sub.黄昏の来訪者 part2(3)
オレら二人はとりあえず広場を出て、子供の曖昧な記憶を頼りに家を探し始めると、目印になりそうな噴水がある場所へと出た。
その道中でお互い名乗るくらいはすることに。子供は『ルカ』というらしい。
「ここなら印象は強いだろうが……何処なんだよ」
「うんとね、あっち!」
「……あっち、こっちじゃ伝わんないぞ」
「えーと……ふんすいのこっちのおててのほうまがってた」
少し迷いながら、ルカは左の手を挙げる。
……左か。ちぐはぐな説明で正直いってあまり頼りにはならないが、他に手掛かりもない。とりあえずは行ってみるか。
そう決意して、二人で左の曲がり角へと入った。そのまま直進して行くと、やがて石のタイルで舗装されていた道が不意に途切れる。建物も少ないし、王都の郊外へと出たようだ。
「で、次は何処だって?」
「うーんとね……おかあさんはいつもこっちあるいてた!」
次にルカが指差した方角は今歩いてきた道での突き当たりの右だった。入る前に道の奥に目を凝らしてみたが、ルカの家どころか建物らしい建物も見当たらない。本当にこっちで合っているんだろうな……?
だが、ルカの言葉はさっきよりも自信があるように感じられる。恐らく、見覚えのある景色なんだろう。街の外れだし、建物も少ない現在地。こいつの記憶が正しいとすれば、もうすぐ見つかってもいい筈だが……とにかく行くしかないか。
「ねーねー、おねえちゃんのおうちはどこにあるの?」
そうしてしばらく辺りを見回しながら歩いていた道中で、ルカが不意にそんな質問をしてきた。
……チビの癖によりにもよって、そんな一番答えにくい質問しやがって。大人気ないとは分かっていても、げんなりとした表情を浮かべてしまう。
「いや、オレにはここに土地勘自体ないが……」
「『とちかん』ってなあに?」
「この場所の知識ってことだ。オレはここには住んでいない」
「おねえちゃん、おうちないの?」
「ここに住んでいないだけで、別の場所に家はある」
「ふぅん……?」
ルカはよくわからないというように首をかしげる。
だが、それでいい。こいつに話したところで解決する訳じゃない。分からないなら分からないまま、済んでくれれればそれでいい。こいつがうっかり口を滑らせて、余計な奴に首を突っ込んで欲しくないから。
そんな話をしていると、視界に丸太をそのまま打ち付けた家が一件、建っているのが入ってきた。こんな町外れの場所で、ここから視認できる家はそれだけ。この家、もしかしたら……
「あっ! おうちあった!」
ルカが嬉しそうに顔を綻ばせながらその家を目指して全速力で駆け出す。やはり、あの家がルカの家らしい。
ようやく家へと帰れたルカは、早速扉を開けようと背伸びして扉を引こうとするが、背が低いために届かない。仕方なく、オレが傍に行ってノックをした。
ノックをしてから少しすると、扉が開いてルカの母親らしき妖精が出てきた。その妖精はルカを見るなり、驚きの表情を見せた。
「まあ! こんな時間までどこいってたの!」
「ご、ごめんなさい」
母親妖精はルカの状態を確かめて、何事もないとわかるとほっと息をついた。その後に、オレに気がついたようでかがんだ状態のまま、オレを見上げた。
「あら、あなたは……?」
「このおねえちゃん、わたしをおうちにおくってくれたの!」
「あ、ああ。まあな」
「そうだったの。ありがとう、ついてきてくれて」
母親妖精は頭を下げる。そんな母親妖精の態度に、オレは思わず首を振った。
「大したことじゃない。放っておくのは気が引けたからな」
「ねーねー、おかあさん。おねえちゃん、おうちないんだって」
「あっ、おい!」
「え⁉︎ そうなの?」
「いや、家はあるって……」
色々誤解される前にこの国には家がないだけ、親とここで観光中にはぐれたと、適当にはぐらかして説明した。
……鏡を通ってきてこんなところに来たなんて、信じられる筈がない。
「そうなの。ごめんなさいね、早とちりしちゃって。でも宿もないんじゃ流石に可哀相ね……。そうだわ! 今日、ここで良ければ泊まっていかない?」
