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第16話 泥試合

 この世界における魔法の習得方法は幾つかある。


 1つが、魔法スキルを獲得した際に覚える基礎の基礎、その系統の見習い用とも呼ばれる超初級魔法だ。炎魔法であれば、種火を作る程度の弱い火を出す『エンバー』。水魔法ならば、飲み水となる清潔な水を少しずつ出す『ウォータ』。悠那が扱う闇魔法だったら、有害な毒を含む少量の泥を生み出す『アドヴァ』といった具合だ。更にスキルのレベルを上げていくと、その段階の程度に合わせた新たな基礎魔法が覚えられる。


 次に、スクロールという名のアイテムを使用して魔法を覚える方法だ。スクロールは使い捨てで1つにつき1人しか魔法を覚える事ができず、基本的にダンジョンで発見するしか入手方法がない。スキルレベルが一定以上でないと習得できないという制限もあるが、レベルを上げた際に覚える魔法よりも強力であるが為に、かなりの高値で取引きされている代物である。


 最後になるが、他人から魔法を受け継ぐ方法もある。この方法で魔法を習得するのは非常に稀だ。何せ、魔法を教えた側の者が、その魔法を使えなくなってしまうのだ。師と弟子が、または貴族や王族が次世代に秘術を伝授する際に使われる手法だといえるだろう。もちろん、この場合も対象となるスキルレベルが不足していれば習得はできない。


 悠那が唯一習得しているのは、闇魔法をスキルスロットに入れた際に自動で覚えたアドヴァのみ。英雄ゴブ男が食事に混ぜて魔王オーク保を毒殺した凄い魔法、と悠那は考えているが、実際のところは闇系統の初級魔法である。ぶっちゃけ、闇魔法スキルさえ覚えてしまえば誰でも使える。


 それでもデリスからは、基本となるこの魔法をまずは徹底的に磨き上げるよう言われている。悠那はその言葉通り、MPが許す限りアドヴァを何度も何度も反復して、効率的で有益な使い方を学び続けた。その甲斐あってか、悠那の頭の中には既に勝利のビジョンが描かれているようだ。


 倒れていた灰コボルトボスが立ち上げると、悠那は得意気に左手の指をくいくいっと前後させ、かかって来いよとばかりに挑発する。感情を煽ろうとしているのが丸分かりであるが、獣であるが故にその感情がむき出しになりやすい灰コボルトボスは、怒りを露わにして簡単に引っ掛かってしまった。前に飛び出し、メイスをフルスイング。大振り故に悠那には当たらないが、魔法を行使しながらの合気はまだ難しく、同時には使えない。代わりに悠那は右手に握っていた泥の塊を、避け際に灰コボルトボスの顔面目掛けて投擲。


「ほっ!」

「グゥオ―――!?」


 毒入りの泥は見事に顔へと命中し、目や鼻、口の中にそれを入れてしまった灰コボルトボスはもがき苦しみ出した。初級魔法による毒は猛毒までではないにしろ、生物としての弱点に触れさせてしまっては激痛ものだ。痛みは視力を奪い、泥臭さは嗅覚を無効化してしまう。口の中なんてお祭り騒ぎな賑わいだ。


「グヴォアオオオォーーー!」


 混乱する巨体は力任せにメイスを振り回し、暴れに暴れ回る。しかし、それはただ好き勝手に見えない敵を攻撃しているに過ぎず、悠那にとっては当たる方が難しい。大槌の軌跡を潜り抜け、悠那はバッグから取り出した狩猟ナイフで両足を斬り付けた。そして、攻撃後は素早く距離をとる。


(やっぱり、かったいなぁ)


 家を出る前に調理場でよく研いだ切れ味の良いナイフなのだが、灰コボルトボスの頑丈な皮膚が相手では、浅く傷口を付けるに留まってしまうようだ。


(それでも、血は出るし効いていない訳じゃない)


