第2話 出会い(4)
……やがて森を抜けて屋敷に到着した途端、ルーザは私の屋敷を見上げ、少し驚いている表情を浮かべている。
確かにかなり大きな屋敷だ。普通の建物じゃないことは一目瞭然だし、驚く気持ちもわからなくもない。
「……ここがお前の家か?」
「うん、まあ」
「随分でけぇな……。お前、家族は?」
この屋敷を見たことで、私がどんな家柄か気になったが故の質問だろう。ルーザからしてみれば何気なく尋ねたことなのだろうけど、私にとっては答えにくいものの一つだ。
「その……ここでは一人暮らしなの。家族は別の場所で暮らしてる」
「ここではって……。まあ事情があるんだろうから聞かないでおく」
「ルーザこそ家族は?」
ルーザが聞いたのだから、私も尋ねたっていいだろう。それに、いきなりここに来てしまったと言ってたし、家族だって心配している筈。そう思って同じ質問を投げかけたのだけど、ルーザは首を振った。
「居ないよ。家には世話役の執事だけだ。家だけ残して捨てられたのかもな」
「え、捨てられたって……⁉︎ 親のことは気にならないの?」
「別に。捨てた奴の顔なんて見たくもない」
ルーザは心底興味なさそうにプイッと顔を背ける。
そんな軽い感じでいいのかな……。まああまり聞かないほうが良さそうだ。他人の家の事情だし、私だって複雑な理由でここに住んでいる。私だって話したくないことぐらいはある。それなのに、ルーザばかりに聞くのは不公平だ。
とりあえずは中に入り、中の様子を知ってもらうために2人であちこちを歩き回った。
屋敷自体も広いから、とりあえずリビングやキッチン、バスルームなど、必要そうな部屋だけ説明して、後は追い追いにということにした。
「えっと……この部屋がいいかな。ベッドもあるし」
「ああ、悪い」
そして最後にルーザが寝泊まりする部屋を決めた後、ルーザはさっさと外に出ていってしまった。……と思いきや、庭に出た後にすぐ芝生の上に腰を下ろしていた。
色々あったみたいだし、気持ちの整理でもするのかもしれない。ここに来たのも急な出来事だったようだから。
私はルーザの様子を気にしつつ、早速夕食の支度を始めていく。今日は普段とは違って、2人分の食事を作るから材料の下準備もいつもの2倍。……そんな小さなことでも、いつもは一人の私には新鮮に思えることだ。
1時間程かかって、料理が出来上がる。私は外にいるルーザに知らせようと、窓から顔を出して声をかけた。
「ねえ、ルーザ。そろそろ晩ご飯にしようと思うんだけど、一緒に食べない?」
「いいよ。腹減ってねぇし」
「音、してるけど?」
「……」
ぐうぅ〜、といかにも空腹そうな音を立てるルーザのお腹。流石に恥ずかしかったのか、ルーザは顔を赤らめながら渋々中に戻った。
「口に合うといいんだけど」
「……悪い」
結局、空腹に耐えられなかったのか夕食を食べ始めるルーザ。断ってた割にはかなりの勢いで料理を口に運んでいる。
「その様子じゃ、随分お腹が減っていたようだね」
「しゃあないだろ。だが木の実ぐらいは食ってたぞ。森にけっこうなってたしな」
あ、森にいたのはそういう訳か。でも怒鳴りつけることはないだろうに。
だけど、急に来たこともあるから気が立っていたんだろう。これでもやもやの原因も分かったし、もう根に持たないようにしよう。
「でさ、どうしてここに来れちゃったの?」
「ん……、ダイヤモンドミラーを覗いてたらいきなり視界が眩しくなってな。気がついたらここに居た」
「そっか。じゃあ明日、鏡の泉に行ってみようよ。何か分かるかもしれないよ」
「ああ。ったく、とっとと帰りてぇもんだ」
ルーザは半ば愚痴に近い一言を漏らした。
明日、何か手掛かりが掴めるといいけど……。そう思いながら、ルーザとテーブルを囲んで料理を口に運んでいった。
……夕食を済ませてからしばらくした頃。もう寝てもおかしくない時間だったために、ルーザは私が貸した寝衣に着替えて、就寝の準備を整えていた。
外もすっかり暗くなり、閉めたカーテンの隙間から星明かりがちらちら見える。夕食の時間に比べてすっかり影が落とされたリビング内に、設置された燭台の光が映えていた。
「おやすみ、ルーザ」
「……ああ、おやすみ」
いきなり飛ばされたということもあって、ルーザは疲れが溜まっているらしい。入浴を済ませた後、特にすることもなかったルーザは早々にさっき決めたルーザの自室に戻っていった。
……改めて見ると、後ろ姿まで本当にそっくりだ。
双子でもないし、なんの関係もない他人なのにこんなに似てるって普通に考えても変だ……。本当、ルーザって一体……?
