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第133話 想い出の品

 ―――修行20日目。


 ジーニアスへと向かう約束の日。集合場所は前回と同様に城下町ディアーナの東門だ。相変わらず、この辺りは人や馬車の行き来が多い。ただ、1つだけ前回と異なるところもある。それがこれ、移動の為に雇ってもらった交易用の馬車である。


「師匠、走った方が速くないですか?」

「ギルドで商人の護衛依頼を受けたからな。馬車に乗って移動するだけで小金が稼げる」

「いや、乗るだけじゃなくて、ちゃんと護衛してくださいよ、旦那……」


 馬車から出て来るは、俺を旦那呼びするナイスミドル。刀子じゃないよ、雇い主の商人さんだよ。刀子の奴はお城でお留守番である。


「あ、今日はよろしくお願いします! 護衛、頑張ります!」

「こちらこそ、よろしくね。おっと、その制服は学院の生徒さんかい?」


 今日のハルは既に制服に着替えている。いつものポーチも忘れずに腰にセット、完璧だ。


「そんなもんだよ。数日後にアーデルハイト魔法学院で卒業祭があるからさ、移動ついでに護衛する感じだ」

「ああ、急に日程が早まったって噂の…… あの祭り、一般公開はされないけど、生徒さんや親族、御国のお偉いさん方はいらっしゃるそうだからね。あっしには関係のない話だが、今頃大慌てでジーニアスに向かっているんじゃないかい? 特に遠方の人達はさ」

「全く、迷惑な話だよな。上の都合でこうも振り回されちゃ、とてもじゃないがやってらんないよ」

「ハッハッハ、そうですなぁ! ま、旦那は隣街だから良いじゃないですか。朝の今から出発して何事もなければ、夕方頃には到着する筈ですよ」

「何事もなければ良いなぁ。最近出たんだろ? でっかいグリフォンがさ。次は盗賊でも出るんじゃないかねぇ」

「その時はちょちょいと頼みますよ、旦那。生徒さんもね」

「はい! グリフォン程度なら素手で撃退します!」

「フフッ、大きくでたなぁ」


 世間話もそこそこに、ナイスミドルは荷物の最終チェックをしに行った。さ、そろそろ約束の時間か。いつも通りなら、ここいらで―――


「―――お待たせ。待った?」


 ほら、来た。振り返れば、視線を合わそうとしないネルと制服姿の千奈津がいた。


「おはようございます…… あ、馬車だ……」

「おはよう、俺らも今来たところだよ。 ……千奈津、痩せたか?」


 痩せたというか、精根尽き果てているというか。馬車を見た瞬間に、パアッと表情が明るくなった気がする。


「大丈夫です。ただ、馬車の中で少し寝かせてもらえれば、もっと大丈夫になると思います……」

「そ、そうか。移動中はハルのお勉強を手伝ってもらおうかと思っていたんだが、何か寝させた方が良さそうだな……」

「勉強中止ですか!?」

「ハルはお勉強確定な。お前元気だし」

「あわわわわ……」


 こうも疲れ果てた千奈津の姿を見せられると、いつも無茶振りをしていた俺も遠慮せざるを得ない。ハルは寝て起きれば爆発した頭も元通り、回復力に定評のある弟子である。しかし、千奈津の疲れようは普通じゃないな。何をしていたんだ?


