第26話 泡沫の洗礼(4)
……オーブランは倒れこみ、それに伴って周りに形成されていた水溜りが消えていく。
結果は確かめるまでもない。オーブランを倒すことが出来たんだ。
「やったぜ! これで薬草も手に入るな!」
「ああ。フリード、お前の足止めのおかげだ。助かった」
「い、いえ。お二人の役に立てて嬉しいです」
礼を言うと、フリードは恥ずかしそうにしながらも何処か照れ臭そうに微笑んだ。
さて、敵は倒せたんだし、ルージュのためにもさっさと薬草を摘んで持ち帰ってやらなければ。そう思って窯を収めようとすると、今まで倒れ込んでいたオーブランがむくりと起き上がり、こっちに向かってのしのし歩いてくる。
「……っ! くそっ、まだ動けるってのかよ!」
「んー? でも、敵意を向けてるわけじゃないっぽいけど」
オスクの言う通り、オーブランは攻撃する素振りを見せなかった。オレらに近づくと、今まで持ち上げていた頭を下げて、クチバシに咥えていたらしい何かをオレの目の前に置いた。……水のように揺らめく光を宿した、蒼く澄み切ったオーブを。
こいつは確か、ドラゴンのように魔物が相手を認めた時に渡すモノだった筈。それをオレの前に置いたということは……つまりはそういうことなのだろうか。
「オレに……受け取れっていうのか?」
「クルルゥゥ……」
オーブランは頷くように首を縦に振る。やはり、オレを認めたためにこのオーブを託したいと言ってくれているようだった。オレはルージュと違って魔物と心を通わせる力なんざ持ってないが、その意思はしっかり伝わってきた。
変に遠慮しても仕方ないし、有り難く使わせてもらおう。そう判断したオレは素直にオーブを受け取った。
「ありがとな、機会があったらお前の力を借りる」
「ええと……確か、オーブランは強い女性を好むのだとか。それでルーザさんを気に入ったのかもしれません」
「女に見えるのか⁉︎ あからさまに暴力的でガサツじゃんか!」
「……お前がオレのことをどんな目で見てるのかよーくわかった」
「え⁉︎ あ、いや、そんなつもりじゃ……!」
「もういっぺん言ってみろ……次あったら鎌でシバく!」
「ひえっ⁉︎ 悪かったってーーー!」
オレが睨むと、よっぽどビビったらしいイアはオスクの背へと逃げ込んだ。盾にされてるオスクはそんなイアにやれやれとばかりに肩をすくめる。
「……ともかくさ、障害は無くなったんだし、さっさと目的のもの持って帰った方が良くない? チンタラしてる場合でもないっしょ」
「はあ……ま、そうだな。オーブラン、ここに来てる時点で察せてると思うが、オレらにはここの薬草が必要なんだ。通してくれるか?」
「クルゥ」
そう説明するとオーブランも目的をわかってくれたらしく、横へとズレて道を開けてくれた。オレらは早速、奥へと進んでみると……そこにはより一層木漏れ日が差し込んでいる、またしても開けた場所があった。
そこでオレらが目にしたのは、入り口近くとは比べ物にならないくらいに立派に成長した、大量の薬草がそこら中に生い茂っている光景だった。薬草が育ちやすい環境であることは聞いていたものの、まさかここまでとは思わずオレらは呆気に取られていた。
「す、すげえ……。こんなの見たことないぜ」
「は、はい。シャドーラルなら、まずここまで育ちませんね……」
「とにかく、早くルージュに薬を持って帰ってやらねえと。フリード、目的の薬草の特徴を教えてくれ」
「は、はい! まずは葉が……」
オレらは早速、フリードに言われた特徴を持つ強い解熱効果のある薬草を四人で探し始める。
その目的の薬草というのは、葉にひだがあり、根元が赤い草らしい。オレらは薬草の茂みをかき分けて、特徴を思い出しながらひたすらそれらしき薬草を探した。手で草の質も確かめながら、一つずつ、丁寧に。
「あったぜ! フリード、これじゃないか?」
「は、はい! 見せてもらえますか?」
