第116話 学院へ
―――修行17日目。
「つー訳で、任務も一応は完了したし、俺ら城に戻るから」
渕の相談の翌日、予め聞いていた予定通り刀子達が屋敷を立つ事となった。渕や織田らも共に出発し、途中で別々になる算段だ。刀子もその話は渕から聞いていたようで、快く? かどうかは謎であるが、協力はしてくれるという。実際にアーデルハイトの王城へと戻るのは刀子だけなので、彼女にはネル直筆、オマケして俺の一筆も入ったヨーゼフ宛てのお手紙を持たせた。当然これだけで終わりではないが、この手紙だけでも大分時間は稼げるだろう。その間に渕達はすたこらさっさと国外へ。帰還方法の探索と共に、目ぼしいスクロールのリサーチも是非とも頑張ってほしい。おじさんは未来ある若者達を応援しています。
「鹿砦、その…… デリスさんと幸せになっ!」
「はい?」
織田は織田でまだ誤解しているのか、千奈津と見当違いな別れの挨拶をしていた。この一場面だけ切り取れば、青春のひと時のようにも感じられる。だがな、甘酸っぱい展開はそこまでにしてほしい。
「デリス、ちょっと話があるから後で顔を貸しなさい」
でないと、俺の口の中が血反吐の味で満たされる。ミシミシと俺の肩に手を掛けたネルの指先、正に万力の如し。
「あーっと、デリスの旦那よ。もしかしたら、これからもちょくちょく悠那を倒しに行くかもしれないから、その時はよろしく頼むなっ! 悠那も俺に負けるまで、誰にも負けんなよっ!」
「刀子ちゃんもねーっ!」
「しっかり毎日歯は磨くのですのよー!」
ブンブンとハルとテレーゼが手を振る中、刀子達は旅立って行った。僅かな期間の付き合いだったが、インパクトが強過ぎて暫く忘れられそうにないな、これは。何かと理由を付けて、しょっちゅう襲来して来そうな予感がある。渕が言ってた話もどうしたものか…… こっちはマジでネルの逆鱗に触れる案件だもんなぁ。
「おや、もう出発してしまったのかね? 私からも挨拶の1つもしたかったのだが」
「あら、お父様。いらっしゃったのですね、気付きませんでしたわ!」
「ハッハッハ、テレーゼを驚かせようと思ってね」
刀子達を見送った直後、お屋敷から姿を現したのはオルト公だった。昨日の夕方頃に遺跡の後始末を終えたらしく、夜遅くに帰って来ていたのだ。尤も、その頃にはテレーゼ嬢やハルは就寝していて、顔を会せたのは俺とネルくらいだったのだが。ネルの変装? うん、また空気を読んでもらったよ…… ま、心なしかウキウキしているようだったし、本気で愛娘を驚かせたかったんだろう。
「オルト公、この数日間泊めて頂き感謝しています」
「いやいや、礼を言いたいのはこちらの方だよ。立場上、テレーゼの友人を屋敷に泊めるような事はなかなかできなくてね。こうして同世代の子達を招き入れられて、テレーゼも喜んでいるだろう」
「そうですわ! デリスさんのお蔭でレベルアップの目途も立ちましたし、万々歳ですのよ!」
「な、何ぃ!? 天才のテレーゼが更にレベルアップだと……! それは本当かね!?」
「マジですのよ! オーホッホ!」
うん、良い人達なんだが、やっぱり2人合わさると疲れるのな……
「さ、俺達もそろそろ出発致しますかね」
「何だ、デリス君達も街を出るのかい?」
「いえ、今日は学院の方に顔を出したいと思いまして。学院内に知人がいるので、少し話でもしようかと」
「そうなのかい? なら、テレーゼに案内を頼もうか?」
「元からそのつもりでしてよ。今日から休み明けの登校日ですし、共に向かうと致しましょう。準備はよろしくて?」
パチンとテレーゼが指を鳴らすと、どこからともなく煌びやかな白い馬車が屋敷前にやって来た。馬車を操るは、どこかで見た覚えのある使用人兼護衛の皆さん。どうやら、これに乗って登校するつもりらしい。おっと、その前にハルと千奈津にはこれに着替えてもらわないとな。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「おっ、生徒会長の馬車だ。今日も真っ白だな」
「生徒会長、おはようございまーす!」
「皆さん、おはようございます! 今日も1日、バリッとズバッといきますわよっ! オーホッホ!」
テレーゼ嬢がデザインしたらしい、高貴なる馬車に揺られながらアーデルハイト魔法学院へと向かう俺達。身を乗り出し道行く生徒達に笑顔を振り撒くテレーゼ、そして誰から見ても目立つであろうこの馬車に乗るのは、なかなかに恥ずかしさもあり、徒歩で行きますと丁重にお断りしたかった。しかし、テレーゼ嬢の背後に控えるオルト公から放たれるプレッシャーが、愛娘の厚意を無下にするなと無言の圧力として放たれていたのもあり、渋々ながらご一緒する事に。
仲間達の中で俺と同じ心境なのは千奈津だけのようで、後はハルやネル、果てはリリィまでもが当たり前のように乗っていた。馬車の小窓から景色を眺める余裕さえありやがる。ハルの場合、視線を気にするよりも景色の方が気になるようだ。
「昨日一昨日は制服姿の生徒さんがあまりいなかったのに、今日は沢山いますね」
「学院が休みだったらしいからな。制服の着用義務があるのは授業がある日だけで、それ以外の日の服装は自由なんだよ。登校日は見ての通りだ」
アーデルハイト魔法学院の制服は、魔法使いのローブと日本の制服の中間といった感じの代物だ。全体的にゆったりしていて、スカートやリボンなど学生らしいところを残している。学院指定の魔女らしいとんがり帽子もあるのだが、こちらの着用義務はなく、個人に被るかどうかを任せているようだ。ちなみにテレーゼは、目立たなくなるという理由で被らないらしい。それで良いのか、生徒会長。
「あの…… 師匠、デリスさん。何で私と悠那も、その制服に着替えているんでしょうか?」
「なぜって、なあ?」
「ねえ?」
千奈津の言う通り、2人には学院の制服を着てもらっている。リリィに前もって準備させた、れっきとした正規の品だ。リリィの見ただけでスリーサイズを見極める無駄に正確な能力によって、どちらもピッタリなサイズに仕上がっているのだ。
「卒業祭の会場視察もしなくちゃならないからな。本番じゃその服装で臨むんだし、何よりもほら、制服を着れば目立たないだろ?」
「まあ、そうでしょうけど…… 私達、街に入る時から目立ってませんでした?」
「それは素直にすまん。馬車を引かせて街に入ったのは不味かった」
「まあまあ、千奈津ちゃん。この制服可愛くて、私は良いと思うな~」
「う、うん。可愛いのは認めるけど……」
ハルのフォローもあって、千奈津は何とか納得してくれたようだ。学長推薦枠を使うと言っても、表向きは一時的に学院の生徒になるんだ。格好だけでも生徒になってもらわないと。ちなみにリリィはいつものメイド服だが、俺とネルはそれなりに外用の恰好をしている。ネルに関しては眼鏡による変装もなく、紛れもない騎士団長のネルとして出向くようだ。これから学長にお願いに行く訳だし、恰好は大事だもんな。威圧的な――― 社交的な意味で。