「ふふん。馬車で移動するって聞いたから、明け方ギリギリまで鍛錬漬けにしていたのよ。私も千奈津も、移動中は一切使い物にならないと知りなさい」

「千奈津は兎も角、お前もかよ」

「正直眠いわ。デリス、移動中は肩を貸しなさい」


 甘えたいならせめて視線を合わせてほしいのだが。


「分かった分かった。ほら、お前は目立つんだから、先に馬車に入ってろ。ナイスミドルに挨拶を忘れるなよ?」

「どんなミドルよ。また子供扱いして……」


 ネルはブツブツ言いながら馬車へと向かって行った。その時、ネルが腰に付けている剣がふと俺の目に入る。最初に違和感、次に懐かしさを感じる。


「おい、その剣って冒険者時代の奴じゃないか? 今使っている炎剣はどうした?」

「デ、デリスには関係ないでしょ。突発的に使いたくなっただけよ!」


 赤面したネルは、ズンズンと馬車を粉砕しかねない足取りで乗り込んで行った。千奈津は申し訳なさそうに頭を軽く下げ、ネルに続く。 ……あの剣は昔、気紛れで俺がネルに買ってやったものだ。まだネルが、ハルよりも幼かった頃の、それくらい昔。使わなくなった今でも持っていたんだな。ちょっと、いや、かなり意外だった。


「何だかネルさん、師匠と仲直りしたそうにしていましたね」

「……そう見えるか?」

「とってもそう見えます」


 ふーん……


「ええっ、ネル騎士団長!? 何でこんなところに!?」

「うるさいわよナイスミドル! ナイスミドルなら察しなさいよ!」

「すみません、すみませんっ! 師匠、抑えて……!」


 ふーん……


「ご主人様、お待たせしましたー! トーコちゃん用の制服、用意しましたよー!」

「旦那、やっぱり俺も付いてくー! ほら、無理言ってゴブ男に制服を仕立ててもらった!」

「ゴブー!」


 ふーん……


「あれ、ご主人様……? ハルちゃん、ご主人様どうしたの?」

「うーん、ちょっとセンチメンタルな気分なのかと」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ディアーナを出発した馬車。中は想定していたよりも静かで、皆の寝息のみが聞こえるだけであった。


「すぅ……」

「くぅ…… くぅ……」

「ぐがぁー」

「ふひぃー…… ああ、駄目、そこはっ…… むにゃ……」

「………(プスプス)」


 ああ、ハルの頭が焦げる音もあったな。


「ハハハ、皆さんお疲れのようですな……」

「ゴブ!」


 操馬台の商人が笑みを浮かべるも、その笑いは酷く乾いている。それも仕方のない事だ。雇った護衛が熟睡しているんだもの。うん、これは俺にも予想外だった。ネルと千奈津に釣られて、刀子とリリィも寝やがった。代わりに不眠を貫けるゴブ男が商人の隣で警戒の目を強めるも、まだ商人は不安そうだ。


 格好だけでも手伝いたいものだが、俺の肩にはネルが体を預けているし、その反対側ではハルの勉強を見てあげているのだ。残念ながら、これ以上は仕事できません。


「大丈夫、事が起きればやる奴らなんで」


 せめて、手八丁口八丁で彼を安心させてあげよう。


「事が起きる前に何とかしてほしいんですが…… まあ、騎士団長様がいらっしゃれば、大抵の事は大丈夫だと思いま―――」

「―――ゴブ?」

「おや? 旦那、お宅のゴブリンさん、何かに反応しているようですよ? 気になるものでもあるのかい?」

「ゴブ、ゴブゴーブゴブ、ゴブ!」


 ゴブ男が身振り手振りで説明する。説明、しているんだと思う。


「……旦那、何て?」


 俺に聞くなよ。ゴブリン語分かんねぇよ…… 但し、ゴブ男が伝えたいであろう事は既に察知している。


「結構な数に囲まれているな。盗賊かな?」

「ええっ、盗賊!? 旦那、有事ですよ! 皆さんを起こしてくだせぇ!」

「ああ、大丈夫大丈夫。1人起きてるんで。ハル、勉強は一端ストップ。ストレス解消してきていいぞ」

「………(プスプ―――)」


 ハルの頭に灯っていた黒い煙が止まり、ゆっくりと立ち上がる。


「師匠! 私、思いっ切りやってきま―――」

「不殺な」

「―――す、え?」

「殺さない練習だよ、練習。学院の生徒相手に行き成り本番は怖いだろ」

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