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第142話 挨拶は基本!

 卒業祭は学院内で最大の広さを誇る校庭にて行われる。予算がたんまりとあるのか、毎年この場所に仮設の闘技場と観客席を設置しているのだ。俺達の戦う舞台は正方形に形作られた分厚い石板の上で、気絶やギブアップ、もしくはこの石板の場外に出てしまう事で敗北となる。あとは審判がそれ以上の戦闘の継続が無理だと判断すれば、その時点で決着だ。使う得物は申請した杖に限定され、相手を死傷させるのは禁止。学生らしく、正々堂々戦いましょう。ってのが、表向きのスローガンになっている。


「これより、ソルテ選手対ハルナ選手による第一試合を開始致します。両選手は使用を認められた杖を持って、中央の舞台へ上がりください」


 放送部による連絡がなされた。いよいよ、卒業祭が始まる。カルア達は観客席にて観戦するらしいが、俺はソルテの次に試合を控えているから、それよりも近い舞台入口で待機だ。 ……あと、あの空気の中はとてもいれたもんじゃなかったってのもある。


 舞台を見れば、丁度ソルテが向かおうとしているところだった。


「……ソルテ、頑張れよ!」

「うん。その言葉があれば百人力だよ」


 一瞬だけ笑顔を作って振り返り、ソルテは舞台へと上がる。あいつの手にはお手製の木の杖が携えられている。1年前に行った学院の授業の一環で、俺達は自分で杖を作る事になったんだ。その時に材料の木から自分達で探し出し、素人ながら自分の魔力を編み込みながら、丁寧に時間を掛けて作り上げた一品。それがあの杖だ。


 他の奴らは元の家柄が良いってのもあって、作ったのはあくまで授業科目の履修の為に、って感じでその後は他の杖を愛用していた。そんな中で決して裕福ではない俺とソルテだけは、今もあの時の杖を使っている訳だ。


 だけどよ、この杖はそんなに馬鹿にできるもんじゃないのさ。少しでも良い杖を作ろうと、材料は森の奥地にある潤沢な魔力を含む樹木で厳選したし、製作時間は普通の2倍の時間を掛けて作ったんだ。作るのが遅いと茶化されもしたが、結果としてかなりの出来の良い杖が完成した。自分で作っただけあって、杖と魔力の相性も抜群、そこらのちょっとした高級品よりも性能が良いときたもんだ。あの時は鼻を高くして、周りに勝ち誇ったものだった。


「そんな杖を使いながら、卒業祭の枠を勝ち取ったんだもんなぁ。色々と感慨深いぜ。だから負けんなよ、ソルテ。俺と一緒に地べたを這いずり回って頑張った仲間なんだからよ……!」


 ソルテは一足先に舞台へ上がり、相手のハルナって子を待っている。 ……何つうか、自分の番じゃねぇのに緊張するな。この独特の空気、血が騒ぐ? いや、冷たくなる? 兎に角、落ち着かない。


「ハルナ選手、いらっしゃいますか? 舞台への入場をお願いします」

「あ、はーい! すみません、今行きまーす!」


 再度の放送に、逆側の入口から彼女の声が上がった。どうやら遅刻しそうになっているらしい。ちょっと親近感―――


「お待たせしました~。ふー、お手洗いに行くのに迷子になりかけちゃって」


 ―――親近、感……?


「……あれ? 私、もしかして間に合いませんでした? ギリギリアウト?」


 入口から姿を現した彼女を見て、会場がシンと静まり返ってしまった。彼女を、というよりは、彼女の持っている杖らいきものを見て、か。彼女の体よりも長大な杖は全体が黒で染め上げられていて、頭の部分に凶悪な刃が施されていた。彼女は軽々と持ち運んでいるように見えるが、実際は途轍もない重量なんだと思う。彼女が芝生を歩くと、そこにくっきりと小さな足跡が残っていやがる。あれ、少しでもジャンプすればやばいんじゃないか?