やがてイアが発見を知らせる声を上げて、すかさずフリードが確認しに行く。
葉にひだがある、根元が赤い薬草だ。特徴としては合致している。
「……はい、これで間違いないです!」
「よし。あとは調合するだけだな。フリード、頼めるか?」
「任せてください!」
オレらはオーブランに礼を言った後、すぐにルージュの屋敷に戻った。
屋敷に入ると、エメラとドラクは既に買い物を終えていたようで、カゴに一杯フルーツを用意してくれていた。やがてフリードが薬を調合し終えたところで、オレらは全員で影の世界へと戻った。
「ルヴェルザ様、お帰りなさいませ」
オレの自宅に戻ると、庭掃除をしていたシュヴェルが出迎えた。
「薬を調達してきた。お前は水の用意を頼む」
「かしこまりました」
シュヴェルも事情をすぐに察してくれたようで、オレらと共に家の中に入ってすぐキッチンへと向かった。オレらといえば、早く薬を渡してやろうと早速ルージュがいる部屋へと向かい、扉をノックしてから押し開ける。
ルージュは寝ていたようで、少々苦しそうに寝息を立ていた。……と、何故かもう一人。
「兄さん⁉︎」
「おう、お前ら。よ☆」
「よ☆、じゃないよ! 人様の家で何してるの‼︎」
普段のフリードからは想像もつかない大声で、部屋にいた奴を叱りつけた。
そいつはフリードの兄、グレイだった。何故こんなところにいるかは知らないが、そんな風に騒いでいたものだから、ルージュがすっかり目覚めてしまった。
「う、うーん……。あれ、どうしたの……?」
「まったく兄さんは! ルージュさんが風邪を引いているっていうのに……!」
「……あ、フリード、グレイさんは私を看病しててくれたの。お土産のスノウベリーまでくれて……」
フリードの剣幕を見たルージュが事情を察したらしく、すぐにこれまでのことを説明した。
グレイはフリードがいなかったからここを急に訪ねたものの、ルージュのことを気遣っていたらしい。
「……そ、そうだったんですか? 僕はてっきりまた兄さんがご迷惑をかけたのかと……。それにお土産まで」
「おう。お前もどうだ?」
「後でいいよ……。あ、そうだ! ルージュさん、薬です!」
あまりにもマイペースなグレイに流されて危うく忘れかけそうになったが、フリードは元々の目的である薬を渡す。
ルージュは礼を言うと、用意していた水と一緒に飲んだ。
「うわっ、流石に苦いね……」
「良薬口に苦しっていうだろ?」
「ふふっ、そうだね。みんなありがとう」
「ルージュ、フルーツもあるよ! 食べたいだけ食べてね!」
エメラがフルーツを切り終わったらしく、フルーツが盛り合わせにされた皿を持ってきた。
ルージュはまた礼を言うと、フルーツを食べ始める。フルーツなら問題なく食べられるようで、満足そうな表情を浮かべていた。少しは元気になったようで、オレらも安心した。
「すみません、兄さんがいるので僕らは一旦帰りますね」
「え〜、もうちょっとゆっくりしてこうぜ〜」
「自宅じゃないんだから! ゆっくりするなら早く帰る!」
「あ、僕も帰るね。グレイお兄さんと話したくて」
フリードはグレイを引きずるように帰って行き、ドラクもそれに続いた。
ルージュはそんな光景を見て笑うと、フルーツを食べ終える。薬を飲んだからそっとしておいた方が良さそうだ。
「うん、少し寝てるよ。みんなありがとう」
「ルージュ、お大事にね!」
「ゆっくり休んで早く治せよ!」
ルージュは残ったオレらに笑いかけると、再び横になった。早いとこルージュが休めるよう、オレらも部屋を後にすることに。
そうしてリビングに戻っていく最中、ふと窓の外を眺めてみればまた雪がしんしんと降り出していた。また一段と冷え込みそうだ。少しでも暖まるよう、暖炉に火を入れておかなければ。
ルージュの薬が早く効くといいんだが……。
オレはオーブランから貰ったオーブを握りしめながらそう思った。




