第229話 束の間の平穏(2)
「オスク、何してるの?」
「なんでいちいち答えてやらなきゃいけないのさ。見てわかるだろうが」
「わからないからこうして聞いてるんだけどなぁ」
座り込みながら手をひたすら動かし続ける僕に対して、性懲りも無く首を突っ込んでくるティアを軽くあしらう。
今、僕がいじくり回しているのはここ数日で集めてきた昏闇草の束だ。闇の領域で生えている、闇の精霊の魔力を浴びながら成長するから当然僕達とは相性が良い。それを割いて繊維にしてから魔力を込めながら糸を紡ぎ、さらに編み上げていく……というとてつもなく手間がかかる、途方もない作業を僕は黙々と進めていた。
こんな焦ったくてたまらないこの作業じゃ、削られていく気力も根気も馬鹿にならないわけで。今は話すことも面倒なのだから、覗き込むのはまだいいとして、静かにしていてほしいのが本音だ。
「ティアさーん、オスクさんは結局何されてるかわかったっスかー?」
「ぜーんぜん。オスクったら手元ばっかりに一生懸命で私達のこと見向きもしないんだもの。お喋りもしてくれないし、つまんない」
「する暇がないってんだよ。集中してるんだから黙ってろ」
「ほら、ずっとこんな感じなの」
「あははー、残念ですねー。まああんまりしつこいと怒らせちゃうんで、今は俺と2人で話しませんかー?」
「うーん、そうね。何を頑張ってるのかわからないけど、2人で温かい目で見守ってましょう!」
「変な目で見るな。視線もうるさいんだからあっち向け!」
いくら僕が無視をしようとも、懲りずにちょっかいをかけてくる2人。この作業で元々気が立っていたせいで堪らず声を荒げた拍子に、手元に力が入って今作ったばかりの糸が一本千切れてしまった。
……こうなるから相手するのは嫌だってのに。仕方なくその糸は捨てて、新しい草を手に取った。
「でも、本当に何を作ってるの? ここのところ会う約束しようとしても断ってたし、今日やっと会えたと思ったらずっと集中してるし」
「別にいいじゃん。僕の勝手だろ」
「そうかもしれないけど。……何か、手伝えることがあるならなんでも言って。力になれるならなりたいの」
「お気遣いどーも。そのつもりができたら声かけるから今は口閉じてろ」
「もう、そればっかり」
いくら言っても諦める気はないらしいティアは尚も声をかけてきた。だが、それからは何を言われようとも無視を貫いていたら、やっと思い知ったのか不服そうに口を尖らせながらようやく黙った。
確かに、自分でも何をやっているのかとは思う。自分のためでもないというのに、こんなに労力と気力を割いてまでひたすら「これ」を作り上げるために没頭しているなんて。
それも二、三日くらいの短期間ではなく、一月近くずっとだ。馬鹿馬鹿しいにも程がある。だが、それを自覚していながらも手を止めることはなかった。
なんとなくやめられないというのもそうだが、ここまで準備を整えて作り始めてからもうかなりの時間が経過してしまったんだ。放り出してしまえば楽ではあるが、それまでの苦労が全て無になるというのも癪だった。
「……ん、サイズはこんなものか」
時間はかかったが、やがて想定していた通りの大きさまで作ることができた。後は……
「おい、ちょっとこっちに来い」
「そういう時は名前で呼ぶものだと思いまーす」
「うっさい、力になりたいんだろ。つべこべ言わずにさっさと来る」
「もうっ」
意地でも名前を呼ぼうとしない僕に、いかにも不満げにふくれっ面を見せつつもティアは指示通り近くへと歩み寄る。そして指先を動かして「しゃがめ」と命じて、ティアが首を傾げながらもそれに従った瞬間に、
「わっ! わわわっ、なになにっ⁉︎」
その頭を軽く鷲掴み、わしゃわしゃと雑に撫でてやる。突然のことにティアは理解が追いつかずにされるがままで、解放してやってからもその場で目を白黒させてぽかんとしていた。
「んー。まあ、こんなもんか。……で、いつまで呆けてんのさ。用は済んだからさっさと戻れば?」
「え、オスクが呼んだのに⁉︎ ちょっとは説明してくれたって、」
「面倒。後でまとめてやるから今は受け付けてやんない」
「むう〜っ……!」
僕がそう突き放せば、ティアは顔から蒸気が出るんじゃないかという勢いでぷんすかと怒りを露わにしつつ、待機したままでいたマフィの元へと戻る。その後も「馬鹿!」だの「意地悪!」だの語彙に乏しいにも程がある悪態を散々ついているのを、隣にいるマフィがまあまあと宥めていた。
さっきからやめろと忠告していたというのに、口を挟んできて集中を削がれたことへのちょっとした仕返しだ。ティアからの罵倒をフルシカトして、最後の仕上げへと入る。
「……っ、これで」
さっきティアの頭に触れた時に拝借しておいた光の魔力を全体に馴染ませ、さらにこれに込めた魔力が外へと流れ出ないように生成しておいた2本の細い鎖をクロスさせるようにして巻き付けて縛り付ける。────完成だ。