それも気になるけれど、おやすみっていう相手がいるのもなんだか慣れない。でも何故か嬉しいような気がした。
……今まで一人で少なからず寂しかったのかな、なんて。
とにかく私もしばらくしてから自室に戻り、そこに設置されているベッドに潜り込んで、目を閉じた。柔らかいベッドの感触が私を包み込み……私は暗闇に意識を手放した。
その翌日、ルーザがこの場所に来てしまった原因を探るべく、朝食を済ませて私とルーザは早速鏡の泉へと直行した。
とりあえず泉に来てみたものの……普通に鏡があるだけで特に何もない。いつも通り、立派な鏡が据えられてるだけだ。
「うーん、来たはいいけどどうしたらいいのやら」
「石ころでも投げつけてみるか?」
「えっ⁉︎ それはさすがにまずいんじゃ……」
ルーザはそこらに落ちていた石ころを拾って、言うが早いか投げつけた。
わ、割れる……⁉︎
怖くなって、思わず私は頭を抱えてしまった。この鏡はこの世界では有名なことは確かなのだけど、割ったりなんかしたら何が起こるか……!
……と、思ったけど何故か割れる音もしなければ、うんともすんともいわなかった。
「あ、あれ……? 石、確かにに投げたよね?」
「聞かなくてもお前だって投げるところ見ただろ?」
じゃあ後ろにあるのかな? こんなところにある鏡だ、普通の鏡ではないし、中を突き抜けたという可能性もあり得る。
そう思って探してみたけれど石が一個もなかった。草が生えているだけで、落ちているものすらない。
……どういうことだろう?
「割れてもいないし、突き抜けてもいない。って、ことは……」
「おい、中に入ったとでもいうのか?」
「確かめてみる価値はあるでしょ?」
とはいえ、直接触るのは流石に抵抗がある。以前からこの鏡には危ないから触るなと聞かされていた。どうして危ないのか、触ったらどうなるのかは教えてくれなかったし、不可解なことに誰も知らないようなんだけど……。
とにかく、試しにと私は剣を鏡に向かって突き立て、その刃を表面に突き刺してみる。……すると、剣は鏡に弾かれることもなく、ズブズブと中に入っていった。
「んなっ……」
剣は突き刺さる……というより、鏡に飲み込まれているように刃が中に入っている。まさか本当に入れるとは思わず、あまりのことに私は驚いて固まってしまう。
今まであまり気にしたことでも無かったけれど、この鏡……本当になんなの……?
「……これで分かったな。じゃあ入れば帰れるのか?」
「いや……それが、その」
「なんだよ?」
鏡の中に入れることが分かったのはいいのだけど、ここで一つ問題が発覚。それがまだ分かってないルーザも最初は首を傾げていたけれど、私の表情と剣の状態を見てやがてそれに気付いた。
「ん? 剣、それ以上入らないのか?」
「うん、なんか奥でつっかえているみたいなの」
「ふーん?」
そう言ってルーザは何を思ったのか、無理矢理剣を押し込もうとした。
当然、中に入ったとはいってもつっかえたままの剣はこれ以上入る筈がない。ルーザが力を入れる度に、鏡の中からみしみしと嫌な音が聞こえてくる。
「ちょっ、折れたらどうするの⁉︎」
「折れねぇだろ、こんなもん。万が一は買い直せばいいだけだ」
「そ、そういう問題じゃないでしょ! 私にとっては大事なものなんだから!」
「冗談だよ。武器ってのは使い込んで大事にしなきゃ意味がないからな。だが、どうするか……どのみちこのままじゃ帰れそうにない」
「う……まあ、そうだね」
帰り道が分かったところで、そこが通れないのでは意味がない。原因らしき鏡の状態がこの有様。無理に潜れそうか試してみても実態がはっきりしていないのも事実、下手に事故を起こしてしまっても困る。
名残惜しいところはあるけれど……今日のところは家へ帰ることにした。