第30話 水面に揺られ(1)
あれから3日が経ち、いよいよ出発の日。姉さんに言われた通り、事前に手配していてくれた船で私達はミラーアイランドのさらに南にある、シールト公国を目指していた。
今回はルーザが説明してくれて、ロウェンさんもついてきている。全部で8人。これだけの人数がいると頼もしいし、心強い。これから交渉しに行くのは海賊が相手だけど、みんながいればなんとかなりそうな気がしてくる。
そして出航してから、もう一時間が経つ頃。大分陸から離れてきたところで、私もみんなと甲板に出て外の景色を眺めていた。
「うわあ、海がどこまでも広がっているよ」
「本当! 水も透き通っていて綺麗!」
なんて、みんな景色の良さに興奮しながら見入っていた。
南下してきているからだんだん暑くなってきているし、頬を撫でる潮風が気持ち良い。島国育ちの私でも、海を船で渡るのは新鮮だ。
だけどこの輪の中に、唯一ルーザだけは含まれていなかった。酔いやすい体質のルーザは船の中で大人しくしていなきゃいけないようで、景色も楽しめないようだ。本人曰く、少しでも動くと吐き気を催してしまうのだそうで。だけど、部屋にこもっているしかないのはやはり気の毒だ。
とりあえず、ルーザの様子を見にいくためにも部屋を覗いてみることに。ノックをして、私だということを知らせるとそのまま中に入れてくれた。
「調子はどう? ルーザ」
「まあまあってとこだ。少しクラクラはするけどな」
「そっか」
そう、ルーザは少々の不調を訴えつつも平気だと伝えてくれた。
だけど、やっぱり部屋の中でずっといるだけで何も出来ないのは退屈らしく、その表情はどことなく寂しげだった。荷物も必要最低限にしか持ってきていないし、暇つぶしできるものも持ち合わせてないのも一因かもしれない。
何か出来そうなことあるかな……と、考えてみるけれど、特にこれといって思いつかなかった。
────ゴトン。
「ん、なんの音?」
不意に、何か鈍い音が聞こえてきた。それと同時に、船の揺れも少し収まって。
何かあったのかな。そう不思議に思ってルーザと一旦部屋を出て確認してみると、船がどうやら止まったらしい。故障とか事故でもなさそうだし、どうしたんだろう。
「あ、2人ともいたいた!」
ドタドタッと派手な足音を響かせて、エメラがやってきた。
「どうしたの、エメラ。何かあった?」
「うん。ここなら比較的浅瀬なんだって。だから、みんなで海水浴しようってことになって!」
走ってきたことで荒くなった息を整えながら、エメラがそう説明してくれた。
そっか、海水浴……確かに海も綺麗だし、波が穏やかで丁度いいかも。何か出来ないか思いつかなかった今の状況じゃ、その提案がありがたい。これならルーザでも楽しめるかもしれないし。
「ルーザ、どう? 泳ぐくらいなら大丈夫じゃないかな」
「ん……そうだな。他にやることもないし、付き合う」
話もまとまり、とりあえず水着に着替えるために解散した。
エメラに勧められて買わされたパレオ……っていうのかな、布を巻きつけたようなスカートに似た水着を着て甲板に向かう。
結びつける見た目の割に動きやすい。これなら露出も少ないから安心かな。
甲板に行くとルーザはもう既に来ていた。動きやすそうなハーフパンツの形の水着だ。日除けなのか、マントも羽織っている。
他のみんなはもう泳ぎ始めているようで、船に取り付けられた飛び込み台でイアが丁度、海に向かって豪快にジャンプしていた。
エメラももう海に飛び込んでいて、早く早くと手招きしている。
「はあ。相変わらず落ち着きないな、あいつら」
「いいじゃないの、楽しそうで。……あれ?」
「ん、どうした?」
水面を見下ろしていると、海で泳いでいるのはエメラとイアとロウェンさん。オスクは船のデッキで釣りをしていて、甲板にいるのは私とルーザとドラク。
ここに出ているのは7人。一人欠けているんだ。
「ん? フリードはどこ行ったんだよ」
「あ、本当だ。フリードだけいないな……? ドラク、何か知らない?」
「いや……特に何も聞いてないよ」
部屋が近いドラクなら、と思って尋ねてみるけど、ドラクも分からないようだ。
ここにいないのならまだ自室にいるのかも? そう思って3人でフリードの部屋は向かおうとした、その時。
「み、皆さん……」
「あ、良かった。フリード……って、」
タイミング良く、フリードが日傘で自分の身体をすっぽりと覆いながら甲板に出て来たのだけれど……いつも真っ白な顔は、今や真っ赤。汗が信じられないくらいに滴り落ちているし、足取りもふらふらで覚束ないもので。明らかに尋常じゃないフリードの様子に、ギョッとした私達3人は一瞬言葉を失った。
「だ、大丈夫、フリード?」
「え、ええ……あまりにも、暑くて……。ミラーアイランド用の魔法具は、効かないようでして……」
どうやら冷却の効果がある魔法具の力が、暑さに押し負けてしまっているようだ。
それにしても汗の勢いが凄い。まるでフリードが溶けてしまうんじゃないかってくらい、ダラダラと落ちている。
「フ、フリード、中に戻った方がいいんじゃないかい?」
「そういうわけにはいかないよ、ドラク……。せっかく皆さんが楽しんでいる中で、僕だけつまらなそうにしているのは……」
「い、いや。どっちだって同じだろ。悪いことは言わないから、中に戻れ」
フリードは自分より、私達のことを気にしてくれているようだった。だけど、みんなが楽しむためにやっている海水浴をフリードだけ出来ないのは、仲間外れみたいでなんだか嫌だ。
海で何か出来ること……そうだ!