「お、おい、アレって杖なのか!?」

「いやいや、どう見たって斧系の武器でしょ。刃物付いてるわよ?」

「でも、テレーゼ生徒会長の杖だって盾が付いてるし……」

「というか、何であんなの普通に持てるの? 金属製よね、あれ?」


 そんな周囲の驚き、唖然を知ってか知らずか、彼女はあわあわと遅刻を気にしていた。


「あ、ああ、いえ…… 失礼しました。まだ時間内で大丈夫ですので、舞台へどうぞ」

「よ、良かったぁ。これで失格になったら、師匠に合わせる顔がなかったです……」


 ホッと安堵の胸をなで下ろして、彼女が舞台へと上がって行く。気のせいか、彼女が歩く度に地面が悲鳴を上げているように感じられた。


「予め皆様にご連絡致します。出場選手が持ち込む杖に関しては、我々運営と教師陣による事前確認が既に済まされています。中には今回のハルナ選手のように外見上杖に見えないものもあるかもしれませんが、杖術スキルの発動を以ってこれらを認める事となりました。代々我が校に伝わるマジックアイテムでの判別ですので、不正がない事をここに証明致します」


 運営と放送部はこの事態を予想していたようだ。皆が感じている疑問に段取り良く答えている。だが、マジで認めちゃって良いのか、あんな杖を!? テレーゼ生徒会長のは防御特化であの人に信頼があったから、何となくなあなあで認めていたところがあったけどさ、アレはどう見たって殺傷するもんだろ! 人を殺す為に作ったもんだろ!


「ソルテさん、ですよね? 今日はよろしくお願いします! アーデルハイト魔法学院を代表する生徒さんと戦えるなんて、とっても光栄です!」

「私も光栄です、ハルナさん。胸をお借りするつもりで、やらせて頂きますね?」

「あはは~。私、お貸しするほど立派な胸は持ってませんよ~。寧ろ、ソルテさんの胸を借りたいくらいです!」

「………」


 俺と挨拶した時と、何ら変わりない人懐っこい笑顔でソルテと接するハルナ。とてもこれから試合をしようとする者の顔じゃない。あと、あれは冗談で言ってるのか本気で言ってるのか、その辺りも判断に困る。


 油断するなよ、ソルテ。特にあの杖には注意するんだ! 俺はソルテに向かって、そう念じる事しかできなかった。


「―――試合開始の時間となりましたので、出場選手は舞台上の開始線に立って頂くようお願いします。用意はよろしいですね?」

「いつでも」

「大丈夫です!」

「ありがとうございます。それでは試合――― 開始っ!」


 試合開始を知らせる炎魔法が、舞台外部から上空へと飛び上がった。


「ディーゼフィルト」

「―――っ!?」


 合図の炎が出たと思ったら、舞台の上が一瞬にして暗闇で包まれた。まるでそこだけ大量の蛸墨をぶちまけたの如く、黒一色で全く奥を見通せない。それは観客席も同じだったようで、俺と同じように皆席から身を乗り出していた。


 そして、俺は見た。舞台が暗闇で包まれる直前、あのハルナって子の瞳が別人のものへと変わるのを。こんな遠くにいるってのに、背中に冷たいもんを感じてしまった。


『決して見せかけに惑わされず、油断しない事ですわ』


 テレーゼ会長の言葉が頭の中で再生される。ああ、こういう事だったのか。あの子の眼は、決して相見えちゃいけないもんだ。俺にできる事はもう、ソルテに注意を促す叫びを上げる事しかできない。


「闇魔法の使い手だっ! ソルテ、気を―――」


 だが、もう全てが遅かった。俺の叫びを遮るように、暗闇の中から何かが飛び出したんだ。勢いよく、迷いなく。試合が開始されて何秒も経っていない、まだそんな時間だ。一体何が飛び出したんだ? 杖か? 魔法か? ああ、分かってる。分かっているさ。学院に通ってもうすっかり見慣れてしまった人影なんだ。見間違える筈がない。


「ソ、ソルテェーーー!?」


 舞台から突き飛ばされ、場外へと飛び出したのはソルテ自身だった。口元から鮮血を流し、手に持っていた愛用の杖は真ん中からバッキリと折れている。それ以上の外傷はここからじゃ分からない。色々な感情がごちゃ混ぜになる中で、俺は無意識に走り出していた。


「しょ、勝負ありですっ! 勝者、ハルナ・カツラギ選手!」

「不味いな。医療班と担架、早く来いっ!」

「ソルテ、ソルテッ!」


 近くにいた教師や俺がソルテに駆け寄る。たぶん、その時にはもう暗闇は晴れていたんだろう。闇が消えると、ソルテが立っていた開始位置にハルナは佇んでいて、実に満足そうに口を開いた。


「ありがとうございましたっ!」

ツイッター始めました。

うん、むずい。

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