第229話 束の間の平穏(1)
……それは、出会ってからしばらく時が経ち、3人でつるむことも珍しくなくなった頃のこと。その日も他人の目を盗んで3人で集まり、雑木林に身を隠して言葉を交わし合っていた。
「……っと、ここなら誰も来ないよね?」
「周りに気配は感じないからな。てか、警戒すんのはいいけど、挙動不審すぎ。そんなんじゃかえって怪しまれるじゃん」
「し、仕方ないでしょ。最近、オスク達のところまで行こうとしてるの見られちゃったみたいで、上の精霊達から詰め寄られそうになったんだもの」
「ふーん。結局、アンタ自身が原因ってわけだ」
「むぅ〜っ……まあそうなんだけど」
僕……オスクがそう指摘すれば、ティアは指を突っつき合わせて不満そうに頬を膨らませる。自分の失態を認めつつも、まだ何か言いたげな視線を寄越してくるために、僕もジロリと目をやった。
「何さ。言いたいことがあるならはっきり言えば?」
「えっと、その。ちょっとは心配してくれたりしないの、って」
「やだね。そこまで親切じゃない」
「もうっ。オスクの意地悪!」
べ、と舌を出して拒否して見せれば、ティアは頬を風船のように膨らませながら腕をばたばたとさせる。
コイツは僕に一体何を期待しているのやら。協力者という関係ではあるものの、それ以上でもそれ以下でもない。名前を呼ばないのも相変わらず。ただ警戒する必要はない、傍にいても気を張らないでいい相手、というだけだ。
本当に、ただそれだけ……の筈なんだ。
「あははー。やっぱりお2人、仲良しですねー」
「あ、そう見える? そうよね、オスクってば口では意地悪言うだけで本当は優しいもの」
「勝手に決めつけんなっての。大体、コイツは目ぇ見えてないってのにさ」
不意に口を挟んできた、以前に仲間として引き込んだ盲目の闇の精霊であるマフィ。その身体的ハンデのせいで、常に視界が暗闇に閉ざされているという過酷な状況下にあるにもかかわらず、コイツが纏う空気は今日も今日とて能天気なものだった。
「ね、マフィ。遠慮せずに話したいこと話してね。ここなら私達しかいないんだもの。吐き出せる時に目一杯吐き出して、スッキリしちゃいましょう。そうでないと心も辛いままだもの」
「お気遣い感謝しますよー。まあ、俺としては俺自身を理解してもらえる存在がいるってだけで、大分気持ち楽ですのでー。そこまで辛くはないのでご心配なくー」
「そう? でもずっと一緒にいるのは難しいから、今の内にお喋り楽しんでおかないと!」
まだどこか無意識に遠慮しているところがあるのか全てを吐き出そうとはしないマフィに、ティアは自分から距離を縮めようとマフィの隣に座り込む。何かとお節介焼きなティアにとってはマフィのことが気になって仕方がないらしい。
さっきまでビビってキョロキョロと辺りを見回していたのはなんだったのかと思うほど、ティアはすっかり緊張感を彼方へ放り出していた。リラックスするのはいいけど、流石に気を抜き過ぎだ。こうも極端じゃいつか足元をすくわれて、またしても僕が尻拭いをさせられそうだとため息をつく。
「ここに来るまで何もなかった? 怪我とかしてない?」
「大丈夫ですよー。まあ、かなーりゆっくりではありますけどねー。手探りで前に進むのも毎日やってれば慣れるものっスからー」
「……やっぱり見えないって大変なのね。私も前に目をつぶってちょっと歩いて見たんだけど、ほんのちょっと進むだけですごく怖かった。踏み出してからそこに何もないか、いちいち確かめないと危ないって思ったもの」
「なにわざわざ体験しようとしてるのさ。すっ転んで頭から倒れ込んで顔面が悲惨なことになっても知らないぞー?」
「だ、だって少しでもマフィの気持ちわかってあげたいんだもの! そりゃあ、実際には全然違うとは思うわ。でも、少しでもどうにかしたいから解決方法探っていたの!」
「ふーん。で、成果の程は?」
「う……まだゼロ、です……」
「無駄骨」
「やっぱり意地悪!」
ハッ、と鼻で笑ってやれば、ティアはプンスカと顔を真っ赤にして怒る。
大体、目をつぶって体感してみようという発想がそもそも安直にもほどがある。自分の意思で状態を模倣するのと、生まれつきのものでは全然違うだろう。見ようと思ったら見えるのと、見たくても見れないとではそれだけ差があるのだから。
「手段がゼロってわけでもないっしょ。闇を見通してこそ闇の精霊なんだ。目に魔力を集中させでもしたら、至近距離のものなら輪郭くらいは捉えられるんじゃないの?」
「あー、それですかー……」
「えっ、そんなことできるの⁉︎ ねえマフィ、試してみたら?」
ふと僕がした提案に、ティアは名案だと言わんばかりに目を輝かせながら食いついた。だが、肝心のマフィ本人はあまり気乗りしてない様子だ。
「いやぁ、そのー。実はそれ、もうやったことあるんですよねー。けどー……」
「けど?」
「目がすごーく疲れるんですよー。それに俺の場合、元が全く見えないんでかなりの魔力使わなきゃそれも難しくてですねー。目が熱持ってしまって、危うく眼球が焼けるところでしたよー」
「えっ、大丈夫だったの⁉︎」
「まー、こうして今無事なんでー。だけど魔力の消費も馬鹿にならないのでやめましたー。いざって時に魔法使えなくなるのも困りますからねー」
「そっか……残念」
本気でマフィの視覚をなんとかしたかったらしい、ティアはがっくりと肩を落とす。他人の問題なのにもかかわらず、まるで自分のことのようにあれこれ考え込むティアの姿に僕は肩をすくめる。
僕の時といい、どうしてそこまで他人の事情に気を砕けるのか疑問だが、それがコイツの性格なんだろう。それが解決したところで、自分に何か利益が返ってくるわけでもないのに、ティアは構わず首を突っ込もうとする。だからこそ光と闇の精霊の仲をよくしたいなんて、他の連中からすれば幻想だと切り捨てられる無茶な夢を抱いたのだろうが。
「自分の魔力じゃダメなら……魔法具はどうかしら。妖精ではそういった身体が不自由な部分を補助をするものも作ってるって聞いたことあるけど」
「探せばあるかもしれないですけどー、骨が折れそうですねー。はぐれ者である俺達にはそういったツテってゼロですしー」
「むぅ、そうよね……。でも自分で作るにしても、多分輪郭をちゃんと捉えるなら闇の魔力だけじゃ不十分よね。精霊って一つの属性専門だからそういうのってどうしても苦手だし……どうしよう」
「……ふん」
2人の会話を聞き流しつつ、僕はこっそり息をつく。
一つの属性だけでは無理、か。でも僕の特性ならば。
他人にお節介を焼くガラでもないけど……まあ一つ恩を売っておくのは悪くないかと思って、僕はおもむろに立ち上がった。