「魚を捕ってこない? それをみんなで食べるなら、フリードも楽しめないかな?」
「いいアイデアだね、ルージュさん!」
「室内でやればフリードも平気だろ。なら早いとこ済ませるか」
ドラクもルーザも賛成してくれて、早速取り掛かることに。海にいた他のみんなにも説明すると、友達のためならと喜んで協力してくれた。
「よーし、やろう!」
私も槍を片手に、張り切って海へと飛び込んで魚が潜んでいそうな岩の間を狙ってみる。思った通り、数匹の魚が住処にしていたり、休んでいたりと沢山いた。
だけど、素早い魚に槍を当てるのは難しくて三回、五回と突いてもなかなか捕まえられない。そのうち息が切れてきて、海面に上がることを余儀なくされる。
「……ぷはっ!」
水面から顔を出し、思いっきり息を吸い込む。
このくらいでへこたれていられない。もう一回やってみよう!
もう一度、潜ってよく狙いを定める。今度は動きもよく観察して、タイミングを見計らって……。
「……ここだっ!」
その一突きがなんとか一匹の魚を捕らえた。小ぶりだけど、普通に食べられる大きさだ。
「やった……!」
一回成功したことで、少しコツが掴めてきた気がする。この調子だ、どんどん捕まえよう。
その後も何回か挑戦して、五匹は捕まえることに成功する。そろそろ体力も結構消耗しているから、これくらいにして甲板に上がった。
他のみんなも魚の他に貝なども採ってくれていた。ルーザなんて、魚を五匹ほど鎌で串刺しにして、おまけにまだ数匹手で持っていた。
仕留めることに関してはルーザって天才的だ……。でも鎌で貫いたりなんかしたら、食べる時に不便じゃな気もするのだけど。でもこれで、とりあえず準備は整った。
「よし、後は焼くだけだね!」
「焼くのは得意だぜ! 任せとけ!」
イアも意気揚々と宣言する。
早速、水着から服に着替えて、みんなで協力して採ってきたばかりの魚や貝を下準備をしていく。
フリードも魔法が効いた部屋で休んでいたから、少し元気を取り戻したようだ。休み休みでフリードも料理に参加した。
「よっしゃ、焼けたぜ!」
室内にあった鉄板でイアが早速魚を焼いてくれた。
捕れたてだけあってすごくおいしい。
「すごくおいしいです! 皆さん、ありがとうございます!」
「良かった、フリードが元気になって」
「だね。けれど、目的地で強力な魔法具を買わないといけないね……」
ロウェンさんが心配そうに呟く。確かに、魔法具無しではフリードもすぐに汗が吹き出してしまう。シールト公国に着いたら、海賊を探す前に買い物をした方が良いかも。
けれど、みんなで協力して捕まえたからまだまだ魚が沢山ある。私は五匹くらいだったのだけど、イアやオスク、ルーザが特に沢山捕まえてきてくれたようだ。
「確か、一番捕まえてたのはオスクだったな」
「ふん、僕にかかれば魚ごとき幾らでも釣れるんだよ。餌に食いつきさえすればこんなの楽勝だし」
オスクは釣りで捕まえていたのだけど、一人で十匹くらいは釣り上げていた。ルーザの家に来る前はサバイバル生活だったようだし、元々得意だったのかも。
でも、ルーザもかなりの数を捕まえていたっけ。私は五匹くらいしか捕まえられなかっただけに、二人とも凄いな……。
そんなことを思いながら、エメラが作ってくれたゼリーも食べ終わる。それを見計らったかのように、いよいよシールト公国が見えてきた。目的地に到着したとなると、現地に降り立てば次は海賊との交渉が待っている。
作戦の要も同然の交渉だ、失敗は許されない。どうか、うまくいくといいけれど……そんな気持ちを抱えつつ、私は徐々に近づいてきたシールト公国を真っ直ぐ見据えた。
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