sub.暁雪の師弟(6)
職人妖精から受け取った留め具を身に付けて、俺はそれからも師匠を追い続けていた。
異国での大きな戦いも、いつの間にか終結したらしい。それによって国と国との交流も徐々に回復してきて、少々手間はかかるものの異国のものも前よりずっと手に入りやすくなった。これ幸いとばかりに俺は暇を見つけては異国の書物や武器を扱う行商を尋ねて、師匠の戦い方を自分のものにすべく行動し始めた。
記憶だけを頼りに憧れの相手の戦い方を真似るというのは思った以上に苦労した。魔法も、属性が違うために全てを模すのは流石に無理があったので、できる範囲に収めざるを得なかった。
特に難航したのが剣術の模倣だ。複数の指南書を見比べてようやくわかったのだが、師匠はどうやら流派を定めていない……つまりは自己流で剣を振るっていたらしい。ミラーアイランド王国で主流とされている剣術を基盤にして、節々に他の流派の扱い方を挟んでいると思われた。それで女でも力があまりいらない使い方に仕上がっていて……創意工夫を凝らす戦い方は、実に師匠らしいものだった。
そして、このことから師匠はミラーアイランドの出身ではないかと俺は当たりをつけていた。
「ミラーアイランド王国……行こうと思っても俺には敷居が高いな」
確証はないものの、ようやく師匠の居場所を推察できたことですぐに行動を起こしたかったが、踏み切れない理由がいくつかあった。
まず第一に、旅費が馬鹿にならない。異国との交流も徐々に増えてきているとはいえ、そもそもそのための船だってまだ少ないんだ。仕事で懐も以前よりは寂しくなくなってきてはいるが、払えるほど蓄えられているかと聞かれればその答えは否だ。
重要な点がもう一つ、仮に俺の予想した出身地が正解だったとしても正確な居場所までは結局わからないままということ。ミラーアイランドもそこまで大きくはない島国といえど、地図に載っている面積と実際に踏み入れた時との感覚はやはり違ってくる。具体的にどこにいるのか、わからないまま手探りで未知の異国を探索するのは現実的じゃない。
「……結局、俺は自分一人じゃ踏み出せないままなんだな」
もしもあの時、師匠と出会えてなかったら。膝を抱えて震えていた俺の手を引いて、村のみんなを説得してくれた師匠がいなかったとしたら。当時の目標であった友達を作るどころか、歩き出すことさえ叶わなかったかもしれない。
歳を重ねて、少しは成長できたと思ったのに。今度は自分が師匠を助けられるようにと、この道を進むことを決断したにもかかわらず。不安に駆られ、後ろ向きな考えばかりが先走って、最後の決断という一歩を踏み出せない。あの時と変わらず、根は臆病者のままなんだ。
「師匠が来てくれるまで、待つしかないのかな……」
直したいと思うのに、やっぱりそれはできないままで。己の無力さに打ちのめされ、情けなさにどうしようもなく苛立ちが込み上げる。
……そうして何もできないまま、いつの間にかまた100年ほど時間が過ぎ去っていた。
その時は本当に偶然で、かつ突然訪れた。いつも通り気まぐれに歩き回っている最中、偶然耳に入ってきた話だった。
なんでも、あの因縁の場である町近くの港に異国からの大きな船が来ているらしいと。しかも、その見た目のきたらかなり物々しいようで、それを目にした周辺に店を構えている住民達がシノノメを攻めに来たんじゃないかと大袈裟に騒ぎ回っているらしい。
辺りでは逃げた方がいいんじゃないか、そんなわけないから落ち着けと、妖精も精霊も一緒になってやかましく言い合っている。
「異国からの大きな船、か」
その話に、自分でもよくわからないまま食いついていた。
わかっているんだ。いるなんて確証もないのに、そんな幻想にすがるなんて。そもそも、異国の船なんて今ではもうあまり珍しいものではないというのに。
……だが、奥底でずっと根付いていた、もしかしたらという希望を否定し切れるわけでもなくて。直接見て確かめなければ、間違っているのかもわからないから。ちょっと見に行くだけならと、俺は何かに突き動かされるようにしてその町を目指して歩いて行った。
