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幻精鏡界録  作者: 月夜瑠璃
第17章 理性と狂気とーbeing inseparableー
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sub.暁雪の師弟(3)

 

「おーい、こっち来て収穫した作物を運ぶの手伝ってくれ!」


「はい、ただいま────」


「フユキ、うちの子がへそ曲げて山に入っていっちゃったんだ! 一緒に探しておくれ!」


「……あーっと、先にやらなきゃいけない仕事ができたみたいですね」


「しゃあねぇ。そっちが優先だもんな」


「見つけたらすぐに戻ります」


 成長し、子供という枠組みから脱した俺は、ここで過ごした期間もそれなりに長くなったおかげて村のみんなから様々なことで頼られるようになった。子供の頃からやっていた畑仕事はもちろん、その他の力仕事や魔物退治なども難なくこなせるようになっていた。

 逞しくなれたとは思うが、俺が目指す姿は力が強ければいいというわけじゃない。彼女……師匠は俺が空腹だったこと、村の妖精と上手く馴染めなかったこと、さらには村に魔物の大群が迫ってきたことも音で素早く察知していたのを俺は隣でしっかり見ていた。魔物との戦いも、どう立ち回ればいいか指示を出してくれたからこそ、俺も迷わずに動くことができたんだ。


 そこで俺も師匠に倣って、みんなや周囲の変化によく目を凝らすようにした。最初は何を見ればいいかわからず、あっちこっちと無作為に視線を向けてしまってなかなか上手くいかなかったが、徐々に相手の癖やら近辺に残っている痕跡などに焦点を当てられるようになってきた。

 そんな努力の甲斐あって、今はこうして失せ物探しや今のように子供絡みのちょっとしたいざこざにもよく駆り出されるようになった。


「すみません、只今戻りました」


「おー、早かったな。やっぱがきんちょ共がやらかした時はお前さんに頼むのが一番だな」


「遊びに付き合ってるんで、どこ行くかは大体検討つきますから。ええと、ここに積み上がってるものを納屋に持っていけばいいですか?」


「おう、頼んだぞ」


 半刻と経たない内に子供を見つけた後、畑仕事に戻った。当初の予定通り、収穫した作物を運び込むために今ある量の確認をしてみたが。


「……ちょっと少ないな」


 今、積み上げられている作物は昨年より少し減っていた。

 次の収穫まで節約が必要になるほどではない、備蓄する分が少なくなる程度の減少量。それでもいざという時のための蓄えが減るのは、後々の影響も考えるとあまりよろしくない事態だ。


「ああ、それか。ここのところお天道様が出てる日、少なかったろ。水は問題ないんだが、陽の光浴びねぇと元気に育ってくれなくてよ」


「曇りや雨の日がやたら増えましたからね。風も強すぎたり、一切吹かない日もあるし……異国の大きな戦いの話、やっぱり本当なんですかね」


「だろうな。空気の魔力が滅茶苦茶になってんだろ。妖精、精霊関係なく巻き込まれてるって聞くしよ」


「風はともかく、水の精霊は争いを好まない気質と聞きますけどね。今の大精霊様は特に」


「そりゃおめぇ、大精霊様本人が出なくとも、下はそうもいかないってことだろ。お役目のためにちょっと来ただけでも、その時にいる国の事情の方が優先されちまうもんだ」


「……ですね」


 この山の奥にある村でも、外国で大きな戦いがあるという話は流れ込んできていた。戦いの中心である北の大陸が特に激しいようで、大地は火と流れ出た血で酷い有様らしい。このシノノメ公国もとばっちりを被らないようやむを得ず戦いに加わっていると聞く。

 世界への影響力が強い大精霊達は、争いに干渉しないことを示すべく妖精の目がつかない場所に移り住んで過ごしているらしい。今の水の大精霊様────確か名をニニアンと聞いた────も辺境の地に身を隠したとの話だ。今、自分が大きく動くわけにもいかないために、空気中の魔力の均衡が崩れているのだろう。


「お前さんの力でなんとかならねぇかい? 雲を遠くに吹き飛ばしちまうとかさ」


「雪雲なら多少融通利きますけど、普通の雲は流石に。寧ろ、俺が手を出したらあられが降って悪化するだけかと」


「おおう、そりゃ勘弁だ。悪ぃな、無茶言って」


「いえ。その代わりと言ってはなんですが、冬場は雪の重みで家が潰れないよう調節しときますから」


「助かるぜ。お前さんがいれば雪かきで犠牲が出る心配もしなくて済むからな」


 そう会話を挟みながら、作物をせっせと運んでいった。少なくなったとはいえ、積み上がってる量はそれなりにある。日が暮れる前に全て運びきるにはもたもたしていてはいけない。


「……師匠は、大丈夫かな。巻き込まれていなければいいけど」


 その最中、ふとそんな考えが浮かぶ。

 師匠の名と、魔物との戦いで見た服装からして、ほぼ間違いなく師匠は異国から訪れていた方だと思う。だが、俺がわかるのはそれだけ。一方的に憧れ、師と仰いでいるものの、俺が師匠について知っていることはあまりにも少ない。どこから来たのか、何の精霊なのか……恥ずべきことに俺は何にも聞けていなかった。

