第33話 迫り来る脅威(2)
「も、もうヤケです! えーいっ‼︎」
そんな時、ニニアンさんは半ば八つ当たり気味に直接毒沼に水を突っ込んでしまった!
ボコリと嫌な音を立てる毒沼。濁り果てているその色には変化が見られないけれど、何か膨張しているような気もする。
だ、大丈夫かな……。
『グギャァァア⁉︎』
ところが、ガーディアンはそれに驚いたのか毒沼の一つから飛び出してきてニニアンさんに襲いかかる。
「きゃっ⁉︎」
「危ないっ!」
間一髪。ロウェンさんが咄嗟に矢を放って攻撃を免れた。
……だけど変だ。攻撃が当たったにしても嫌がり方が尋常じゃない。
ガーディアンは毒沼に潜っていることから毒に耐性があることは確か。だけど、戦いを有利に進めるなら毒沼に潜ったままの方がいいのに、ニニアンさんの攻撃が当たった途端に地上に出て反撃を仕掛けてきた。
毒は平気……なら、その逆が駄目なのかも?
考えていても仕方ない。試してみるまでだ!
「ニニアンさん、毒沼に水を放ってくれますか⁉︎」
「えっ。あ、はい!」
ニニアンさんはすぐに毒沼に水を送り込んでくれた。
水が毒沼にどんどん流され、真っ黒だった沼の色が徐々に薄くなりつつある。
『グギャアッ⁉︎』
しばらくして、ガーディアンは毒沼にいられないとばかりに飛び出してきた! 相変わらず真っ黒な敵だけど、赤く凶暴な瞳には苦しさが確かに滲み出ている。
やっぱり! このガーディアンは水が苦手なんだ。
「やったな!」
「ほう、水が弱点か。いいこと聞いたぜ」
ロバーツさんもご機嫌そうにニヤリと笑う。
動揺しているガーディアンの姿を捕らえ、今のうちに逃げられないよう四方をみんなで囲む。
ここから反撃開始だ!
「『スラントウィンド』!」
「『ヘイルザッシュ』!」
ロウェンさん、フリードがそれぞれ風と氷の魔法攻撃を仕掛けていく。みんなもそれに合わせて畳み掛けるようにガーディアンへの攻撃を繰り返し、さらに追い詰めていった。
ガーディアンも逃げ道が無くなって、慌てふためいている。暴れまわってまた毒が私達に降りかかるけど、ニニアンさんがその度に毒を浄化してくれた。
「あっ⁉︎」
だけど、ガーディアンに一瞬の隙を突かれて逃げられてしまった。ガーディアンは再び、毒沼に潜り込む。
「くそっ、もう少しだったのに!」
「ど、どうしましょう……! また水を入れて追い出しますか?」
まんまと逃げられてしまい、さっきと同じ状況を繰り返してしまうのではないかという予感で、みんな慌て始める。
────だけどただ一人、この状況にも動じてない妖精がいた。
「……安心しろ、こういう時にこそ余裕をかましているモンだぜ?」
ロバーツさんがそれを見かねてか、そんなことを言い出した。私達がハッとしてロバーツさんの顔を見てみれば、その言葉通り彼はこの状況を前にしても余裕そうに笑っている。
「ここは俺たちの海域でもある。それを汚すってんなら、黙っちゃいねえさ」
ロバーツさんは海が見える方向に視線を移す。そこにはなんとロバーツさんの海賊船が。
驚く私達を他所に、ロバーツさんは耳に付けているピアスに触れながら叫んだ。
「野郎ども! 相手はバケモンだ、遠慮はいらねえ。思う存分、ぶっ放せ‼︎」
その叫びに答えるように海賊船からドカンと音が響く。
その次の瞬間、海賊船から飛んできた砲弾が弾けて、水が辺りに降り注いだ!
「うわあっ⁉︎」
「は、派手なことしやがる……」
こ、これって、普通の砲弾じゃなくて、水が魔法で込めてあるの? それを砲台で放っているのか……。それにあそこまで遠くにロバーツさんの声が届くということは、あのピアスは魔法具だったらしい。
水の砲弾のおかげで辺り一面が水浸し。毒沼も水が大量に流されて毒が減ってきている。
「あいつらもバケモノ退治ならノリノリさ。他の海賊相手するより楽だからな」
「は、はあ……」
「まだ足りなそうだな。もっとだ、撃てェ‼︎」
ロバーツさんが再び叫ぶと、またもや海賊からドカン、ドカンと大きな音が聞こえてくる。音がする度に水の弾丸がまたもやが大量に飛んできて、毒沼が完全に水で溢れかえり、もう普通の池となっている。
私達もびしょ濡れだけど、おかげでガーディアンもヘロヘロだ。
「ほらよ、大精霊サマ。あんたの手でトドメを刺せしやがれ!」
「は、はい!」
ロバーツさんにそう言われてニニアンさんは槍を掲げた。
「いきます……! 『アクア・カタルシス』‼︎」
ガーディアンの周囲が澄んだ水に包まれて、ガーディアンごと弾け飛ぶ!