 悠那は再びアドヴァの魔法を唱え、今度は両手に泥を掴む。


(振りかぶって―――)


 投げる。また投げる。悠那が投じた2つの泥は灰コボルトボスの両足の傷口にヒット。本日の投球成功率

は恐ろしい事に10割をマークしている。


「グゥア……!?」


 傷口から毒が染み込み、痛みを我慢しているのか灰コボルトボスの動きが僅かに止まった。


「せいっ!」

「―――っ!!!」


 いつの間にか懐に入っていた悠那が、メイスを持っていた灰コボルトボスの右手、その小指に強烈な蹴りをお見舞いする。パキリと何かが折れる音のした小指はあらぬ方向を向いており、素人でも折れている事が容易に想像できる惨状となっていた。


 堪らずメイスを手放してしまう灰コボルトボス。かがもうとするも、痛みによる硬直は更なる隙を生み、悠那に折れた小指を掴まれ地面に叩き付けられる。合気は健在、すかさず悠那はナイフで幾度も斬り付け、傷口をどんどん増やしていく。


 灰コボルトボスの視力が漸く回復しようとしていた頃には、特製泥団子のおかわりが投じられ、傷口も同様に汚染され、投げられ、斬られ、折られ―――


「ガ、ア……」


 戦闘開始から30分が経過しようとした時、灰コボルトボスは自ら地に伏し、その命を終わらせた。彼の体に刻まれた数え切れない切傷には全て泥が塗り込まれており、四肢の指の殆どは正常な状態ではなかった。泡を吹く口や充血した目には大量の泥がこびりつき、死に際の顔は苦しみで悶えているようだった。毒と打撃の蓄積による長期戦、勝利の女神は悠那に微笑んだのだ。


「かっ…… たぁー!」


 諸手を挙げて喜ぶ悠那が大声を上げる。魔法使いとは何なのか? と言われても仕方のない戦闘内容ではあったが、彼女はステータスとレベルの大きな壁を乗り越え、立派な偉業を成し遂げた。


「ふわぁ、ほ、本当に疲れた…… 師匠、無茶振りが過ぎますよー」


 お尻から地面に座り込んで、ぜぇぜぇと荒れた息を整える悠那。これまで経験した全国の大会でも、こんなに集中した時はなかったかもしれない。今になって心身にたっぷりと疲労感が襲ってきているのを実感し、徐々にそれが筆舌に尽くしがたい達成感に変貌していく。バッグから回復薬を引っ張り出し、喉を潤すが如く一気に飲み干す。


「ぷはぁー! 不味いけど、美味しい! ふー、落ち着いた。それじゃ、尻尾を頂きましょうか――― ね?」


 意気揚々と灰コボルトボスの尾を切り取ろうとする悠那。だがしかし、狩猟用ナイフが上手く奥まで刺さってくれない。


「死して尚、防御力は変わらないと…… うーん、どうしようかな。これじゃ解体できないし…… 明らかに大き過ぎるけど、死体ならバッグに入るかな?」


 悠那が腰に付けたバッグを外して灰コボルトボスの死体の前まで持っていくと、バッグはみるみるうちにコボルトの巨体を吸い込んでいき、次の瞬間には全身を飲み込んでしまった。ちょっとしたホラーである。


「うわー…… ま、まあボスさんはこのまま持ち帰って、師匠に判断を仰ごうかな。疲れたけど、これから採掘もしないとだよね。ツルハシを出して―――」


 悠那は戦闘中、相手の動きに集中していたので、スキルや職業のレベルアップの知らせはガン無視だった。何かに没頭し過ぎると、周りが見えなくなる悠那の悪い癖だ。だから、ある事に気が付いたのも今この時になってしまった。


「ボスさんのメイス、鉱石のあった壁にめり込んでる……」


 灰コボルトボスが戦闘の途中で手放した巨大な大槌、その着地点が丁度お目当ての場所と重なってしまったらしい。地面には漆黒の破片がバラバラと散乱していた。

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