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第146話 深読み

 抽選会が終わり、トーナメントは着々と進んでいた。トーナメントの始めを飾る記念すべき第1試合では、ウィーレルが成績13位の生徒を見事に降して2回戦へ駒を進め、続いての試合も成績上位者が勝利するという、大方の予想通りの展開が続いている。現在は5位のテレーゼと9位の生徒の試合の最中であり、その次の試合が千奈津の出番となっていた。


 本来であれば、次の試合を予定している選手は舞台近くで準備をしているものだ。だが、当の千奈津は会場である校庭からやや離れ、学院校舎の裏で身を隠していた。彼女はなぜこんなところにいるのだろうか?


(師匠、まだかなぁ…… そろそろ行かないと、試合に遅れそう……)


 答えは超絶美人な師匠に呼ばれたからである。千奈津は唐突にネルに呼ばれ、この人気のない校舎裏へとやって来ていたのだ。勿論、拒否権を行使する選択肢は千奈津の中ですっかり消去されてしまっている。


「お待たせ。誰かに付けられてはいないわね?」

「……大丈夫です。いつの間にかポケットに入っていたメモに、そのような指示があったので用心して来ました」


 音もなく背後に現れたネルに、千奈津は僅かに驚きつつも直ぐに冷静な応対をする。何があっても平常心、心に安定・平穏を! 選挙ポスターに記されるキャッチフレーズのような、そんな言葉をここ数日中に心掛け、耐え忍び過ごした彼女のメンタルは、また一回り成長したようだ。


「それで、し…… ネル団長、急にどうしたんですか?」

「適当な理由を付けてこの肩書きから解放されて、僅かな休憩時間を満喫中なのよ。学院内の殆どは目立って人が寄ってくるし、少しは付き合いなさい。あと、私なりにチナツを褒めに来たの」


 不気味なほどにネルは笑顔だった。ルンルンとした笑顔だった。


「私を褒めに? あの、私はまだ試合をしていませんけど……」

「違う違う、トーナメントの組み合わせよ! 実に良い位置のクジを引いてくれたわ!」

「良い位置、ですか?」

「そう! 決勝でハルナに当たるまでで、首席候補のウィーレル、半分デリスの弟子みたいなテレーゼと戦えるところにいるでしょ? そいつらを降してハルナにも勝ってしまえば、もうデリスが言える負け惜しみは微塵もないじゃない! あったとしても、後は私がごり押しするわ! もう、貴女は本当にできる弟子ね、チナツ!」

「………」


 ネルにハグされ、豊満な胸に千奈津の顔が沈む。一瞬呼吸ができなくなるも、至福の感触に抗いながら冷静に酸素の通り道を確保、窒息を防ぐ。


 その理論でいけば、デリスに結構な割合で教えを乞うている自分もあちらの弟子に入るのでは? 千奈津はそう頭の中で思いつつも、言葉には決して出さなかった。数々の修羅場無茶振りこの世の地獄を乗り越えて来た聡明な千奈津は、危険を察知する能力を凄まじいレベルにまで高めている。言って良い事悪い事を理解し、この程度の空気を察する事など造作もなかったのだ。


「っと、もう時間かしらね。チナツ、次の試合の相手は誰か、ちゃんと把握してる?」

「あ、はい。確か3位の女子生徒で、名前はカルアさんという方です」

「3位かぁ~。肩慣らしにはちょうど良いかしらね。さっきの予選の相手は雑魚過ぎたし、多少の期待はしておきましょう。それじゃ、私は主賓席に戻るわ。頑張りなさいね!」

「了解です」


 来た時同様、ネルは千奈津の五感に何も感じさせず、最初からそこにいなかったかのように消えてしまった。


(私も大分強くなったと思うけど、強くなるほどに師匠の強さを実感しちゃうなぁ……)


 千奈津はネルが完全にいなくなったのを確認すると、ちょっとだけ溜息をついてから試合会場へと向かうのであった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「オーホッホ!」