 出会った時は友達を作りたいという気持ちばかり優先していて、恩人に対して何も知ろうとしなかった過去の自分が情けない。未熟だったからと言ってしまえばそうなのだが、最初の友人でもある師匠ともっと仲を深めるべきだっただろうに。


「どうか……無事で」


 離れている今は、祈ることしかできないけども。だが何もしないよりはマシだからと、上を見上げてどこかで繋がっているであろう空にささやかな願いを託す。


 思い返せば、この時点で気付くべきだったのだろう。今までなかった異常……始めは小さな影響だけだったとしても、積み重なれば大きく膨れ上がっていく。それが限界に達した時、思いもよらない形で牙を剥くことなんて、少し考えればわかることだっただろうに。





 ……それは、雨が降り続いていた日のことだった。

 それまでは降る日が多いという程度だったのが、数日間ずっと降りっぱなし。分厚い黒い雲が空を覆い尽くし、激しいというほどではないものの止み間もなく、雫がしきりに家を叩きつける音が聞こえてくる。

 この天候では当然外に出られるわけがなく、みんな揃ってずっと家の中に籠りきりだ。もう長いこと陽の光が射し込んできていないためか、周囲を包み込む空気がどことなく重たかった。


「雨、止みませんね。雲が途切れる様子もないし、まだ降り続きそうだ」


「困ったねぇ……もう十日目じゃないか。お洗濯もできないし、できたとしても乾かないし、困ったもんだよ」


 今、泊まらせてもらっている家の女妖精もうんざりだとばかりにため息をつく。

 皆、一向に止まない雨に嫌気がさしてきている。忍耐力がさほどない子供はとうに我慢の限界のようでずっとそわそわしていて、遊びに付き合っても「もう飽きた」と言われるばかり。唯一幸いなのは、畑は収穫を終えているから雨で痛む心配はする必要がないことくらいか。


「フユキ、田んぼに張ってる水が溢れちまいそうなんだ。また頼まれてくれるか?」


「わかりました。氷はまた地下の冷蔵部屋と空き地に積み上げておきますよ」


「いつもすまねぇな」


 それまで外に出て田畑の様子を見に回っていた男妖精からそう頼まれて、俺は迷うことなくうなずいた。

 最近の俺の役目と言えば、田畑の水量の調節だった。川に繋がっている水門は閉じているが、この連日の雨ではそれも意味を成さなくなっている。そこで俺が川に沿って氷で防波堤を作ったり、田畑の水が溢れて村中が水浸しになる前に溢れた水を凍らせたりしている、というわけだ。

 頼られるのは嬉しいことだが、本来ならばやらないに越したことのない類の仕事だ。早く無くなればいいなと思いつつ、三度笠を被って外に出る。


「うわぁ、べちゃべちゃだな。ぬかるみが無いところの方が少なくなってる」


 外は冠水するまでには至っていないが、辺り一面水浸しだった。踏み込んだ瞬間、靴底から伝わってくるぬちゃっとした不快な感触に思わず顔が歪む。

 身体が冷えて風邪をひくような身でもないが、着物が濡れて重たくなるのは困る。さっさと済ませてしまおうと、足早に田んぼへと向かった。


 降り続く雨で水かさが増した田んぼは最早池のようになっていた。水面の高さは淵の少し下という程度で、あと少しでも増えたら溢れ出しそうなところまで来ている。

 これ以上状態が悪化する前に終わらせてしまおう。そう思いつつ妖力を練って冷気を集めていた、その時。


「……? なんだ、風の通りがいつもと違う……?」


 ふと、そんな違和感を感じて上を見上げる。

 相変わらず天からは雫が次々と降り注いでいて、笠の下から出た俺の額をあっという間に濡らしていく。そんなことも気にならないくらい、たった今感じたことで頭がいっぱいだった。

 何が違うのか、と問われてもはっきりとした答えは返せない。それくらい、些細な変化。だが見逃してはならないと自分の勘が……本能が訴えてくる。

 一体何が変わっているのか。強い危機感を覚え、辺りを見回す。近辺に、足元に、頭上に、遠方に視線を向けて……気付いた。


「あの山の頂上って、あんなに木が少なかったか……?」


 村を囲う山の一つの頂上付近の緑が減っていた。山を深緑に染めていた木々が欠けたことで、その下の土色が剥き出しになっているために。

 前に水の調節に来た時はああなっていなかった。この短期間で、枯れて倒れる筈もない。しかもよくよく見てみれば、少しずつではあるが土色の面積が徐々に広がってきている。

 これはまさか……まさか。


「大変だ……早く、早くみんなに知らせないと……‼︎」


 踵を返し、全速力で走り出す。精一杯足を上げてできる限り素早く動かそうとしているのに、ぬかるみに足を取られてなかなか速度が上がらない。それでも早く戻らなければと、ひたすら腕を振るいながら身体を前へ、前へと突き進める。

 一刻も早くみんなに伝えなければならない。村が、無くなってしまうかもしれないという────最悪の危機が迫っている事実を。

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