「ほらよ、受け取れ」
「え? わあっ⁉︎」
仕上げたばかりのそれを投げて寄越してやり、ティアは慌てて手を伸ばす。二、三回手の平の上でバウンドしてから、ようやくその中へと収まったそれをしげしげと見やる。
「この真っ黒な布……なあに? この細さだとバンダナ、でもないし……目隠し?」
渡されたものを見て、ティアは不思議そうに首を傾げていた。
僕が今まで使っていたものはティアの言葉通り、目隠しなのには違いないのだが、一体どうしてこんなものを必死になって作っていたのかとさっぱり理由がわからないために。いい加減説明してと視線を投げてくるティアに対して、返事する代わりに肩をすくめて見せた。
「用途はアンタの言った通りだよ。とりあえずそれ、そいつの顔に巻き付けてやれ」
「うーん……じゃあ、マフィ。ちょっと顔、触らせてもらうね」
「了解っすよー」
マフィからの了承を得たティアは早速、マフィの背後に回ってその目隠しをマフィの目元に当てて、後頭部で布の両端を結び付ける。付けてすぐは巻かれた本人もきょとんとしていたが、やがて剥き出しのままの口がにんまりと弧を描いた。
「あは、お2人ってそういった顔されてたんですかー。うんうん、想像していた通りー……いや、それ以上に綺麗な顔してましたねー」
「えっ……もしかしてマフィ、私達のこと見えてるの?」
「はい、色までは判別できませんが、形はばっちりとー。成る程、成る程、オスクさんが今まで何されてたのかやっと理解できましたー」
「……とりあえずは成功か。ま、どこに何があるか視認できれば充分だろ」
そう、僕が今の今までせっせと作っていたのは魔法具だ。身に付けることでそれに宿してある魔力を目に浴びさせ、魔力を介して外部のものの輪郭を目に写し込むという代物。闇と光の魔力の調節が面倒だったが、実際付けてる奴の反応からしてなんとか上手くいっているようだ。
これならば、マフィのような目が全く機能していない奴でも物体の凸凹で形くらいは捉えられる。表面ツルツルな鏡に映った鏡像なんかは流石に無理だが、何にも見えない状態よりかは遥かにマシだろう。
「オスク……今まで頑張ってたのって、私がマフィの目をなんとかしてあげたいって言ったから?」
「アンタがいつまでもぎゃーぎゃー騒ぐからな。これで満足か?」
「ふふっ……うん、すっごく! オスクってやっぱりすごいのね。普通の精霊が苦手なことでもこうしてやってのけちゃうんだもの」
「面倒くさいから二度と御免だけどな。見通せる範囲はそこまで広くないけど、これでつまずくことくらいは防げるだろ。後はまあ、威嚇の意味でもあるけど」
「威嚇って?」
「顔の一部が隠れて捉えられなくなるだけで、相対する奴は多少なりとも緊張するもんじゃん。目なんかはその典型例だ。口ほどにものを言うってくらい、目は感情を反映する。それが見えなくなると、一気に何考えてるかわかりにくくなるっしょ?」
「あっ、確かにそうね。ちょっと見た目怪しくなる感じ。でもこれはこれでミステリアスでかっこいいかも!」
「いやぁ、照れますなー」
ティアの真っ直ぐな褒め言葉に、頭を掻くという絵に描いたような仕草を見せるマフィ。
……まあコイツの場合、口がよく動くものだからその効果はあまり期待できないが。
「オスク、口では色々言ってたけどやっぱりマフィのこと気にしてたんじゃない。もうちょっと素直になってもいいのに」
「ハッ、ただの気まぐれだっての。ただでさえ理解者少ないんだし、お荷物が多少使える程度にしたってだけだ。あのまま放っておいて、アンタの顔面が悲惨になるところを拝むんでも別に良かったけど。しばらく笑いのタネに困らなさそうだったのに、あー残念」
「もう、またそんなこと言って! 意地悪ばっかり言うお口はこうしちゃいます!」
「いひゃっ! にゃにふんあ! こにょっ、はにゃへ!」
僕の言葉にふくれっ面になったティアは、お仕置きとばかりに僕の頬を思いっきりつねる。当然、すぐさまやめさせようと抵抗するものの、ティアも意地になったのかなかなか離そうとしない。
ぎゅうぎゅうと遠慮なしに引っ張られる口の端に、じんじんと鈍い痛みが広がっていく。いい加減にしろと掴みあげようとするものの、ティアはそれをひらりとかわす。
「さっきの意地悪のお返し! ごめんなさいって言うまで絶対やめないんだから!」
「ふにゃけんなっ! もとはといへばっ……!」
そんなくだらない小競り合いを繰り広げている後ろで、
「あははー、やっぱり見えるっていいですねー。……お2人の姿がわかって、やっと仲間に入れた気がしますー」
暗闇に閉ざされた世界から脱することできたマフィは、目隠しの下で心底幸せそうに微笑んでいた。




