第25話 仲立ちは異界に(2)
しばらく待っていると、王城兵はなにやら長い棒のような細長い物体を持って来た。長すぎて、どう見ても妖精が持つ大きさじゃない。私達の数メートル先にいるというのに、ここからでも王城兵も運ぶだけで苦労しているのがすぐにわかる。
「こ、こちらでございます」
王城兵はヘロヘロになりながらもその魔導具を見せてくれた。
細長い白い柄がついて、所々に金で装飾が施された棒に、九つの穴がある丸いプレートに囲われた虹色に輝くオーブが添えられている。古代とは言っていたけれど、それが信じられないくらい綺麗な杖だ。そんな感想を抱いた直後、
「あーーーッ⁉︎」
突如、オスクがその杖を指差して大声で叫ぶものだから、全員ビクッと肩を跳ね上げた。
「なんだよ、うるさいな! どうしたんだよ!」
「どうしたもこうしたもあるか! それがエレメントを媒介する杖だよっ‼︎」
「え、ええっ⁉︎」
オスクの口から驚きの真実を告げられ、私とルーザは反射的に杖を凝視する。
エレメントを媒介する杖はこの間、オスクとシルヴァートさんに行方不明と聞いていた。まさかシャドーラル城にあるなんて……。
「おや、その杖に何か心当たりがありましたかな、大精霊殿」
「ありすぎにも程があるっての。ずっと探してたんだし」
オスクも安堵か、呆れか、どちらの感情にしてもずっと探していた杖がこんな場所にあったということにため息が止まらない様子。
それでも大事な杖には変わりない。なんとか気持ちを切り替えたらしいオスクはすぐに、エリック王とロウェンさんに杖の重要性を説明した。2人も古代の魔導具とだけしか認識していなかっただけにすごく驚いていた。
「そんなすごいものだったんですか……」
「いやはや、盗品だったとは。申し訳ありませんな……」
「……エリック様、お願いします! この杖は『滅び』に対抗するために不可欠なんです。無理は承知ですが、譲っていただけませんか⁉︎」
私はエリック王に思わず叫んでいた。
王家に置いていたものだから、大事なことはわかっている。だけど、この先のことを考えたら言わずにはいられなかった。
敵の正体も、氷河山にあった結晶も、どうして世界を脅かしているのかも、わからない。それでも……立ち向かわなくちゃいけないことだけはわかっていた。そのためにはこの杖が必要、だからこそ口で言わなくてはいけない────そう思ったから。
エリック王は真剣な表情でじっと私を見つめた。年老いても、国を統治するに相応しい強さが、その瞳から伝わってきた。
私はエリック王に比べればまだまだ小さな存在。でも、ここで威圧感に負けちゃいけない……私は目を逸らすことなく、エリック王の瞳を見つめ返した。
……やがてその気持ちが伝わったのだろうか。今まで真剣だったその顔が、しばらくしてふっと緩む。
「……いい目をしておられる。クリスタ女王の妹君は若いながらも先を見据えておられるようだ」
「えっと……では?」
「そのルビーの如く紅い瞳に偽りないと見受けられる。断る理由はない。持っていくといいでしょう」
「……っ!」
私はそれを聞いてぱあっと顔が綻んだ。無理なお願いだった、そのことを承知していただけに余計に嬉しさがこみ上げてくる。
「あ、ありがとうございます!」
「はん、やるじゃねえか」
「うん、ルーザ。これで……!」
これで『滅び』に対抗できる手段が増えた。それを実感し、杖が手に入った安堵感もあってルーザと手を取り合って喜び合う。
これで一歩前進出来た────それが確かなことだから。
「その代わりと言ってはなんだが、やはりロウェンとのお見合いを……」
「え」
「父上! それはもうやめてください!」
エリック王はロウェンさんとのお見合いをまた薦めてきたけれど、ロウェンさんが叱ったことで再び打ち止めに。
エリック王はロウェンさんに即却下されてしまったことで、目に見えてしょんぼりしてしまった。さっきの威厳がある真剣な表情はなんだったのか、これじゃそこらにいる老人妖精とあまり変わらないような。
そんなエリック王にやれやれと肩をすくめながら、ロウェンさんは再び頭を下げる。
「す、すみません、ルジェリアさん。度々父上が失礼を……」
「い、いえ気にしないでください。ところで姉さん、お見合いって具体的になにするの?」
「あ、まずそこからでしたか……」
「後で簡単に説明してあげますね」
お見合いの意味すら知らなかった私に、ロウェンさんは苦笑いし、姉さんが後で説明する約束をしてくれた。
お見合いのことはよくわからないままだけど、今はとにかくこの杖のことについてオスクに聞く方が先だ。オスクもそれを待っていたようで、私達の視線がオスクに向くとすかさず説明してくれた。
「その杖の正式名称は『ゴットセプター』。その形状からして間違いなく本物だ」
「神の王笏、か……」
「いわば『滅び』に対抗する剣みたいなものだ。……って、それしか言えないんだけどな」
「それしか言えない?」
オスクの言葉が引っかかり、思わず首を傾げる。
あれだけオスクとシルヴァートさんが必死に探していた杖だ、凄く大切なものの筈なのに……どうして。『滅び』に対抗出来るのはわかっているのに、それ以外はわからないとはどういうことなんだろう。
「強力なことは確かさ。でもそれを造ったやつも、以前には誰が使ったのかも伝えられていない。本にすら一切の記録がないんだよ」
「はあ……? そんな得体の知れないものを大事に崇め奉ってたのかよ、お前ら大精霊は」
「情報源がゼロなんだぞ、無茶言うなっての。僕だって闇専門、全知全能ってわけじゃないんだし。とにかく……『滅び』に対抗できるのは確かだけど、それ故に力が強すぎてさ。大精霊のエレメントで力を封印してあるってわけ」
オスクはそう言いながら、オーブを囲うプレートの穴を指差す。確かに、その穴は何かをはめ込むような造りになっていた。
でも大精霊は火・水・大地・風・光・闇・星・満月・新月・命・死……の11人の筈。それに対してプレートの穴は9つ。2つ、穴が足りないんだ。その2つはどうしたんだろう?
