第29話 開かれる旅路(2)
廃坑に2人で入り、まずはドラゴン達に会いに行く。滅多に妖精が寄り付かない場所なだけに、ドラゴン達だって何の知らせもなくいきなり発掘なんかしたら、発される大きな音でびっくりさせてしまうだろうから。
イアもそれには賛成してくれたのだけど、さっきから私をチラチラと見て、何か言いたそうにそわそわしている。何か不満があるとか、そういうのではなさそうだけど……
「ええっと……イア、どうかしたの? 何か気になることがあるとか……?」
「あ、いや、そんなんじゃねえから大丈夫だ。エメラが変なこと言うから、少し意識しちまってな……」
「……?」
いつもの元気は何処へやら。イアは何やら言いにくそうにもごもごと普段とは想像もつかない程に小さな声で喋っている。
まあ、本人も大丈夫だと言っているし、言いにくいことを無理に聞いてもイアに悪いのは確か。気にはなるけど……予定通りさっさとドラゴン達に会って、ここに来た目的を話してしまおう。
やがて辿り着いたドラゴン達の住処で、あのドラゴンは寝床にしているらしい洞穴の入り口で警戒していたけれど、私達とわかるとそれを解いてくれた。
「ドラゴン、事情があってここのルビーを発掘したいの。少し音が響くけど、終わるまで少し我慢してくれないかな」
「グァウ……」
ドラゴンは小さく唸り、頷くように首を縦に振る。
どうやらわかってくれたようだ。奥の洞穴に隠れている魔物達も私達に挨拶するかのようにぴょんぴょん跳ねている。可愛らしくて、微笑ましい光景に思わずクスッと笑みがこぼれる。
ドラゴンの了承も得られたし、早速作業に取り掛かろう。私とイアはドラゴンにお礼を言いつつ、王城から拝借しておいたツルハシなどの道具を私のカバンから引っ張り出し始める。
「なあ、前から思ってたんだけどよ、ドラゴンに名前とか付けないのか? 流石にドラゴンをドラゴンって呼ぶのもなあ?」
「あ、そうだね。名前か……」
イアにそう指摘されて少し考え込む。確かに、ここまでお世話になっているドラゴンはもう仲間も同然だと思っているし、さらに友好を深めるためにも呼び名を付けてあげるのもいいかもしれない。
生き物に名前を付けてあげるとか試しがないけど……とにかく何か考えてみようと、私はドラゴンを改めてじっくり観察してみることに。
真っ赤な鱗に覆われた立派な身体。その燃えるような色は炎を連想させる。
炎……炎か。なら……
「じゃあ……『フレア』とかどうかな?」
連想して繋げたことから思いついたその単語、そんな名前をドラゴンに伝えてみる。
名前を付けたことがない私には良し悪しがわからないけど、ドラゴンの尻尾がピクリと確かな反応を示した。
「お、いいんじゃねえか? ドラゴンも喜んでいるっぽいし」
「グァウ……!」
ドラゴンも少し大きめに唸っている。イアが言うように喜んでいるかは仕草からじゃわからないけれど、私には嬉しそうな気持ちが伝わってくる。
「ふふっ、ありがとう。じゃあ改めてよろしくね、フレア!」
「ガルゥ!」
そんなドラゴンにイアと顔を見合わせて笑う。
ドラゴン達にもことわったことだし、私達は早速発掘に取り掛からないと。目的の島に行くためにもここは無理してでも頑張らなくちゃいけない。
私とイアは用意していたツルハシを構える。バランスを考慮し、しっかり体勢を整えながら。
そしていよいよルビーがある岩にツルハシを突き立てて、岩を砕いていく。
「えいっ!」
ガァン! と重々しい砕ける音を響かせ、砕け散る岩。ルビーを傷つけないように気をつけなきゃいけない上に、力を込めないと砕けないから加減が大変だ。
でも、みんなだって自分の役目を果たそうと頑張っている。管理者だからと引き受けた以上、最後までやり切らなければ。
「……っと! おーい、ルビーってどれぐらいいるんだー⁉︎」
「海賊が相手だから、袋いっぱいには欲しいって!」
別の場所で作業しているイアにそう返す。
発掘したルビーは持ってきていた麻の袋に入れていっている。袋の大きさは大したことないけれど、ルビーの欠けらの一つ一つは小さいものだ。それぐらいの量だとかなり削っていかないと袋は満杯にはならない。
「うへえ……終わるのかよ……」
「でも、やるしかないよ」
これはみんなのためでもあるし、これからの世界のためでもある。ここで弱音なんか吐いてられない。
大変な作業だけど、2人で力を合わせて発掘していく。少しずつでも、しっかりと。一つ、また一つとルビーの欠けらを確実に集めていった。
それから何分……いや、何時間くらい経っただろうか? 外からの光が見えていないから、どのくらいの間作業をしていたのかわからない。
けれど、頑張った甲斐あって、ルビーは麻の袋にたっぷりと発掘することが出来ていた。
「あいててて……手に豆ができちまったぜ」
「でもこれだけあれば、なんとかなりそうな気がしてくるよ」
袋を持ち上げた途端に手に伝わってくる、ずっしりとした重量感。頑張った成果を重さが示してくれていた。
「はは、確かにこの量じゃ、流石の海賊も目が飛び出るかもな」
「うん。帰ってみんなに報告しよう。休むためにもね」
お互い、働き疲れてクタクタだった。2人で今日の成果をねぎらいながら、廃坑を出ていく。
洞窟から出るともうすっかり夕暮れ時だった。服も土まみれだし、イアなんて、顔に汚れが目の周りに眼鏡みたいな模様まで付いている。
そんなイアの顔がおかしくって、私は吹き出してしまった。
「ちょっ。いくら汚れてるからって、何も笑わなくてもいーだろ⁉︎」
「だ、だって……それで笑わないのが珍しいよ。ふふっ……!」
「そ、そんなに変なのか。すぐに顔を洗いたいぜ……」
そんなイアと一緒に私の屋敷へと戻った。もう既に他のみんなは用事を済ませて集まっていて、エメラは働き疲れた私とイアのためにマドレーヌを焼いていてくれた。
手や顔をしっかり洗ってからマドレーヌを早速食べてみると、焼きたてのマドレーヌはバターの風味が効いて、ほんのり残る暖かさも相まってとっても甘くて美味しかった。
発掘で疲れていた私とイアには甘いものが余計に美味しく感じられるし、それぞれの役目があった他のみんなも疲れ気味。そのおかげでマドレーヌが乗っていた皿ははあっという間に空っぽになってしまった。
いつも通りの穏やかな時間だ。『滅び』のことはまだ気になることだらけだけど……こんな時間も大切だな。
私は最後のマドレーヌを口に放り込んでそう思った。




