第32話 慈しみなる水乙女(1)
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出航してから時間も経ってきた頃。陸がどんどん離れていき、徐々に目的の離島に近づいて行っている。あとは操縦に専念すればいいらしく、クルー達の動きも最初に比べて大分落ち着いていた。
……と、それはいいけれど、私には心配事が一つ。ルーザの体調のことだ。
この海賊船には特に小部屋が無い。多分、別の場所にクルー達が共同で使う休むための部屋とかはあるんだろうけど、ルーザが隠れて休めそうな場所は見当たらない。
船の造りだからそこはどうにもならない。こまめに様子を見る他無さそうだ。
「大丈夫、ルーザ? 今は酔ったりしていない?」
「ああ。乗る前に酔い止めをがぶ飲みしてきたからな。なんとかそれで耐える」
「えっ……大丈夫なの、それ?」
「今のところ特に問題ないし、平気だろ」
なんて、ルーザから思いもよらない答えが返ってきたことで、一瞬言葉を失ってしまった。
それはそれで吐きそうなんだけど……本当に大丈夫かな。でもまあ、とりあえず今は薬が効いているみたいで顔色も特に悪くないように見えるし、いいのかな。
「よし、お前ら。作戦会議でもするか」
そんな時、ロバーツさんが不意に私達の元へ近づいてくる。
どうやらどれくらいで着くかを教えに来てくれたらしい。私達も急いでロバーツさんとテーブルを囲んで話し合いをする体制に。
「今は風向きも波も安定しているからな。早くても一時間で着けるぞ」
「あれ? 思っていたよりかかるんだな」
「うん。もう見えているからすぐ着きそうなのに」
「おいおい、海を舐めてもらっちゃ困るぜ。お前ら思っているが思っている以上に海はでけぇんだ」
意外だという反応を見せるイアとエメラに、ロバーツさんは呆れながらたしなめた。
その言葉通り、海は見た目よりも時間がかかるのだろう。しかも海は陸と違って波の高さ、天候、風向きなど、それらが複雑に絡み合ってその日その日で攻略方法が変わる。海については海賊であるロバーツさんはベテランで、私達は完全に素人。知識も技量も私達とは格が違いすぎるんだ。
「ま、だから面白いんだがな。それと、大精霊サマのとこには俺もついていくぜ」
「え、船にいなくて大丈夫なんですか?」
「実はあの島周辺の海域は俺達の縄張りなんよ。その分、乾季になった時の魔物の凶暴さは嫌ってくらいに知ってる。お嬢ちゃん達のあの強さじゃあ問題ないだろうが、万が一もあるだろ? 部下を守るのは当然のことさ」
「ロバーツさん……」
どうやら、ロバーツさんは私達の安全の方を優先してくれているようだ。船まで乗せてもらって、そこまでしてくれるなんてすごく嬉しい。
そして周りにいたクルー達がロバーツさんの言葉を聞いて騒ぎだした。
「うおおおーーーっ、船長ォォッ‼︎」
「俺達、一生ついていきまーす‼︎」
「へっ、勝手にしやがれ!」
「す、すごい信頼関係だね……」
「う、うん」
エメラが耳打ちしてきた言葉に、思わずうなずく。
ここのクルー達は自分の人生すらロバーツさんに預けているような……いや、実際にそうしているくらいの信頼の厚さだった。でも確かにロバーツさんは面倒見が良いし、なによりその器の大きさが頼もしいことこの上ない。クルー達がそこまでロバーツさんを慕うのも納得だ。
そんなクルー達が慕うロバーツさんが一緒に来てくれるのなら心強い。凶暴化している魔物達も、なんとかなるかもという気すらしてくる。
「……とまあ、言えるのはここまでだな。あとは準備するか、こいつらとつるむか好きにしていいぜ」
「はい!」
そうしてロバーツさんとの話合いを終えて、私達は各々で好きなように過ごした。
クルー達と話したり、景色を眺めたり。周りが海ばかりだと言ってもやれることは尽きない。私達は到着を待つ間、船で出来る様々なことをしていた。