「あ〜……命と死の大精霊は割と最近生まれたんだ。それを使ったのは、僕がまだ大精霊の役目を請け負っていないときくらいの大昔だ。穴が足りないのはそういうわけ」
「そうか。だから……」
「なら、今ある2つのエレメントを杖に宿した方がいいんじゃないか?」
「それもそうだな。ルージュ、預けてたやつ出してくんない?」
「うん、わかった」
私は早速、カバンを弄ってしまっておいた2つのエレメントを取り出した。そしてそのままオスクにエレメントを手渡して、私とルーザはそのゴットセプターを2人で握りしめ、なんとか姿勢を維持できる構えを取った。
オスクはエレメントを持ったまま、気を落ち着かせて集中している。やがて、淡い光を放っていたエレメントの輝きが徐々に強まっていった。
「やるぞ。しっかり構てろ」
「う、うん!」
「ああ!」
「そらっ!」
オスクの手からエレメントが離れて宙に浮かぶ。2つのエレメントはくるくると回転し、ゴットセプターに吸い込まれるようにして真っ直ぐ向かってくる。
「ぐっ……!」
ガンッと大きな音を立ててはめ込まれたそれは、かなりの衝撃を腕にもたらした。一瞬よろけてしまったものの、足で踏ん張ることでなんとか耐える。
腕の痺れが取れてきた頃に恐る恐る杖を見上げてみたら……ゴットセプターのプレートの2つの穴に紫と白銀の光が灯っていた。
「よし、成功っと!」
オスクは満足げにそう言って知らせてくれた。
これで封印の一部が解放されたらしい。『滅び』を食い止めるための力を少し身につけられたようで安心した。
「これでその杖の力が解放されるのですね。確かに、先程よりも魔力が増したように思えます」
「だけど、まだまだだ。全部解放するのにあと7つも必要ってのは念頭に置いておけ。何百年も放ったらかしなせいで、元々備えている力も空っけつだし」
オスクがそうたしなめるように言って、私達はゴッドセプターを見上げる。
ゴッドセプターに収めるべきエレメントは全部で9つ。今あるのはまだ2つ……オスクとシルヴァートさんにはたまたますぐに会えたけど、他の大精霊はそうもいかない。そう思うと先が全く見えない。
大精霊のいる場所はバラバラ。それだけに会うだけでもかなりの時間を必要とする筈だ。それに、集めている間に『滅び』が更に侵攻するかと思うと、不安にもなってくる。
「今はいいだろ。オレらは今、できることをするだけだ」
「……うん。そうだね、ルーザ」
「シャドーラル王国も『滅び』に対抗する体制をとりましょう。クリスタ女王、親睦を深めることもそれに繋がる筈。これからもよろしくお願いしますぞ」
「ええ。こちらこそ」
姉さんとエリック王は、お互い笑いあいながら言葉を交わす。この面会を通じて、2つの国の距離が縮んでいるようだ。
「大精霊様は影の世界にもいるのでしょう? それでしたらロウェンも皆様方の仲間に加えていただきたい。影の世界では、影の世界の王族が交渉した方が良いでしょうからな。ロウェン、構わないだろう?」
「もちろんです、父上。僕がお役に立てるのなら」
「えっとじゃあ、それって……」
「はい、僕も皆さんに同行させていただこうと思います。良ろしいでしょうか?」
「はい、もちろんです!」
「じゃあ改めてよろしく、か?」
「ええ。皆さんの戦力になれるよう頑張ります」
こうして仲間がもう一人増えた。ゴットセプターといい、この面会でさらに前に進めた気がする。
とりあえず今日のところはロウェンさんは城に残り、私達四人は帰路についた。
帰る時は馬車はルーザの体質もあって遠慮させてもらったけれど……。親睦も深められたことが嬉しくて、姉さんと私は顔を見合わせて笑いあった。