 第3試合がテレーゼの勝利で終わり、会場が歓声で包まれる。高笑いをしながら舞台を降りるテレーゼは、謎の人気を発揮させていた。


「いやー、あの子が出てくると戦いが映えるねぇ」

「うむ、護りの堅い戦いという一見地味なものなのだがな。こう、堅実ながらも雰囲気が眩しいというか」


 職場に1人はいてほしい、カンフル剤的存在。それが彼女の評価のようである。悠那や千奈津も十分に注目を浴びているが、いつの間にやらテレーゼはそれ以上の注目を集めていた。


「試合開始の時間となりました。第4試合、カルア・イルク選手とチナツ・ロクサイ選手は舞台への移動をお願いします」

「おっと、次の試合も要注目だ。15位の少年を瞬殺した謎の少女と、黄金世代3位の座にいる才女。激戦になる予感しかないな」

「全く、1回戦でこの顔ぶれとは贅沢なものだ」


 そのような声が入り混じる中、試合に備えていたカルアは通路から舞台へ上がろうとしていた。


(さっきの女とメイド、関わっちゃいけないような力を感じて直ぐに離れたけど、やっぱり気になるかな。運営には連絡したけど…… ああ、もう! これから試合だってのに、余計な考えばっかじゃん。集中集中!)


 刀子との一件を未だ気にしていたカルアであったが、まずは試合が優先と気持ちを切り替える。前を見据えれば黒髪の少女、千奈津が試合の開始線に足先を合わせて既に準備を終えていた。


(当てになるのか分からないけど、ドライの予想じゃ風魔法使いって話だったっけ。身体能力にプラスして、風の補助によるスピードアップ。そう考えれば、あの常識破りな速さも多少は納得いくものになるけど……)


 次に、カルアは千奈津の持つ杖を凝視する。一般的な杖に比べて細長い、シンプルな木製の杖だった。杖の頭に宝玉が施されているとか、そういった装飾も一切なくて木を綺麗に削って棒状にしただけ、といった印象が強い。良く言えば無駄がない、悪く言えば安っぽい。そんな感じなのだ。


 対して、カルアの持つ杖は煌びやかなものだった。豊潤な魔力を蓄えた色とりどりの宝玉を付加して、根幹となる杖も紫色にコーティングしている。色彩が奇抜なのは完全にカルアの趣味によるものなのだが、そういった細かい彩りも術者の調子を左右させるもので、魔法使いの中には拘る者も多かったりする。


「ね、アンタの知り合いに灰色の髪をした馬鹿とか、銀髪のメイドとかっていたりする?」

「……いえ、心当たりはありませんが、それが何か?」

「ううん、何となく聞いてみただけ。気にしないで~」


 どちらも心当たりが多分にあった千奈津であるが、面倒事の空気を感じて知らぬ振りで通す。聞く相手が悠那だったら素直に答えていただろうなと考えながら、試合が終わったら注意しておこうと頭の中で考えを纏めるのであった。


「あとアンタさ、予選で風魔法とか使ってた? 随分と素早かったじゃん?」

「すみませんが、会得しているスキル等の質問には受け答えしかねます」

「ふーん、ざーんねん。でもさ、もしそうだったとしたら、この試合はさっきみたいにはいかないかなぁ? 私、学院一の風魔法のエキスパートで、言わば専売特許みたいなもんじゃん。風魔法なら負けないよ?」

「はぁ…… 兎も角、よろしくお願いします」


 風魔法に触れた事もない千奈津はぎこちない返事を返し、ペコリとお辞儀をして会話を区切った。完全に探りを入れられている様子で、それ以上会話を続けても利はないと判断したのだ。それに、試合前に師匠であるネルの言葉を思い返したかったのもある。


(師匠は言った。3位のこの子は肩慣らしにちょうど良い。詰まり、この試合で十分に肩慣らしをしておきなさいという意味。そうやって決勝までに私のギアをトップにまで上げていかないと、悠那に勝つ事は難しいという事。なるほど、理に適ってる。でも、全力を尽くして相手と剣を交える剣道の精神には反しちゃうかな…… せめて、最低限の礼儀は欠かないようにしないと)


 試合開始直前、千奈津はカルアの瞳を見ながら口を開く。


「カルアさん」

「ん?」

「この試合、私は酷く貴女の尊厳を傷付ける戦いをすると思います。ごめんなさい」


 千奈津は深々と頭を下げ、謝罪した。

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