「みんなー! 船に積んであった果物を切ってみたの。良かったら食べて!」
せめてものお礼なのか、エメラは船にあった果物を使ったフルーツの盛り合わせをクルー達に振舞い始めた。
切り口をギザギザにして花のように見せていたり、丸くくり抜いたりした果物を、皿に花束のように綺麗に盛りつけられている。見た目だけでも華やかで食べるのが勿体無いくらいだ。
もちろんというべきか、クルー達は大喜び。競うようにフルーツを皿からどんどん取り分けていく。
「すげぇ! これバラの形になってるぜ!」
「あ! おいこら、それは俺のだぞ!」
「なんだよ。お前にこんなの似合わねえって!」
「もー、いっぱいあるんだから。仲良く分けて!」
エメラのフルーツ盛り合わせはクルー達に大人気だ。周りがクルー達でごった返していて、私は近づけずにいる。
と、取りに行く余裕がないな……。どうしよう。
「はい、ルージュ。これ、ルージュ用に分けておいたよ」
そう思っていた時、エメラがタイミング良くフルーツがいくつか盛りつけられた小さめの皿を持ってきてくれた。
「あ、ありがとうエメラ! 丁度取りにいこうと思ってたらとどかなくて」
「こんなに喜んでくれるなんて思わなくて……。別で取っておいてよかった。あ、ルーザの分ももちろんあるよ!」
「あ、ああ。ありがと」
エメラは私とルーザの分を渡すと、他のみんなにも配るためにどこかへ行ってしまった。
私もせっかくだからと、エメラがとっておいてくれたフルーツを早速食べ始める。南国のものか、みたことがない赤くて丸い、緑のトゲのような皮に覆われた果物まである。見た目も相まって見慣れないものだから抵抗があったものの、食べてみたら意外に美味しい。
エメラのおかげで、さっきまでの緊張感が少しほぐれた気がした。
「船長! 目標の島に近づいてきやした!」
「波も風も問題ないな。よし、上陸準備に入れ!」
再びロバーツさんの声が船に響き渡る。その声を聞いた途端、クルー達も自分の仕事に戻った。
いよいよ島に上陸する。ロバーツさんの声を合図に、クルー達もさっきまでの賑やかな空気が一変、自分の役目を果たそうと真剣になって仕事に取り組んでいる。その空気は私達にも伝染し、自然と気が引き締まるのを感じた。
「到着だな。イカリを下ろせ!」
「うわっ!」
再びロバーツさんが指示を出すと、直後にガラガラと鎖が下される金属音が聞こえてきた。そしてイカリが底に到達したようで、より一層大きな音が船に響き渡る。
ここまでは良かったのだけど……その途端、ガタンと一つの大きな揺れが。何にも掴まっていなかった私は当然バランスを崩し、支えになるものないまま足を取られ、ドスン! と盛大に尻餅をついてしまった。
「つ、着いた……の?」
ジンジンと痛みが響くお尻をさすりながら甲板に出てみると……目の前には大きな葉を生い茂らせた木々が重なるように連なっている森が広がっていた。島の浜辺の向こう側の殆どがそんな森に覆われていて、あたかも緑色のバリケードが島を守るかのように包み込んでいる風に見えた。
すごいな……。本で読んだことがあったけど、ジャングルってやつかな。とても乾季で水不足とは思えない。
でもこんなうっそうとしたところだ、魔物が凶暴なのもなんだか自然と納得がいく。妖精などの手が入っていないんじゃ、魔物達も妖精に慣れていないだろうから。
「ここが目的の島だ。お目当の大精霊サマは中央にいる。準備が整ってんなら早いとこ行くぞ。森もこんなだからな、日が傾けばすぐに真っ暗になっちまう」
「はい。えっと、みんな行けそう?」
「おう!」
「いつでも行けますよ」
私がそう尋ねると、みんなも大丈夫だとうなずいた。
それを確認して、ロバーツさんといよいよ島に降り立った。




