第127話 不条理な浮気
「―――って事があってよー、めっちゃ腹立つんすわ!」
「お、おう、そうなのか……」
ここは街の甘味処、ハルに連れられて刀子と初めて出会った店である。そして、俺が座る椅子の向かいにはその刀子が座り、色々と不平不満を漏らしていた。俺はそれに適当な相槌を打つだけである。はて、俺はどうしてこんな所にいるのだろうか? いや、甘い食べ物は好きな方だ。ただ、今回はその為に街へと出て来た訳ではなく、卒業祭の予定をネルと合わせに騎士団本部へと赴き、その帰りにちょっとスクロールを買いにホップステップランランしていた筈だ。それがなぜ、刀子と同じケーキをつついているのか。
そりゃ本部から街に向かう途中で、刀子に捕まったからだろうが…… こいつは本当に野生の勘を持っているのか、如何にもな曲がり角で俺とぶつかり、俺はそのまま手を取られこの店へと強制連行されてしまったのだ。有無を言わさぬ早業はネルの如く、判断力はハルの如く。クソ、こんな時に我が家のオカン、ハルさんは家で留守番中だ。せめてハルがここにいれば、それなりの言い訳も立つのだが、あいつがいないこんな場面をネルに見られようものなら、開店して間もないこの店は、早々に畳まなければならない惨状になってしまう。
「でさー、あんまり挑発するもんだから、ついついガツンと殴っちゃったんすよ。そしたら晃の奴、予想以上にぶっ飛んじゃって。ハハ、マジうける!」
「そっかー、勇者君ぶっ飛んじゃったかー」
そして、ここで予想外の出来事が起こっていた事を打ち明けられる。クラスメイトのリーダー格だった筈の勇者君が、昨日刀子に倒されてしまったのだ。おいおい、お前さん卒業祭が終わった後のライバル候補だったろとツッコミを心の中でし、事実上刀子の一強体制となってしまった事に頭を抱えるのであった。ああ、貴重なハルの経験値が……
「あ、ちょうど良いからこの場で言っちまおう。俺と連れの女子何人かが、近いうちに城を出る事になったんだ」
「そっかー、ヨーゼフのじじいの面目も丸潰れだな。フハハ」
「じーさんもかなり呆気に取られていたからな。それ以外に残ってる奴は、晃のグループの男にファンの女、どっちつかずのなあなあで城にいる奴、個性派が数人って感じだ。どーよ旦那、俺役に立ってる?」
「実にありがたい情報提供だ。惜しいのは、ヨーゼフが苦悩を浮かべる表情を直に見られない事だな」
ふーむ、どうも刀子はこれを教えたかったようである。個人的には城内のスパイとして、これからも活躍してもらいたいものだが、こいつの恋心を利用しているようで、非常に気が引ける。
―――気のせいか、てめぇは非常じゃなくて非情だろとの天の声が聞こえてきた気がした。たぶん気のせいだろう。俺は友好的な者に対してはジェントルメンであると、巷で専らの噂なのだ。ソースはリリィ。
「そんなに褒められると照れるぜ! じゃ、城から出た後、俺達はデリスの旦那の世話になるから、よろしくな!」
「そっかー、城を出た後はデリスの旦那の世話に――― ちょっと待てい」
「ん? どうしたんだ、旦那? 遠慮しなくていいんだぞ?」
「いやいや、どうして俺のところに来る事になってんだ!? というか、今俺達って言わなかったか!? 何、連れの女子を全員連れて来る気か!?」
「そんなん、当ったり前じゃねぇかよ~。だって俺、城の外で頼れる人が旦那しかいないし? 旦那的にも酒池肉林の方が幸せかと思ってよ。ほら、意外と皆旦那に興味持ってたし」
こ、こいつ、スパイどころかスナイパーでやがった……! ネルとは真逆を行く一夫多妻制を自ら許容し、ネルと戦うつもりなのか!? 刀子としては好意と厚意での考えなのかもしれないが、これを許容すれば俺の家が赤で染まってしまう。主に俺の血とネルの炎で……! あと、お前の場合は誰を頼らなくとも野生で十分通用するから!
「お前、何て残酷な事を考え付くんだよ…… 本当に人間か?」
「あはは、だからそんなに褒めるなって。旦那ほどじゃないぜ!」
褒めてないし、逆に俺を貶しているのかな?
「刀子、お前の気持ちはありがたいんだが、俺にはネルがいるんだ。正直な話、お前の好意には応えられない。お前らが新しく住む場所にしたって、うちはもう許容限界だ。今でさえリリィが居間のソファで寝てるくらいだからな。そこにネルが加われば、修羅場がもう常時発動だ。だから悪い事は言わない。諦めろ。最悪、衣食住くらいなら俺が準備してやるから」
「何言ってんだ旦那ぁ! 常識は打ち破る為にあるんだぜ!? 修羅場が怖くて略奪愛ができるかぁ!」
……いかん、いかんぞ。ここにきて、刀子がぶっちゃけ過ぎている。本能に忠実で、略奪愛だと分かってやっている辺り、鉄砲玉よりよっぽど危険な存在だ。まず理詰めによる説得が通じない。
「ヒソヒソ(何あれ、修羅場とか略奪愛とか浮気とか言ってるわよ)」
「ヒソヒソ(あの人、前にもこの店で見た事があるわ。可愛い女の子2人を侍らせていた男よ)」
「ヒソヒソ(まあ、不潔! いやねー、自業自得じゃない!)」
「ヒソヒソ(ねー)」
そして声がでかい。周囲の女性客の注目を一身に浴びている。お願い刀子、一端止まって!
「と、刀子、頼むからその逸る気持ちを抑えてくれ。現在進行形で俺が困る……」
「ん、そうか? まあ、旦那の頼みなら仕方ねぇな。今だけはこの気持ちを抑えてやるよ。でもよ、俺が近くにいれば便利だぜ? 祭りがあるとかで、暫く悠那と千奈津は本気でバトれないんだろ? なら千奈津の代わりに、俺が悠那の相手をしてやるよ。俺なら相手にとって不足なし、だろ?」
む、そっちの提案はマジで嬉しい提案だな。組手するにも一苦労だからなぁ、ハルは。それに、五分五分の実力を持つ者を相手にした方が、より実戦に近くなるし。ただ、少し疑問もある。
「……確かにそうしてくれると助かるが、よくその話を知ってたな? 俺がハルに今日伝えたばかりの事だぞ?」
「俺が知ったのもついさっきだぜ? 具体的には城を出る直前に聞いたんだけどよ、ムーノとかいう騎士がそこら中で自慢げに話していたんだ。それを理由に千奈津の練習相手に団長から選ばれたとか、的役? だとか言ってた」
ムーノ君が犯人だったか…… いや、それよりも的役!? ネル、お前はまたどんな鍛錬をしようとしているんだ。
「分かった。練習相手をしてくれるって話については、こちらからもお願いしたい。ただ、住む場所だけは勘弁してくれ。代わりに、近場で良い物件を探してやるからさ」
「んー…… 分かった、流石にあいつら全員を住ませろってのは無理な話かもな。それで今は我慢する!」
辛うじて命拾いした、か? したよな?
「ああ、助かる…… 後で連れの人数を教えてくれ」
こうして、卒業祭に臨むまでのスパーリング相手がハルにできたのであった。
「ところでデリスの旦那、寝床がないならでけぇベッドを買ったらどうだ? ほら、詰めれば全員入るだろ。お、これって名案じゃ―――」
「………」




