sub.黄昏の来訪者 part2(2)
そして街の上空まで辿り着くと、歩いている妖精にぶつからないよう、混み合いを避けて着地する。
そこは様々な露店が並び、売り子の妖精が少しでも多く商品を売ろうと声をあげている。売っているものは食べ物やら雑貨やら、なんの役に立つかわからない魔法具などの商品まで様々だ。
オレはまず、商品の値札を確認する。ここで手持ちの金が使えないとなると致命的だ────そんな気持ちから、鼓動がバクバクとオレの内側から鳴り響く。緊張しながらその値段が書かれたカードの金額の単位を確認すると……それは杞憂だったようだ。
その値札に書かれた単位はオレのいたところと同じ、『ゴールド』となっていた。使っている硬貨も変わらないように見える。オレはひとまず安心してほっと息をついた。
宿屋も一応覗いては見たが……残念ながら、今の手持ちじゃギリギリ足りない。もしかしたら、今日は野宿せずに済むかもしれないと思ったが、やはり現実はそう甘くなかった。
足りないものに文句を言っても仕方ない。食料だけ調達するか。
必要なだけの食料を買い、自分の好みであるコーヒーもついでに、と買ってきた。
店でカップに入れてもらい、それをもつと暖かいコーヒーの温度が手に伝わってくる。暖かいものを持つだけでやけに落ち着く……今まで感じたことのなかった、『普通』がどれだけ有難いか思い知る。
「……これだけあれば充分か」
紙袋の中を覗き込み、オレは確認を終えて呟いた。目的を果たしたことだし、オレは街を後にしようと歩きだす。
すれ違う妖精達は何を買おうか楽しそうにしていたり、オレと同じく買い物を終えて満足していたり。昨日見た時は訳がわからなかったが、シャドーラルと感じは変わらないように思えた。
「……案外、普通じゃねえか」
まあ、だからといって戻りたいのは確かだし、面倒事には変わりないが。
オレはそんな『普通』の街並みを複雑な気持ちで眺めながら街を出て行った。
その後は適当にぶらぶらしていた先で広場を見つけ、オレはそこでひとまずくつろいでいた。
さっき買ってきたコーヒーを口に含む。淹れたての暖かく、苦味のあるコーヒーを口に含むだけで強張っていた身体がほぐれる感じがした。
味も悪くはないが、シュヴェルが入れたものには及ばないな。……ふと、そう思った。
────シュヴェル、か……。
家にいるはずの、親がいないオレにとっては家族のような存在を思い出す。
ま、あいつはあくまで従者だし、家族なんて言ったら即否定するだろうが、それでも心配はしてることだろう。普段も帰りが遅くなるだけで焦るんだし。こうしている間にも、不安をますます募らせている筈だ。
オレだって帰りたい。だが方法がわからない。これからどうするか……
「あっ⁉︎」
────そんな時、不意に向こうから驚いたような声が聞こえた。
「あん?」
その声の主を探してみると、広場の入り口付近に灰色の妖精がいた。眼はサファイアのような色を宿している、恐らくオレと同じく学生と思わしき男子が。
そいつは何か起こっている訳でもないのに、オレを見てやたら慌てている。オレのことを奇異なものを見たような眼差しで、やたらあわあわとして。明らかに他人に取るべきではない失礼な態度だ。
……なんだかよくわからんが、自分をじろじろ見られている上に、そんな反応をされて気分が悪くならない訳がない。
「おい、テメェ……」
「え、えーっと、まずは報告だよな! おーい、ルージューッ‼︎」
何か一言言ってやろうとオレが動く前に、そいつはそう叫ぶとあっという間に広場を出て行った。言葉を紡ぐ暇もなく。瞬きすると、もうその姿は見当たらなかった。
「……は? なんだよ、あいつ」
訳がわからず、あいつが去ってからもぽかんとしていた。
報告やら、あいつが口にした『ルージュ』という恐らく妖精の名も。何一つ理解出来るものが無く、オレは呆気に取られていた。
……しばらくしてハッとすると、もう夕方近くになっていた。日が傾き始め、空が端から鮮やかなオレンジ色に染まり始めている。
「チッ、もうこんな時間か」
明るいうちに寝床を探さなければ。そう気持ちを切り替えて、さっきの食料を持ち上げて広場を出る。さっきの奴が気にならないと言えば嘘になるが、いい加減寝床を探して夜を無事に乗り越えなければ元の場所に戻ることさえ叶わなくなる。得体の知れない土地で倒れるなんて真っ平御免だ。
他人の目が少ないところがいいよな。目につく路上で寝転がったりなんかしたら、絶対に変な反応をされるか、驚かれるのが目に見える。
「それならここの広場の近くでも問題無さそうそうだがな。……ッ‼︎」
場所探しをしていると魔物の気配を感じた。この広場の周辺、すぐ近くだ。オレの勘が正しければそう数は多くない。
知っておいて、放っておくのは性に合わない。場所探しは中断してすぐに向かった。
……そして、予想通りだった。カラスのような魔物、クローリーが5匹程度群がっている。
面倒なことに、たまたま近くにいたのであろう、子供の女妖精が怯えた様子でクローリーと対峙している。
そいつはクローリーをなんとか追い払おうと、近くの小石を投げてぶつけようとしているが、逆効果だ。怒ったクローリーがクチバシでそいつに襲いかかった!