「その港から降りたというなら、道から逸れたりしなければこの辺りにいると思うんだけど……」
……今になって思い返してみれば、これも運命というやつだったのかもしれない。
自分でも急ぎすぎと思うくらいに素早く目的地へと向かい、辿り着いてすぐに俺はそれらしき妖精か精霊がいないかと辺りをキョロキョロ見回す。
着いてすぐには見つけられなかったが、近くにいる妖精達は何やらヒソヒソとささやき合い、そわそわと落ち着かない様子だった。その挙動からして、この付近にいるのはどうやら間違いないようだ。
「……っと、あれか……?」
やがて見つかった、異国からのお客らしき妖精と精霊の集団。ここでは見慣れない服装であるために、周囲から奇異なものを見る目に晒されているせいで、恥ずかしそうに縮こまりながら歩いていた。
「あれ……あの男の精霊って確か、闇の大精霊様じゃ。どうしてこんなところに……」
その集団の中で唯一堂々と歩く一人の精霊。前に読んだ本の情報が正しければ、数年前から行方不明になっているという闇の大精霊その人だ。
大精霊について特別詳しいというわけじゃないが、本にあった挿絵とその容姿は見事に合致している。周囲にいる他の妖精達は知らないのもあるのか、服装ばかりに気を取られて全く気付いていないようだが。
しかも、目を凝らしてみればその隣にいるのは満月の大精霊であるカグヤ様ではないか。変装のつもりなのか、服装こそ薄汚れた麻でできたみすぼらしいものになっていたが、一瞬頭巾から覗いた光輝くような美貌の持ち主は、そうそういないだろう。
大精霊様と行動を共にしている集団……この時点でただの観光客ではないのは間違いない。その中にいる精霊……とはまた違う銀髪の女性はともかく、6人ほどいる妖精達は見かけこそ随分と若いようだが只者ではないのかもしれない。
その中に師匠らしき精霊の姿は見えないが、仕事柄知りたがりである俺には気になって仕方がなかった。何かに導かれるようにして、彼らが向かった先である呉服屋にそっと近づいてみる。
「まだ何か準備があるっしょ? 僕らが加わるだけで対抗できるような相手でもなさそうだし」
「ええ、まず会いたい相手がいるのです。このシノノメ中央に聳える、霊峰・フジの頂上に住まう者を訪ねたく思ってまして」
「アンブラじゃあの火山に当たる山か……。登るだけで手強そうだね」
着替えを終えて、彼らは呉服屋の前で何やら話し込んでいた。
やはり彼らは観光のためにシノノメを訪れたわけではないようだ。何か戦いに赴くような、それも大精霊様2人が付いているにもかかわらず、さらに戦力が必要だというほどの……強大な敵に立ち向かおうとしているらしい。
話の続きが気になるあまり、俺は無意識の内に彼らの元へと少しずつ歩み寄っていた。
「霊峰というだけあり、登るのも決して容易くはありません。しかし、その頂上に住まう者はかなりの力を有しているのです」
「……ふーん、君らはそんな力を求めるためにそんな危険な山に突っ込むつもりかぁ」
「ああ。……ん?」
「えっ、誰⁉︎」
思わず声を漏らしたことで飛び退かれ、そこでようやく自分が彼らへ接近しすぎていたことに気が付いた。
一番近くにいた、飛び退いた妖精の少女を見た時……正直息が止まるかと思った。だって、あまりにも似ていたから。種族こそ妖精という相違があるものの、薄桃色の顔と、紅玉のような大きな瞳が、どれも師匠を思い起こさせるものだったから。
どうにかして、彼らに取り入りたい。彼らと繋がりを持てれば、今まで行き詰まっていた道が見えてくるかもしれない……そう考えた俺の行動は早かった。
「おおっと、ごめんごめん。職業柄、つい気になる話に耳を立ててしまって。いやー、失礼なことしちゃったな」
「職業柄、って……」
「な、何者だよ、お前……」
「まあまあ、君らに危害は加えないんで安心してよ。何者か、って言われればそうだなぁ……俺は『フユキ』。ただの風来坊……しがない情報屋さ。仲良くしようぜ、妖精さん?」
笠を脱いで顔を露わにしつつ、飛び切りの笑顔を向けて名乗る。
これが、俺にとって二度目となる大きな転機となる出会いだった。




