第128話 約束された修羅場
「―――という事があってだな。とても疲れた……」
「は~、刀子ちゃんって1度そう決意したら、一途に走っていっちゃうところがありますからね。お疲れ様です」
「ま、その代償として刀子という練習相手を手に入れた訳だ。明日からの鍛錬に役立てるぞ」
「はい!」
俺が刀子から解放されたのは、引っ越しに際して必要となる行先の下見や、その他女性陣が要望している生活必需品の買い物が終わってからであった。街の案内、荷物持ち(刀子も持ってはいたけど)を完遂し、結局今日はスクロールを見に行く事ができず、クタクタになって帰って来たのである。女性の買い物に付き合うと、主に男が疲れるのはなぜなんだろうな。こう、肉体的にも精神的にも。これがハルなら気楽なもんなんだが。
「ハァ!? ご主人様、それってデートじゃないですか! 体良くデートしちゃってるじゃないですか! 同居している私でさえ、まだ2人っきりのデートなんてした事ないのにっ!」
「デートじゃねぇよ、引率みたいなもんだよ。あと、お前は同居じゃなくて居候だからな」
「どっちも似たようなものです!」
寝そべりながら本を読んでいたソファからバッと起き上がって、唐突にリリィが声を張った。こいつ、久しぶりに仕事をしたからか、かなり強気になっているな…… メイドとしての仕事は、一切こなせていないと自覚しているんだろうか? 確かに工作員としては超有能だし、俺としては文句ないけどさ。
「どっちでも良いが、もう済んだ話だろ」
「済んでません~! ご主人様がそう思ったって、第三者からすればそうなんです~! それに、もしそんな事があったって、突貫が生き甲斐のネルが耳にしたらどうするんですか? きっと、弁明の時間はないですよ?」
「……その時はまあ、この街が灰塵と帰す。俺も努力はしたんだが、これが限界だった」
「そう、ですね…… その時は、これが運命だったと割り切りましょう……」
「ああ、やるべき事をやった。後は運命に身を任せよう……」
「……折角だし、私ともデートします?」
「断る。炎に油を撒いてどうする……」
「「………」」
「もう、2人して黙り込んで~。師匠もリリィ先輩も冗談が上手ですね。それよりも、お夕飯ができるのでテーブルを空けてください」
割と本気で頭を抱えていた俺達。しかし、起こるか分からない破滅よりも、まずは目先の空腹を満たすのが先決だ。今日の夕飯何かしら~っと?
「了解だよ~。ゴブ男君、カムヒア~」
「ゴブー」
「それくらい自分でやれよ、リリィ……」
そして、こいつがメイドとして開花する日は果たして来るのだろうか?
「ちなみに、今日の献立は寿司です!」
「スシ……?」
「ゴブー」
「寿司!? 作れたのか、ハルっ!」
「形だけのなんちゃって寿司ですけどね。新鮮どころを選んだつもりですが、一応身は炙ってありますので」
いつもの団欒に美味い料理。さっきまでの絶望感はもうそこにはなく、平和な日常が家の中に広がっていた。ああ、これぞ平和を愛する俺に相応しい生活。皆が俺と同じ気持ちになれば、世界は平和になるのにな。 ……と、俺もこの時はそう思っていました。
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それは、突然現れた。俺達が夕飯を食べ終え、各々が自由に時間を謳歌する、その時に。居間のソファに座る俺は、今日ハルに届いた手紙の内容を読み返していた。どこかに小さな字で、更なる注意事項が印されていないかを確認していたのだ。だから、まず第一にそれを見る事はなかった。最初にそれを目にしたのは、玄関が正面に見える位置で食器の後片付けをしていたゴブ男だ。
―――ガシャーン!