「は? いや、オレはこいつを届けただけだ。そこまでされる程のことじゃない」
「いいのよ、ほんのお礼。それに……この子もすっかりその気のようだし」
母親妖精は微笑みながら視線を下に向ける。オレもつられて見ると、ルカはオレの法衣の裾を嬉しそうに握っている。
この様子じゃ、離してくれそうにないな……。
「じゃあ……言葉に甘える」
「わーい!」
「ふふっ。さあ上がって。少しでもくつろいでちょうだい」
母親妖精の言われるままに中に入らされ、流れでテーブルの前の椅子に腰掛ける。
素材の丸太が剥き出しの壁、ツヤツヤに磨かれたフローリングの床と、何処にでもありそうな一般的な民家。天井に吊るされたランプの光がその中を優しく照らし、家の暖かみを感じる造りだった。
「それは、あなたの食材?」
オレがテーブルに置いた、夜に食べるつもりだった食料に母親妖精が気づく。
「ああ。自分で調理するつもりだった」
「なら丁度いいわね。それであなたの夕食、作っちゃうわ」
「いや、別にそこまでしなくても……」
「いいの、いいの! それまでその子と遊んでいて」
う、こいつの遊び相手の方が疲れそうなんだが……。
なんて言葉が溢れそうになったが、ここまでしてもらっておいて流石にそんなことは言えず、仕方なくルカの相手をする。
そいつの持ちかけてくる遊びは子供らしい、積み木やら絵本やらちゃちなものだったが、特に変なことはしなくて済み、時間を潰すことが出来た。
そんなことをしている間に、やがて母親妖精が作ってくれた料理でようやくまともな食事を取れた。日頃の経験の賜物からか、オレが適当に選んできた食材でも完璧に調理されている。ルカもその食事に満足そうだった。
その夜はルカの希望で、オレが子供のベッドで一緒に寝ることになった。子供用の小さなベッドに、無理やりオレが身体を押し込めるような寝方。ちゃんと寝付けるか不安なところだ。
それにしても二人で寝るなんて初めてだ。うまく寝付けるといいが……。
ルカは寝室に入った直後は騒ぎ立てていたが、疲れたようであどけない表情で眠っている。……口からよだれが垂れているのは見ないふりをしたが。
だが……二日ぶりのベッドは昨日の草よりふかふかで正直に心地がいい。昨日と今日の疲れもあって、オレはたちまち微睡みの中に沈んだ……。
「おねえちゃん、もう行っちゃうの?」
翌日の昼過ぎ、オレは昼食をもらってからここを出る支度を済ませて玄関にいた。オレがもう出ていくことを知ったルカは、分かりやすいくらいに残念そうな表情を浮かべていた。
「ああ。ずっといる訳にはいかないからな。世話になった」
「いいのよ。親御さん、見つかるといいわね」
「そうだな」
……本当にいればの話だがな。
気付かれないよう内心でこっそり漏らした、そんな本音は噛み殺して扉のノブに手をかける。大した礼もできずに出て行くことに申し訳なさも感じているが、帰り道が見つかっていないために一刻も早く移動しておきたいんだ。
そしていざ出て行こうとしたその時、ルカがまた飛びついてきた。
「おねえちゃん、またね」
「全く、お前もしつこいな。もう会えるか分からないってのに」
「あえるもん、ぜったい! わたしね、しょうらいおねえちゃんみたいなようせいのおよめさんになりたい!」
「オレは女だ‼︎」
最後は思い切り否定して家を出て行った。あまり長居しては未練が残りそうだ、それを振り払うようにオレは足早にそこを立ち去った。
昨日はベッドで寝れたおかげで疲れも取れた。今日こそは……と、伸びをして身体をほぐしながら、また鏡に色々試して帰る方法を探る決意を固める。
昨日来た道を辿って引き返し、あの広場の前まで来る。一度来たとはいえ、オレには未開の土地。迷って彷徨うはめになるなんてのは御免こうむる。しっかり周囲を確認しながら進んで行くことに。
そうしてなんとなく、昨日通り過ぎた広場に踏み入れた。……ただそれだけだったのに。
「……ん?」
「あ……」
───これが、『そいつ』と出会った瞬間だった。
今思えば、これが『運命』の始まりだったのかもしれない。このことがきっかけで、とんでもないことに関わることになった訳だが……
それはまた別の話。




