後方から迫り来る麗しき暴れ竜は、ジェットエンジンでも搭載してんのかと文句を言いたくなるような轟音を吹かし、俺達を酷く青ざめさせた。耳からの情報もそうだが、周りの温度まで段々と暑くなってくるもんだから、体感的にも鬼が近付いている事が分かってしまう。


 担がれてる千奈津の安否も心配だったが、まずは自分の心配。このままでは2人とも捕まってしまい、結果的に俺の罰が重くなる。俺はその場から反転して、逃げる悠那達とネルの間に立ち塞がり、可能な限りの邪魔立てをしたのであった。しかし、いくら千奈津を担いでいるネルとはいえ、俺だってゴブを背負っていたんだ。突破力に構成が突貫しているネルを相手に、そう長い時間足止めできる筈もなく、俺はあえなくタッチをされて御用に。


 その後には道中で倒れている刀子を発見。どうやら真夏並みに気温が上昇する中、全身鎧姿で全力疾走! という無茶を続けて倒れてしまったらしい。千奈津と逆側の腕に抱えられていた俺は直ぐに回復を施し、刀子復活。が、俺と同様に捕らえられ、刀子はネルの背中にしがみ付く形でドッキング。ネルは俺を含めた3人を、その身に乗せた状態で走り出した。


 既に2人が捕まり、この上悠那まで捕らえられては目も当てられない。俺は密かに自身とネル達の体重をグラヴィでガンガン重くしていって、最後の抵抗。最終的にネルは、ドッガン杖を人数分背負って走るのとほぼ同じ状況となり、その甲斐あってか悠那だけはギリギリのところで逃げ果せたのであった。全く、弟子を相手に本気を出すとは大人気ない奴である。


 しかしながら、犠牲者を2人に止めたところで、俺へ科せられるペナルティがなくなる訳ではない。俺と刀子が捕まったので、2段階目の罰ゲームがお出迎え。ネルが提示したそれが実に俺の頭を悩ますもので、こうして今も机に噛り付いている事態に繋がっている。


「えっと…… お出かけの予定表、ですか?」


 紙に書き殴った文字を見て、悠那が首を傾げた。


「……まあ、そんなところだ」


 お出かけはお出かけでも、死の可能性を伴うお出かけだけどな。これ、所謂デートプランである。勿論、お相手はネルだ。なぜかあいつは罰ゲームに『私を満足させるデートをする事』、なんてものを潜り込ませていて、笑顔でこれをやれと命令してきたのだ。その後に『満足させなかったら――― 分かってるわね?』と、更に意味深な笑顔。どうやら不満の1つでも出してしまったら、俺は灰となって死んでしまうらしい。プロポーズの時もそうだったけど、あいつにはデッドオアアライブしか選択肢がないのだろうか? それと自分とのデートを罰ゲームにしてしまっている事実に、果たして気付いているのだろうか?


 んー、それにしてもデート、デートなぁ…… 思えば、ネルと2人で行動する事は多々あっても、それっぽい事はあまりしてこなかった気がする。大抵は血生臭い戦いであったり、危険あり野宿ありの冒険だったり、精々が人が絶対に入らないであろう秘境での絶景見物、後は酒の入った状態でのやんややんや。冒険者をしていた頃は2人で買い物とかもしたものだが、あれは恋人というよりは保護者としての立ち位置だったし…… あれ? 俺達、何か色々と大切な事をすっ飛ばしてる?


「むっ、何か桃色オーラ的なものを感じましたっ!」


 突如、食後のエクササイズをしていたリリィが飛び上がった。何を感じたのかは言わないでおく。だが、まずいな。このままではリリィが認識する恋人と、同レベルの付き合いしかしていない事になる。こんな奴と同レベルというのは頂けない。流石に悲しい。大八魔と同レベルと言い換えれば凄そうだが、現実はそこまで甘くない。


 ネルの案にのっかる訳じゃないが、折角の脱却のチャンスだ。結婚を前に、こういった想い出を作っておくのも悪くないだろう。是非とも有意義に過ごしたい。しかし、しかしだ――― ネルが満足するデートって、一体何なん?


「師匠、お出かけするなら、移動がてらにランニングを取り入れてはどうですか? ランチバスケットを持って!」


 これがデートなのだと分かっているのか、それとも鍛錬の一環として認識しているのか、実に悠那らしい案を出してくれた。ランチバスケットの中身がカオスになりそうだね。まあ、悠那を相手にするのなら、正にこの案はピッタリのものだろう。ネルが相手なら、恐らく俺は―――


「―――焦げるな」

「こ、焦がしませんよ! ちゃんと調理しますもんっ!」


 実際ネルはアウトドア派で、ありっちゃありな気もするんだが、変なところであいつは乙女だからな。自ら申し出たデートの内容にするには、些か浮いた雰囲気が足りない気がする。


「あっ、お出かけのお話しですか? ご主人様、リリィはですねぇ―――」


 リリィ案は聞くに値しないだろう。文字に起こす事もはばかられる。そんなに俺を殺したいのか、お前。うーん…… 思い切って刀子に聞いてみるか? でもなぁ、あいつ見た目がヤンキーな感じで、尚且つかなり野生が入ってるからなぁ……


「やっぱり、困った時はあそこに行くか」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「―――それで、ここに来たんですか?」

「当然だろ」


 扉の外で小さく揺れる、千奈津のお悩み相談所の看板。今日も今日とて盛況のようで、それなりに並んで待たされてしまった。


「ええっと…… 行き成りデートプランを考えろと言われましても、私だってその、経験のない事ですし……」

「それは前のファンレター云々の話で把握してる。それでも、千奈津ならやってくれると俺は信じているんだ! ほら、ネルの弟子、それも同性って時点で建設的な意見が聞けそうだし」

「嬉しくない信頼のされ方ですね…… それにしても、師匠を満足ですか。デリスさんなら、何をされても喜ばれると思いますよ?」

「え?」


 千奈津の予想外の言葉に、俺は思わず聞き返してしまった。


「たぶんですけど、師匠がしてほしいのはデリスさんに考えて、想ってもらう事です。その結果がどうであれ、気持ちさえ篭っていれば大変満足されると思います。満足させるか死ぬかって話がありましたけど、師匠がデリスさんを殺す訳がありません。詰まる所、最初から満足するつもりなんです。あ、でも、あまりに的外れなのはNGですけどね」

「……マジで?」

「9割方そうだと思いますよ。師匠って、見た目よりも素直で可愛らしい性格ですもん。ですから、人に頼らず自分で考えてくださいね。それでは次の方ー」


 さ、席を立てと追い返されてしまった。何というスピード解決。振り向けば、相談所の部屋に入ってきたカノンとご対面。出会い頭にギョッとされたが、今はそんな事などどうでもいい。うん、帰って気軽に考えてみよう。

前回のステータス一覧に職業レベルの目安を加筆しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