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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第17章 理性と狂気とーbeing inseparableー
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第233話 その涙は誰が為に(1)

 

「────ふっ、この!」


 ガツンガツンと耳をつんざく金属音。それは何か規則があって鳴るものではなく、無造作に間隔を空けて繰り返し鳴り響いていた。

 ただひたすらに腕を振るい、目の前の影に向かってぶつかっていく。余計なことは考えなくていい、考え込まなくていい、無心のまま真っ直ぐに。これが、このまま続いてくれれば────


「……退屈だねぇ」


「な、」


 ふと気怠そうな声が聞こえてきたかと思えば、今まさに振り下ろしていた鎌を弾かれる。

 綺麗に標的を切り裂くかと思われた軌道を突如反らされたことで、オレはガクリと体勢を崩す。その隙を狙って刃……薙刀(なぎなた)の切先がオレの目の前に突きつけられた。


「太刀筋ってのは心の乱れに直結する。揺らいだ刃如きが、この鬼の長に通用するとでも思ったのかい?」


「くそっ……」


 情けなく地面にへたり込むオレを見下ろしながら、今まで標的となっていた相手────シノノメの鬼の長・酒呑(しゅてん)童子(どうじ)はそう吐き捨てた。

 以前、コイツから預かったオーブでここに喚び出して鍛錬に付き合ってもらっていた。鎌を振ることにだけ集中していれば気が紛れると……現実から少しでも目を逸らせると思ったために。だが……


「呼吸は乱れている、焦りが剥き出し、駆け引きは皆無で、視線も意識も明後日の方向へ飛ばしていると来たもんだ。一体何を気にしているんだい?」


「……なんでもねぇよ」


「言う気がないなら当ててやろう。身内の身に何かあったね?」


「……っ!」


 ドンピシャで言い当てられ、肩がビクリと跳ねる。言葉には出さずとも、その反応は図星だと白状しているも同然だ。そんなオレに、酒呑童子は「やはりね」と肩をすくめる。


「全くもってわかりやすいねぇ。出会って日は浅いが、お前が気を揉むことなどそれくらいしか思い当たらない。悩みの種となっているのは、お前の片割れらしきあの桜色の小娘か」


「……だから、なんだっていうんだよ」


「なんともしないさ。私が興味を示すのは酒と喧嘩(けんか)だけさ。いくらお前が好敵手であろうとも、お前と刃を交えることだけが私の目的であって、それ以外はどうでもいい。だからこそ────」


 ブンと大きく振るわれた薙刀が、ヒュッと音を立てて風を切る。そして、その刃が再びオレの鼻先へと向けられた。

 不満げに歪められた顔と共に飛び込んできた鋭い銀色の輝きが、今の酒呑童子の心情をありありと物語っていた。


「標的から注意を背けるような、半端な刃でこの私に挑もうとする心が気に食わない。お前の八つ当たりのために、私を喚び出したと? ────ふざけるんじゃないよ‼︎」


「……っ!」


「全くもって不愉快だ。それは私に対する最大級の侮辱と知れ」


 強く叱責され、情けなくも身がすくむ。そんなオレに酒呑童子はフンと鼻を鳴らすと薙刀を引っ込めて肩に担ぎ上げた。


「興醒めだ。今のお前とやったところでつまらないったらありゃしない。少しは己を見つめ直してみるがいいさ」


「お、おいっ、まだ終わりじゃ……!」


「二度も同じことを言わせるんじゃあない。私の好敵手に相応しい面になるまで、お前と相対する気はないよ。今日はこれで帰らせてもらう」


 引き留めようとするものの、酒呑童子は振り向きもしなかった。伸ばした腕は何も掴むことなく、虚しく虚空を仰ぐ。その身体が蒼い炎に包まれてこの場から姿を消していくのを、黙って見ていることしかできなかった。

 ……一人、その場で取り残される形となり、胸が言いようのない感情で満たされていく。吹き抜けた風が火照った身体には嫌に冷たく感じて、ぶるりと身震いした。


「くそっ……」


 行き場のないこの気持ちをぶつける場所もなく、今まで握りしめていた鎌を地面に投げ出してその場にくずおれる。

 酒呑童子の指摘がものの見事に自分の痛いところを突いていて、反論のしようもなかった。八つ当たりだと、そう称されても否定できなかった。その自覚はある。……だからこそ、己が情けなくてたまらない。


「どうしろって言うんだよ……」


 クリスタからルージュのことを頼まれたはいいが、それに対してオレは未だ何もできずにいた。ルージュと正面から向き合うことも避けて、ままならない気持ちを持て余すばかり。

 何か、するべきだとはわかっている。理解もしている。だが、納得もいかないままで。なんとかしようと動きはじめている仲間達に置いていかれたまま、心の整理をつけられずにいつまでも隅で燻り続けている。


「ふーん、もう終わり? あの戦闘狂相手に、随分短い鍛錬じゃん」


「オスク……」


 いつから見ていたのか、そんなオレにオスクが近づいてきた。

 オスクと言葉を交わすのも、久々な気がした。アルマドゥラから帰ってきた日以来、顔すらまともに見ていなかったように思う。……いや、オレが見ようとしていなかっただけなのか。


「それで、いつまで下見てるつもりさ? 一週間ずーっとうだうだしてくれちゃってさ。見苦しいったらなんの。お仲間達はそれぞれ動き出してるっていうのに、お前だけずっと不貞腐れたまんまでさ」


「……っ。わかってる、っての……」


 口ではそう言うが……それでどうするのかと聞かれたら、答えを示すことができないだろうとは思った。ルージュの記憶を取り戻すことから逃げ出して、余所見して全く関係のないことに手を出している時点でそれは明白だった。

 何かできることがあればしたい……そう思うのに、足が動かない。光が、見えてこない。

 そんなオレを見下ろし、オスクはフンと鼻を鳴らす。


「……僕はさあ、最近はお前らの評価を見直そうと思ってたんだよ。半人前っていうのは変わらないけど、そこから一歩は歩み出しているってな。それなりの心構えを身につけ始めている……って思ってたのに、さあ?」


「……」


「その情け無い面はなんだよ。少し足元を掬われたからってズルズル、ズルズルと。やっとお前らを、お前を認められそうだって時に、」


 オスクはそこで一呼吸置いて、冷え切った声で続ける。


「────がっかりだな」


 ……凍てつくような眼差しで告げられたその一言は、オレの胸を抉るかの如くグサリと鋭く突き刺さった。

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