「そらよっ!」
なんとか攻撃が当たる寸前に、咄嗟にオレは飛び出して鎌で相殺する。急なことだったが、なんとか反撃することが出来た。
「ギャッ⁉︎」
クローリーは予想外のところから攻撃されたからか、反応が遅れて吹っ飛ばされた。
「はん、弱いものいじめもいいところだな。もっと相応な相手を選んだらどうだよ?」
鎌を後ろでかかえ、クローリー達を見据える。子供はいきなりオレが来たことに戸惑っていた。怯えたような眼差しでオレを見据えて、震える唇を開いて言葉を紡ぐ。
「お、おねえちゃん、だあれ?」
「オレが誰かなんて今はどうでもいい。ほら、そこにいると邪魔だ。向こうに下がってろ」
「う、うん!」
そいつはオレが敵じゃないことをわかったらしく、オレの言う通りに巻き込まれない程度の距離をとった。
一方でクローリーは邪魔されたことでかなり怒っている。黒い翼をバタバタとはためかせ、威嚇の体勢を取って暴れている。
「ここで引けば見逃してやるぞ? お前ら如きにやられる程、オレは弱くないんでな」
そういうとクローリーは怒りのまま、オレに突っ込んでくる。真正面からのわかりやすい攻撃だ。オレは軽くかわす。
……交渉決裂か。ま、わかってたことだが。こんなにいきり立っている魔物にそもそも話が通じる訳がない。
「ふん、お前らの答えはそれか。ならいいさ。オレは今、非常に機嫌が悪い……。お前らをぶっ飛ばして発散してやるぜ!」
オレは鎌を構え直し、一匹のクローリー目掛けて力任せに鎌を振るって身体を横一閃に切り裂いた。オレの攻撃をまともに食らったクローリーは耐えきれず、消滅していく。
だがクローリーも負けじと応戦してくる。オレはクローリーの攻撃をかわしながらタイミングを見計らって魔法を撃ち込み、確実に倒していった。
そうしてクローリーが残り1匹となる。勝ち目がないとわかったクローリーは背を向けて逃げ出そうとした。
「逃げられると思うのか? 『ダークネスライン』!」
鎌を地面に突き刺し、地表から魔力で成したトゲを出して逃げ場を塞ぐ。
クローリーはずる賢いことで有名だ。ここで逃したら、仕返しするまで追ってくるだろう。そのためにもここで仕留めてやる。
「楽にしてやるよ……! 『ダークスラッシュ』ッ‼︎」
魔力を込めた刃で滅多斬りにし、クローリーは全滅した。
ふうっ。すっきりしたな。あとは……
「おい、もういいぞ」
振り向いて声をかける。すると後ろで隠れていたさっきの子供が嬉しそうに駆け寄ってきた。
「ありがとう、おねえちゃん!」
「お、おい!」
子供はオレに飛びついてきた。オレの身体に腕を回し、そいつの精一杯であろう力でぎゅっと抱きしめてくる。
正直、窮屈なんだが……。
「まものさん、たおしたとこかっこよかった! すごい、すごい!」
「……はいはい。分かったからとっとと帰れ」
その子供を腕でぐいぐいと引き剥がす。
もう日が暮れかけている。あまり遅くなると真っ暗になってしまうし、野宿出来そうな場所を見つけなければ。
「……ん?」
だが、どういうわけかその子供はいつまで経ってもオレから離れようとせず、不安そうにしてキョロキョロしている。まるで何かを探しているように。
オレはそんな子供の態度に、あることを予感した。
「おい、お前まさか……」
「おうち、わかんなくなっちゃった……」
「はあ……」
予想通りの言葉が返ってきて、思わずため息をつく。
子供の相手は正直得意じゃないが、関わってしまった以上ここで放っておく訳にもいかない。仕方なく、オレは食料を持った手とは別の手で子供の手を掴んだ。
「おねえちゃん?」
「家に見送るぐらいしてやる。早く歩け」
「……! うん!」
オレの言葉を理解したらしい子供はパアッと顔を輝かせると、嬉しそうにオレの服の裾を掴みながら家があると思われる方向へと歩き出した。