運んでいた皿が床に落ち、何枚かのそれらが粉々に砕け散る。何だ、ゴブ男がミスをするなんて珍しいな。最初、俺はそう思いながらゴブ男の方へと視線を移したんだ。その時のゴブ男の表情は忘れられない。赤い肌が不自然に青ざめて、ゾンビなのに酷く怯えているようだったんだ。ハルやリリィも、この時になって何らかの異常が起こっている事に気が付く。次いで見るのはゴブ男が見ている方向、玄関となる。
「……デリス、いるかしら?」
たぶん、俺もゴブ男みたいな顔になっていたんだと思う。そして、見なければ良かったと酷く後悔。ああ、もう分かったと思うが、そこにはネルがいた。ドアのノブが音もなく捻じ曲げられ、怒りを爆発する寸前になっている、歩く核弾頭状態のネルさんだ。止めようとしているのか、ネルの腰のあたりに千奈津が抱き付いて、必死の形相で何かを叫んでいた。叫んでいるのだが、ネルの第一声のインパクトがあり過ぎて、俺らの耳に届いていない。
「デリス、ちょっと今日の行動について、お話ししない?」
あかん、武力行使に出る気だ。家が吹き飛ぶ。
「ふん。ネル、ここはご主人様の家なのよ? 行き成り扉を壊してお話ししましょうは、ちょっと失礼じゃないんですかぁ? てか、修理代出しなさいよ」
おお、リリィがネルに立ち塞がった。それどころか、恐ろしい事に修理代まで請求してくださっている。流石は大八魔、怖いもんなしだ!
「……あん?」
「………(ビクッ)」
大変だ、大八魔様が恐怖を知ってしまった! などと呑気に馬鹿な事を考えている辺り、俺も随分と混乱している!
「ネルさん、ちょっと待ってくださいね。今お茶を淹れますから。それまでに殺気を抑えて頂けたら、私としてもありがたいなって(ウズウズ)」
果敢にもハルも前に踏み出す。ただ、こいつの場合は戦いたい衝動に駆られているだけだ。弟子と居候に任せてばかりではいられない。俺も前に出る!
「よ、よう、ネル。元気そうで何よりだが、どうかまずは怒りを鎮めてほしい。話はそれからだ」
「一体どの口がそんな事を言うかしらねぇ。ムーノから聞いたわよ。今日1日中、若い女と楽しそうに遊んでいたらしいじゃない?」
ム、ムーノくぅん!? 一歩後退っ!
「ですから師匠、それは誤解ですって! その女の人っていうのは刀子の事で、デリスさんは城を出る準備を手伝っていただけなんです! ちゃんと本人からも確認を取りましたから!」
おお、千奈津、千奈津が言ってくれた。さっきまで声を掻き消されるまで存在を認識してなかったけど、俺が釈明したい事を全て言ってくれた! 流石は騎士団が誇る相談役だ!
「あ、それは嘘だぜ。俺としては旦那と同棲したいレベルで愛している」
「と、刀子、いつの間にっ!?」
ネルが放つ殺気で空間が歪んでいて気が付かなかったが、ネルと千奈津の背後に刀子がいた。おじさん、この歳になって初めて知ったよ。略奪愛って怖い……
「……貴女、この前に散々私に半殺しにされて、よくそんな事を口にできたものね」
「戦いってのは相手が強いほど燃えるものだし、恋だってそうだろう? 戦いは悠那が相手で、恋はアンタが相手。俺は一切妥協しないぜ」
ネルと刀子、2人の間で火花がジリジリと散っている。かと思えば、ネルは反転してツカツカと俺に向かって歩き出した。リリィとハルの間を通り、腰に抱きつく千奈津を引きずりながら。そして俺の衣服の襟を両手で掴み、ジッと視線を合わされる。目は据わっており、逸らす事は許されなかった。あれ、これってピンチ? ひょっとしてピンチ?
「デリス」
「は、はい……?」
「結婚しましょう」
「……は?」
「悪い虫が付く前に、結婚しようって言ってるの」
「………」
「するの? 死ぬの?」
「あ、はい…… 結婚、しようか……」
僕達、結婚する事になりました。