ガーディアンは限界だったようで、ニニアンさんの攻撃を受けて消滅。
「おっと。仕事、仕事」
オスクも間髪入れずに結晶に向かって光弾を放った。結晶はオスクの力を受けて、粉々に砕け散った……。
……戦いを終えて、私達はその場に立ち尽くしていた。
周りには毒のせいで枯れた木々で覆い尽くされている。ニニアンさんの力で毒沼は全て普通の池に戻せたけど……枯れてしまった植物までは戻せないんだ。
「酷えな……」
「はい……。これが『滅び』……なんですね」
私達は見ていることしか出来なかった。植物にとって、枯れることは『死』を意味する。たとえ『滅び』のせいだとしても、死んでしまったのはどうしようも出来ないことだ。今の現状を目の当たりにしても、何も出来ないのが悔しい。
どうにかして、森も戻せないかと思うけど……私達だってただの妖精。そんなことは出来ない。
「おいおい、何しょげかえっちゃってんのさ。こんな時こそ明るくしないのか?」
オスクがそんなことを言い出す。途端に、ルーザが不機嫌そうに表情を歪めた。
「お前っ……、少しくらい空気読めよ‼︎」
「僕が無責任にそんなこというとでも? 方法なら知ってんだけど」
「え⁉︎」
その言葉に、まさかそんなとみんなが驚愕する。当のオスクといえば、私達の反応を見てニヤっと笑った。
「なんのためのゴッドセプターなのさ。そいつは『滅び』を祓うための剣。ここを侵してるヤツを消し去りたければ願ってみなよ。『ここを元通りに復活させたい』……ってな」
「で、出来るの、そんなこと?」
「モノは試しっしょ。『滅び』の傷跡が勝るか、お前達のここを願う力が打ち勝つか。……やる価値はあると思うけど?」
「……」
オスクは至って真剣だ。オスクも、そうは言っているけど、ここを戻したい気持ちがあるんだろう。
私はカバンからゴッドセプターを取り出す。みんなと顔を見合わせて、頷く。そして隣にいたルーザとで、ゴッドセプターを掲げた。
「お願い、戻って……!」
「……っ!」
精一杯願いを込め、私とルーザはぎゅっと目を瞑る。
────戻ってほしい。その一心で。
「……わあっ! すごい!」
エメラが突如、驚きの声を上げる。私もどうなったのかと、恐る恐る目を開いた。
「あっ……!」
そこは輝きに包まれていた。ゴッドセプターの力が地面に波動のように伝わり、辺り一面を光で満たしていた。
枯れてしまって、真っ白になってしまっていた木々がみるみるうちに土に還っていく。そこから、新しい芽が芽吹き、土に力強く根を伸ばしていく。
ガーディアンのせいで傷ついていた池も力が包み込み、ニニアンさんがいたところの湖のようなとても澄んだ水でみるみる内に満たされていく……。
「す、すごい……」
「これが、ゴッドセプターの力なのか……?」
全員、ゴッドセプターの力の前に圧倒された。
これが『滅び』を打ち消す、破滅の運命に抵抗する力なんだ……。
「オ、オスクさん、これって……!」
「ククク、どうだかねぇ」
驚いているニニアンさんに、オスクは笑いを返すばかり。
そうしている間に、森は元のまでとはいかないけど、見事に息を吹き返した。そのことがわかると、私とルーザはゴッドセプターを掲げていた腕を下ろした。
「ま、元どおりとはいかないけど。しばらくすれば森自身でなんとかなるだろうよ」
「ああ。自然の力は想像以上にすげえモンだからな」
オスクとロバーツさんの言葉に私達は深く頷く。
『滅び』の力が強くとも、元々あったものだって長い年月で築いていた力強さがあるんだ。ただで『滅び』にだって負けないかもしれない。
私はルーザと顔を見合わせて、そう思いながら笑い合った。




